人気ユーチューバーボクシング進出の功罪とは 全米ボクシング記者協会・会長が斬る
2020年1月にプロデビューを飾って以来、人気ユーチューバーのジェイク・ポールは米ボクシング界でも抜群の存在感を醸し出している。
ここまで5戦5勝(4KO)。昨年12月には元UFC王者タイロン・ウッドリー(アメリカ)との再戦で鮮やかな6回KO勝ちを収め、このKO劇はESPNリングサイドが選出する年間最高KOにも選ばれた。また、過去3戦はすべてPPVで放送され、興行的にも一定以上の成功を収めてきたとされている。
ただ、ポールの過去5戦の相手はユーチューバー、元NBA選手、総合格闘家であり、プロボクサーとして経験を積んだ選手との対戦はゼロ。そういった経緯から、YouTubeが産んだ25歳のスーパースターをボクサーとしては真剣に捉えるべきではないと考える関係者は依然として少なくない。
8月6日、ポールはニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデンで元世界ヘビー級王者を父に持つハシーム・ラクマン Jr.(アメリカ)と対戦するはずだった。しかし、12勝(6KO)1敗という実績を持つラクマンとの一戦は、契約ウェイトのもつれで結局キャンセル。正真正銘のボクサーを相手にしたポールの真価証明の機会は持ち越しになってしまった。
このように様々な形で物議を醸すポールのボクシング進出。現代の風雲児を、アメリカのボクシングメディアはどう捉えているのか。肯定的なのか、それとも苦虫を噛み潰すような思いで見つめているのか。今回は米メディアを代表し、全米ボクシング記者協会(BWAA)のプレジデントを務めるジョセフ・サントリキート氏に意見を求めてみた。
ボクサーとの対戦経験のないボクサー
個人的な意見を言えば、ボクサーとしてのジェイク・ポールは“巨大なジョーク”だと考えています。
ポールはまだ本物のボクサーと戦った経験はなく、このスポーツにおいて何も成し遂げてはいません。技術的に見れば、いわゆる“クラブファイター(2線級)”のレベル。それにもかかわらず、正当なやり方で階段を上ることもなく、他の多くのボクサーたちが及びもつかないような関心を惹きつけてきました。8月6日のラクマン戦では、殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンに1万人以上の観客を集める大イベントのメインで戦うところだったのです。
そんな経緯を見れば、“ジョーク”だという私の真意がわかってもらえると思います。こんなことが可能になってきた背景には、現在のアメリカでボクシングを取材するメディアの質も一因としてあるのでしょう。ボクシングを取材するにもかかわらず、フロイド・メイウェザー、マイク・タイソン(ともにアメリカ)が今でも世界王者だと思っている記者すらいるくらいですから。
8月6日は完全にポールがコントロールした興行とはいえ、本物のボクサーを相手に戦うと決めたこと自体は評価できます。今回の試合はポールを勝たせるために組まれたものという事情を理解した上で、私はラクマンがKO勝ちを収めるのではないかと思っていました。ポールにとって、初めての適切なテストになると思っていたのです。そういった意味でも、ラクマンのウェイト問題がゆえに試合がキャンセルになったのは残念でした。
ジェイク・ポールの功罪
すべてを考慮した上で、今のポールはボクシング界にとってポジティブな存在かどうか?それは答えるのが難しい質問ですね。
これまで述べてきた通り、ポールのようにトップ選手とはいえないボクサーが表舞台に出てしまうことで、ボクシング界が信用を失ってしまう一面はあるように思います。技術レベルを考えれば、ポールはたとえばサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)と対戦したら秒殺されてしまうでしょう。そんなボクサーが、業界の看板のようになってしまうことに私はやはり抵抗があるのです。
その一方で、ポールのおかげでこのスポーツがより注目されているのは紛れもない事実です。世間一般に名前を知られた世界王者が数少なくなった今、ボクシングはどんな形でも注目度を必要としています。ポールをきっかけにボクシングを見始めた若者が、このスポーツの良さに気づき、より本格的なファンになっていくケースもあるのかもしれません。
ポールに関して称賛すべきところがあるとすれば、やはりマーケティングの上手さですね。とてつもないセールスマンであり、ボクサーはより多くの報酬を支払われるべきだというメッセージを送っていることは特筆されます。
プロモーターとしても活動しており、ポールの影響力がなければ、4月に開催されたケイティ・テイラー(英国)対アマンダ・セラーノ(プエルトリコ)戦は実現しなかったのでしょう。現時点で選ぶとすれば、私は男女の隔てなく、テイラー対セラーノ戦こそが2022年の年間最高試合だと思っています。
セラーノのプロモーターとしてそういうカードを生み出したのだから、ポールは感謝されるべきなのかもしれません。そういった要素まで含め、“ジョーク”という厳しい言葉を使いましたが、ポールは私にとっても評価の難しい存在なのです。