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陣営の証言:井上尚弥に挑むドヘニーはなぜ37歳までトップレベルの力を保てたのか

杉浦大介スポーツライター
左からヘクター・バミューダ・トレーナー、ドヘニー、アルティムラ 撮影・杉浦大介

 WBA、WBC、IBF、WBO世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(大橋)は9月3日、有明アリーナでTJ・ドヘニー(アイルランド)の挑戦を受ける。下馬評では無敗の快進撃を続ける井上がやはり断然有利。全世界最高級の実力者と評価される“モンスター”を相手に、ドヘニーはどこに勝機を見出そうとしているのか。

 その答えを探し求めるため、ドヘニーのオーストラリア人マネージャー、マイク・アルティムラ氏に話を聞いた。

 これまでマネージャー、アドバイザーとしてビリー・ディブ(オーストラリア)、モルティ・ムザラネ(南アフリカ)、アイザック・ドグボエ(ガーナ)、西田凌佑(六島)といった世界王者たちに関わってきたアルティムラ氏は、ドヘニーの底力を誰よりも理解する人物。その言葉から、元王者が37歳になっても力を保っている要因と、井上が相手でも静かな自信を漂わせる理由が見えてくる。

9月3日 有明アリーナ

WBC、WBAスーパー、IBF、WBO世界スーパーバンタム級統一戦

4団体統一王者

井上尚弥(大橋/31歳/27戦全勝(24KO))

12回戦

元IBF世界スーパーバンタム級王者

TJ・ドヘニー(豪州、アイルランド/37歳/26勝(20KO) 4敗)

以下、アルティムラ氏の1人語り

アマ出身とは思えない無骨なボクサー

 私がTJに初めて出会ったのは彼がプロで1、2戦を行った頃のことだった。当時、私の契約選手だったディブがサウスポーのアルベルト・セルビディ(イタリア)と初防衛戦を行う際、TJがスパーリング・パートナーを務めたんだ。

 とてもラフで不器用だが、本当にタフな選手というのが第一印象だった。アイルランドのアマチュアでかなりの経験を積んでいて、ファイトキャリアは見て取れたが、洗練されていたわけではない。流麗なフットワークを持っているわけではなく、強靭なフィジカルが印象的なタイプ。そんなTJを私は気に入り、5戦目を終えたあとにマネージャーを務めるようになった。

 今でもブレイク時に殴りかかったり、ホールドしながら打ったりしてレフェリーから注意を受けることもある。私は彼のそんな無骨なスタイルが好きなんだ。もちろんパワーは大切だが、私にとってのTJはフィジカルの強さとハングリー精神が印象的なボクサーであり続けてきた。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

 それから長い時間が流れたが、37歳になった今でもTJは世界レベルの力量を保っている。これだけ息の長い活躍が可能になったのは、彼が真の勝負師だからだ。

 4回KO勝ちを飾った昨年6月の中嶋一輝(大橋)戦を思い出してみればいい。TJのような立ち位置の元王者であれば、より若い選手を相手に少しでもうまくいかなかったら諦めてしまっても不思議はなかった。ボクシングファンなら、30代後半の元王者が、その名前を使って報酬目当てのBサイドとして戦う姿を何度も見てきているはずだ。

 TJはそういうボクサーではない。心身両面で適切な準備ができれば、この地球上にいるどんな選手をも倒せると依然として信じている。お金はもちろん大事だが、彼はトップボクサーとして業績を積み重ねるために戦い続けている。

ドヘニー陣営の自信の根拠とは

 私がボクシングビジネスで学んだのは、ボクサーというのは時間軸通りに年齢を重ねるわけではないということだ。ボクサーの歳の取り方はライフスタイル、厳しい試合やスパーリングの数といった要素次第。TJはランキングを上がり、世界戦線を戦う過程でもそれほど多くのダメージは溜めてこなかった。もともとの頑丈さ、自分を信じられる能力、ハングリネスのおかげでこれほど長く一線級でいられているのだと思う。

 厳しい時期を経験した後でも、コンディションを保ち、環境を整えればベテランボクサーはキャリアを建て直せるんだ。一時のスランプを経て、中嶋、ジャフェスリー・ラミド(アメリカ)らに勝って今回の大一番まで辿り着いたTJはそんな事実を体現しているのだろう。

 もちろん井上に勝つのが簡単ではないのはわかっている。パウンド・フォー・パウンド最高級のボクサーであり、爆発的な力を持った王者だ。スピードに恵まれ、シャープなパンチ、カウンターで相手を叩きのめす技術も持っている。

 ただ、TJは適切なトレーニングを積み、多くのファイトプランを用意してきた。これまでリング上で様々なものを目撃し、自身の勝利だけを意識してリングに上がることができる選手だ。そうやって最高の準備ができていることが、私たちの陣営にも自信を与えている。

撮影・杉浦大介
撮影・杉浦大介

 私はもう30回以上も来日しているが、日本で戦うことは不安材料にはならない。国外の試合交渉ではレフェリー、ジャッジの国籍が重要な意味を持つことがあるが、日本の場合にそれは必要ない。大袈裟に言えば、3人のジャッジがすべて日本人だったとしても問題ではないんだ。特に帝拳プロモーションのミスター本田(本田明彦会長)が主催する興行では、私たちは常に公平に扱われる。 

 もちろんだからといってTJがいい試合をするとは限らないが、これだけは言っておきたい。過去に100-1のオッズで有利とされた私の傘下選手が負けたことがあるし、そうかと思えば30-1の不利を覆して勝ったこともある。だからオッズを見て自信を持ったり、失ったりするべきではないんだ。

 先ほども言った通り、TJが最高の準備をしてくれていることはわかっている。そして、彼にはパンチングパワーがある。「井上が相手では慎重にならなければいけない」という周囲の声は理解できるが、井上もまた注意深くならなければならない。前戦のルイス・ネリ(メキシコ)が打ち込んだのと同じようなパンチをTJが序盤に決めたら、井上は今度こそ立ってはこられないだろうから。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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