「カメ止め」を生んだプロジェクトの最新作でヒロイン役に!声も魅力の郷田明希に注目を
2018年に社会現象を巻き起こした上田慎一郎監督の映画「カメラを止めるな!」。この作品の功績のひとつにあげたいのが、たとえ無名であってもすばらしい個性と演技力をもった役者がまだまだいることに気づかせてくれたことだ。
「カメ止め」を生んだENBUゼミナール シネマプロジェクトの最新作になる「河童の女」もまた同じことを感じさせてくれる1作といっていいかもしれない。
出演者は、近藤芳正という名バイプレイヤーがひとりいるものの、基本は「カメ止め」と同様に、まだ世間的には無名の役者たち。そんな彼らが、それぞれの役で実にいい味を出している。
確かな存在感を放つヒロイン役の郷田明希。舞台から映像作品へ
その中で、とりわけ特徴のある低いトーンの声とボーイッシュな佇まいで確かな存在感を放つのが、ヒロイン役を演じた郷田明希(ごうだ・あき)だ。
これまで主に舞台で活動をしてきた彼女は、ENBUゼミナール シネマプロジェクトのワークショップオーディションを受けた理由をこう明かす。
「いままでは舞台で活動してきたんですけど、これから映像関連の作品にも携わりたいなと。映像はその場限りではないというか。舞台は舞台で生の良さがあるんですけど、後に残る映像作品の現場もひとりの演技者として経験してみたくなった。舞台とはまた違うところに身を置いてみたくなったんです」
とりわけ、映画には出てみたい気持ちがあったという。そう思っていた矢先に目に入ってきたのが、このシネマプロジェクトのワークショップオーディションだった。
「ただ、正直なことをいうと応募しようか悩みました。というのも、募集されていた役で、年齢や性別などを自分と照らしあわせると、実際に演じることになるヒロインの美穂にしか当てはまる役がない。だから、はじめはヒロインなんて狭き門で、映像経験のないわたしには『無理だろう』と。
さらに要項に美穂は『どことなく影がある女性で美人』といったことが書いてある。これはわたしじゃないなと思ったんです。でも、もしかしたら小さな役が増えたりしてひっかかるかもしれない。それでダメもとで書類を締切ギリギリで送ったんです」
こうしてオーディションに挑むことになる。ただ、絶対に受からないと思ったと明かす。
「オーディションは、正直なことを言うと美穂っぽい人がいっぱいいて、『絶対無理だろう』と思いました。受からないと。わたしから見て、もう『美穂だ』と思える人ばかり。なんとなく髪の長いイメージもあったんですけど、ほんとうに美しい長い髪の人が揃っていて、対して自分はただ一人、ショートカットで(笑)。書類を送ったときと同じで、小さな役でいいからなにかひっかかればと思っていました」
そのアウェイに感じたオーディションを無事通過。次にワークショップに取り組むことになる。
「ワークショップの段階では誰がどの役をやるのかはまったく決まっていなかったんです。だから、わたしも美穂役かどうかわからない。
このとき、はじめて台本をいただいて、すべてまずは読んで、辻野監督の指示のもと、みんなでいろいろとやってみる。エチュードもけっこう多くて、おそらくここでの演技がどの役になるのかという最終オーディションだったような気がします。自分としてはとにかく一生懸命やって、決まった役をまっとうしてやろうと思いました」
結果、ヒロインの美穂に決まった。
「美穂役に決まったときは、素直にうれしかったです。でも、喜んだのは一瞬で、すぐに『これから頑張らなきゃ』と気を引き締めましたね。浮かれてはいられないと」
美穂は自意識過剰なところなど自分と似ているかも
作品は、川沿いにある民宿が舞台。この民宿で生まれ育った柴田浩二は社長である父と宿を営んでいる。ところが父が見知らぬ女性と駆け落ち。ひとりで民宿を続けなければならず、困り果てていたところ、彼は、東京からわけあって逃げてきた美穂という女性と出会い、住み込みで働いてもらうことに。
ここから作品はいろいろな方向へ派生。浩二と美穂のラブストーリー、二人の逃亡劇、はたまた田舎町でのドタバタ劇と、表情が変化するユニークな物語が展開していく。この脚本にまず目を通してみての印象を郷田はこう明かす。
「まず、映画の脚本を読んだことがなかったので、『こういう感じなんだ』と新鮮に感じました(笑)。
内容は、小さな田舎町で、ちょっとした事件が起きて、話があらぬ方向におもしろく転がっていく。なにせはじめてのことなのでどういう作品になるのか想像できませんでしたけど、ユニークな作品になるのかなとは思いました。ただ、最初の段階ではコメディ映画とは思っていなかったですね」
演じた美穂に関しても、こんなことを感じていたという。
「ちょっと怪しい女性といいますか。ほかのキャストもみんな、『美穂はほんとにちょっと危険な人物かも』というようなことは口にしていて。確かに大きなトラウマを抱えているし、そうだなと思っていました。
