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初めからシンガポールと決まっていた米朝首脳会談。なぜ金正恩は譲歩したのか?

山田順作家、ジャーナリスト
解放された3人を出迎えるトランプ大統領夫妻(写真:ロイター/アフロ)

 米朝首脳会談が6月12日、シンガポールで開催されることが、ついに発表された。例によって、トランプ大統領がツイッターによって真っ先につぶやいた。

 5月10日午前(日本時間同日夜)、トランプは得意げにこうツイートした。

 "The highly anticipated meeting between Kim Jong Un and myself will take place in Singapore on June 12th. We will both try to make it a very special moment for World Peace!"

(大いに期待が高まっている私とキムジョンウンの会談はシンガポールで12日に開催される。われわれは世界平和にとって本当にスペシャルなときになるようトライするよ)

 いつもながらの“トランプ節”である。

 それはそうだろう、トランプはこの数時間前、ワシントンDC郊外のアンドリュー空軍基地にメラニア夫人を同伴して、ド派手な演出で解放された3人を出迎えたからだ。そうして「場所と時間は決まっている。首脳会談は2、3週間後に行われる」と、情報を小出しにし、「キムジョンウンに感謝している」と、北朝鮮を感謝(=牽制)したからだ。

 じつは、この解放はポンペオ国務長官の最初の訪朝時に決まっていたという。すでに『NYT』(ニューヨークタイムズ)紙は9日に、3人の解放は米朝会談開催の条件だったと伝えていた。つまり、2回目の訪朝でポンペオ国務長官が3人を連れ帰らなかったら、米朝会談は流れる可能性が大きかったと言えるのだ。

 そのポンペオ長官は、ワシントンDCに戻る機中で記者団に対し、首脳会談について語り、あとは大統領の発表を待つだけになっていた。

 シンガポール開催に関しても、かなり早い時期から決まっていたと言われる。アメリカ側は、当初、開催地として手を挙げた北欧やモンゴルなども考慮はしたが、第一案がシンガポールだったと言われる。

 この4月17日、パームビーチのトランプの別荘を安倍首相がゴルフで訪問した際、「(候補地には)5カ所がすでに挙がっている」とされたが、これはトランプの撹乱発言だったという。さらにその後、南北会談が行われた後、「板門店(パンムンジョム)もいいな」とツイートしたのも、同様の撹乱作戦だったという。トランプは基本的にウソつきだから、こうした点(交渉)についてはぬかりない。

 すでにアメリカ側はシンガポール政府の同意を得ており、シンガポール開催1点で北朝鮮と交渉していたという。

 ではなぜシンガポールになったのか?

 その最大の理由は、ともかく“ロケットマン”こと金正恩をできる限り本国から離れた地点に引きずり出すことを第一としたからだ。そうして、会談の主導権をトランプが握り、「CVID」(Complete, Verifiable, and Irreversible Dismantlement:完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)をロケットマンにイエスと言わせることが、最大の目的だからである。

 それならシンガポールでなくてもいいではないかと思えたが、これは北朝鮮側にそれ以上は無理な理由があった。金正恩のプライベートジェット「チャムメ1号」は、なんとシンガポールまでがノンストップ飛行の限界だったのだ。

 旧ソ連製で1970年代に導入されたチャムメ1号は老朽化していて、安定飛行できるのが5000キロ程度。それ以上となると負担が大きく、「将軍さまになにかあったら」と、北朝鮮側は譲らなかったという。

 たとえば、アジア以外の候補地として挙がったスウェーデンのストックホルムまでは約7200キロの距離があった。

  

 金正恩は、ポンペオ国務長官の2度目の訪朝を前に、慌てて中国に駆け込み、習近平国家主席にアメリカとの交渉の“後ろ盾”(バックサポート)をしてくれるよう再度懇願した。なにを手土産(=朝貢)にしたのかはわからないが、アメリカの世界支配を崩し、次の世界覇権国を狙う中国“終身皇帝”は、これを受け入れ、トランプに電話連絡を入れた。「段階的な非核化でなんとか手を打ってくれ」ということだろう。

 ただし、習近平は金正恩を北京には来させなかった。冊封国の王が短期間に2度も北京に来るなど、皇帝のプライドが許さない。そこで、遼寧省大連に来るように要請したため、チャムメ1号は約450キロしかフライトできなかった。平壌からシンガポールまでは約4800キロだから、10分の1も試験飛行ができなかった。

 いずれにせよ、こうして米朝首脳会談(トランプvs.キムジョンウン)は、日時と場所が決まった。シンガポールでは、この6月1~3日に、シャングリラホテルを舞台に、アジア太平洋地域の国防担当相らが毎年地域の安全保障問題について意見交換する「アジア安全保障会議」(通称シャングリラ・ダイアローグ)が開かれる。米朝首脳会談は、この会議の延長的な位置付けともとれるかたちになったので、シャングリラホテルが使われる可能性が大きい。ポンペオ国務長官は「1日。場合によって2日」と語っている。

 そしていま、日本のメディアは、米朝首脳会談の焦点を「非核化」(denuclearization)にあるとし、そうなれば朝鮮半島に平和が訪れると歓迎報道している。

 しかし、日本人を平気で拉致し、暴力と恐怖で国民を支配する独裁国家が存在する限り、朝鮮半島に真の平和などやってこない。いくら非核化し、そして南北の宥和が進もうと、それは見せかけの平和である。また、国益から見ても、南北の宥和は、南北の対外的な政策が一体化して「反日」に向かう可能性が強いので、歓迎はできるものではない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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