ただ、最終的には違ったといいますか。はじめは自分とは全然違う性格の女性だと思っていて、役作りで、美穂はどういう性格かなとか、どういう人生を送ってきたんだろうとか、自分なりに考えて、とりあえず紙に書き出してみたんです。
それで、改めて見直してみたら、ちょっと自分に似てると思うところがある。
美穂は東京である罪を犯して、田舎に逃げ込んだわけですけど、自分の犯したことは十分理解していて、ひどく後悔している。そのことで自分を責めて、自らを追い詰めている。それほど繊細な性格で、ゆえに自意識過剰で思い込みが激しい。だから、真偽のほどはわからないのに、自分の勝手な思い込みだけで悪夢やフラッシュバックに襲われているところがある。妄想を現実と勘違いしている瞬間もある。
よくよく考えると、わたしも自意識過剰で思い込みが激しい(笑)。心配性でなにかあると勝手に妄想が膨らんであらぬことを考えてしまう。その思い込みも美穂と同じで、ネガティブな方向で考えることがほとんど。しかも、それが全然当たらない(苦笑)。つまり取り越し苦労に終わることばかりなんです。最近、そういうものの考え方は意味がないんじゃないかなとようやく思えるようになってきたんですけど、それでもまだ勝手な心配性からは完全に抜け切れていない。それで、こういう自分の性格をそのまま出せば美穂に通じていくのかなと思いました」
演じる上で大切にしたのは美穂の二面性
その言葉通りに、ちょっと影がありながら、それを打ち消す明るさもある。ただ、誰にもいえない苦しみを抱え、時に正気を逸してしまうこともある美穂を実に巧妙に演じ切っている。
「そういってもらえるとありがたいです。演じる上で大切にしたのは、美穂の二面性ですかね。
自分の性格をそのまま出せばいいと思ってはいたものの、当然、局面によっては求められることが変わってくる。
民宿で働くことになって、お客さんに見せる顔とふだんの作業をしているときの顔、浩二に見せる顔と地元の方に見せる顔もまた違う。そのあたりの表情の違いで美穂の抱えていることや置かれた状況が伝わればと考えました」
確かに宿をよく利用する町内会の人たちに見せる、ひとつのセールス顔というか。愛想笑いは絶妙の表情。一方で、トラウマに襲われパニック状態になるシーンでは別人のような表情を見せる。
「宿でお客さんたちに見せる顔としてはやはりきちんとしたサービスの対応を心掛けたほうがいいなと思って演じましたね。
一方、パニック状態のシーンに関しては、自分もたまにいっぱいいっぱいで最後爆発してしまうことがあるので、その経験をベースに気持ちを作っていきました」
ここまで自分なりに役をとことん考え抜いたことはないかもしれないと明かす。
「これまでなぜか『郷田さんのままで』といわれることがほとんどで(笑)。そういわれたらそういわれたで、『わたしのままって何?』と悩むんですけどね。
今回も辻野監督からは『郷田さんのままでいい』と言われたんです。ただ、自分が納得できなかったというか、試行錯誤したいと思ったんです。そう悩んであれこれするのもまた美穂っぽいのかなと。
ここまで自分と照らし合わせたり、試行錯誤した役はこれまでなかったかもしれません」
それだけに愛着があるという。
「そうですね。美穂というキャラクターですけど、その中には自分の素の部分が多く入っている。一風変わったヒロインですけど、愛着はあります」
印象深いシーンとしてはラストシーンをあげる。
「結末なのであまり明かせないんですけど、あの叫ぶシーンですね。
このシーンは、その前も川辺でのシーンが続いていて、わたしは溺れるシーンがあったんですけど、確かそのあとにラストシーンだったんですね。
実は、わたし泳ぎが苦手で(苦笑)。プールに練習に行ったんですけど、それでも溺れるシーンが結構きつくて、水をほんとうに飲んでしまった。それで、9月の撮影で水もすごく冷たくて、体調が一気に悪化してしまったんです。
それで溺れるシーンを撮り終えた後、その叫ぶラストシーンを撮る前に少し休憩があったんですけど、気持ちは落ち込むわ、気分も悪いわで、控えの場所でひとりでどんよりしていたんです。
そうしたら、舞台となる民宿を実際に経営されているご家族の娘さんがわたしのところにきてくださって、すごい励まされたんです。『いま見てたけど、大変なシーンで大丈夫だったか』と。そう言葉をかけていただいたら、なんかすごく泣けてきてしまった。
そのとき、思ったんですよね。『わたし、すごく甘えているな』と。『周りの人に心配をかけているようじゃ俳優として失格だ』と思って、気合を入れ直した。それで挑んだシーンなので、すごく印象に残っています。なにかふっきれたところを感じていただけると思います」
美穂役を演じ切ったいまこう振り返る。
「いまは、辻野監督にはもうあれだけ美穂っぽい人が揃う中で、わたしを選んでくださったことに感謝します。と同時に、わたしの思い込みが激しい、自意識過剰な性格を監督に見透かされていたのかなと思うとちょっと恥ずかしいところがあります」
初の主演映画は恥ずかしい。「あーっ」という気持ち(笑)
初の主演作をどう受け止めているのだろうか?
「何回かスクリーンで見たんですけど、『あーっ』という気持ちでしたね。
自分の顔を鏡で見ますけど、そのときはおそらくみなさん、ある程度、決め顔で見ていると思うんですよ。でも、映画は違う。それこそさまざまな自分の表情を見せつけられるわけで、やはり恥ずかしさがありましたね。でも、ほんとうにひとりでも多くの方に見てほしいです。それで、作品に、わたしに出会っていただいて、知ってもらえたらうれしいです」
ままならない社会人生活。短編映画のワークショップへ
この作品をきっかけに、飛躍を期待させるが、役者になるまでには紆余曲折があった。とくに役者志望でもなく大学を卒業。地元の広島で社会人生活を経験している。
「大学卒業して1年間ぐらい美術館の受付でアルバイトしていました。その後、1回就職したんですけど、業務量が半端じゃなくて、仕事がこなせない。それでストレスで爆発しそうになって、仕事帰りに1人でカラオケとか行っていたんです。ストレス発散で。
でも、気分はまったく晴れない。その間も、普段から人に自分の気持ちや自分の考えてる事を伝えるのが苦手で、結構ため込みやすい性格なので、どんどんどんどん気持ちが滅入る。鬱屈とした日々が続いていきました」
そのとき、偶然目にしたのが短編映画のワークショップだった。
「まったく演技なんてやったことなかったんですけど、なぜか、ちょっと参加してみたいなと思ったんです。それで応募してみたら、出演できることになったんです」
このときの経験がほかでは味わってこなかった体験だったという。
「この短編映画の撮影のとき、自分の気持ちが全部吐き出せたような爽快感があったんです。
別に泣かなくていいシーンだったんですけど、わたしはなぜかすごくボロボロと涙があふれ出てきてしまった。そのときに、なにか心が晴れてすっきりした」
ただ、これが直接的に役者の道を志すきっかけにはなっていないという。だが、何かが変わり、上京を決める。
「東京に住みたい気持ちと、役者に挑戦してみたい気持ち半々で上京を決めたといいますか。短編映画に1回出ただけでしたし、そんなすぐに結果が出る世界でもない。そのことはわかっていましたから、『東京で役者としてやっていく!』といった意気込みや強い目標はもっていなかったです。わたしの性格的にそう考えられないところもあったと思うんですけど。
ただ、お芝居はやりたいと思ったので、いろいろなオーディションを受けるようになりました。それで受かって、これまでは舞台を中心に出演して数年が過ぎて、いまに至っています」
いまは、役者を続けていく意志を固めたという。
「いまは、死ぬまでこの仕事を続けていきたい。この道しか自分にはないと思っています。頑張ってこの道を進んでいきたいです」
「河童の女」
新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサほか全国公開中
監督・脚本:辻野正樹
出演:青野竜平 郷田明希 /
斎藤陸 瑚海みどり 飛幡つばさ 和田瑠子 中野マサアキ 家田三成 福吉寿雄
山本圭祐 辻千恵 大鳳滉 佐藤貴広 木村龍
三森麻美 火野蜂三 山中雄輔/近藤芳正
筆者撮影以外の写真はすべて(C)ENBUゼミナール