定年を引き上げるならば、本来の「年功」原理に立ち返り、無用者は排除せよ
11月8日、讀賣新聞オンラインに「三井住友信託銀、定年65歳に引き上げ…「ジョブ型」雇用も」と題する記事が掲載された。
すでに三井住友銀行は、本年度から定年を60歳から65歳に引き上げている。これに従ってか、三井住友信託銀行も、2021年4月から定年を65歳に引き上げる。かねて多くの行員が、定年後にも再雇用を希望してきたが、職務は限られ、また給料も減ることが多かった。ここで定年を延長するとともに、60歳以上の行員に対しては、能力や成果によって給与水準が決まるジョブ型雇用を、取り入れるようである。
これを受けて、ノンフィクションライターの窪田順生は「「70歳まで会社にしがみつく人」が結局、会社を弱体化させてしまうワケ」という記事を書いた。記事にあるように、2021年4月から、従業員に対する70歳までの就業機会の確保が努力義務となり、また2025年には、65歳定年制が完全義務化される。このときに生まれる「70歳まで会社にしがみつくおじさん」が人件費を圧迫することで、若い世代にしわ寄せがくるというのが、窪田氏の主張である。
筆者はこれに反論するつもりは毛頭ないのだが、一方で、少子高齢化が進むにあたり、年金の支給開始年齢を引き上げる必要がある。また、高齢者であれ元気な人には働いてもらわないと、経済が衰退してしまうことも確かだ。さもなければ、国家による義務化の是非はさておき、若い世代の負担がさらに増すことになろう。そうであれば、定年引き上げもさることながら、日本の雇用上の制度や慣行についても、改めて考えてみる必要がある。
なぜ定年が必要となるのか
この定年というもの、なかなか厄介な制度なのだが、ひとまず日本の社会においては、それなりに意義があることを説明しておきたい。
依然として日本には、「長幼の序」の文化がある。『孟子』では、人の守るべき5つの道である「五倫」が説かれており、父子の間の親愛の情、君臣の間の礼儀、夫婦の間の役割の区別、友人の間の信頼とともに、年齢による秩序である「長幼の序」が大切にされている。
したがってまた、たとえ役職者であろうとも、年上の者をないがしろにしてはならない。あるいはまた、日本では過去に会社を支えた人たちに敬意を払い、いまでは無用者とみなされようとも、大切に扱わなければならない風潮がある。さらには、終身雇用という暗黙の約束が存在するために、特別な理由がない限り、解雇することもできない。こうして生まれるのが、年配の窓際族や、窪田氏のいう「会社にしがみつくおじさん」たちである。
そこで必要になるのが、定年制である。この制度は、理由なき解雇ができない経営上の制度や慣行において、一定の年齢に達したのだから退職して頂くしかないのですよ、という理由づけのために意義をもつ。とはいえ、会社にとって有益な人材を放逐するのはもったいない。そのため再雇用によって、安価に彼らを活用する方法を残しておくのである。
かくして、定年を引き上げることで、若者がしわ寄せを受けることになる。無用者を解雇する勇気がないのなら、これまで通り定年後の再雇用でやりくりしていればよいものを、変に制度改革をすることで、弱い立場の者が損をすることになるのである。
終身雇用と年功序列
つまり問題は、おかしな倫理道徳を振りかざして、無用者となった年配者を解雇できないことにある。ここで「おかしな」というのは、もともと日本の経営制度や慣行は、そのような倫理道徳によって運用されていたのではないからである。
一般に日本の経営の特徴は、終身雇用、年功序列、加えて企業別組合の三つであるといわれる。このうち終身雇用は、主に大正末から昭和初年の頃、第一次世界大戦前後に出現した巨大企業、とりわけ重化学工業の台頭により、広く普及した経営慣行である。重化学工業においては、工員層にも高度な機械的技術が求められるし、工場を安定的に稼働することが必要となる。そのため、長期雇用を促す各種の制度や慣行が整えられ、そのうちの一つとして、終身雇用が奨励されたのである。
同じ頃、年功序列の制度もまた成立する。年功序列とは、就業間もない若い者には安い給料が、年功が高まるにつれて高い給料が支払われる制度である。ここで勘違いが生じるのは、「年功」を単に年齢や勤続年数として捉えてしまうからである。すなわち年功とは、長年の熟練によって得られた技能、という意味なのである。
かつて経営学者の占部都美は、日本の年功序列を次のように説明した。特定の会社で勤続年数を重ねることで、その人の職務上の熟練が増し、職務知識もまた豊かになり、所属する集団の人間関係にも十分に適応してくる。人間関係をうまく処理する「社会的技能」を身につけ、集団を先導するリーダーシップをも育成する。年功とは、これらの成熟度への対価を支払う賃金制度であり、あるいは長い勤続年数の間に示した業績に報いるための制度でもある。このように占部は、長期的勤続によって育まれる仕事上の能力による評価制度として、年功序列を説明するのである。
裏を返せば、終身雇用や年功序列は、技能を次々と習得していくことを前提につくられた制度慣行なのである。重化学工業であれ、他の業種・業態あるいは職種であれ、時々において必要とされる技術は変化してきた。本来の意味においては、それらの状況に対応し、職務上の成熟した能力を身につけていった者こそが「年功」を積んだ者とみなされ、高く評価されたのである。
無用者をどう扱うか
しかし現場では、能力の差によらない運用が行われてきたようだ。経済学者の岩田龍子が指摘したように、戦前の職員層における年功制においては、しばしば大幅な抜擢が行われた。長年の積み重ねを超えるほどの「大功」を立てたことで、勤続年数による序列が破られたからである。しかし戦後になると、ほとんど固定的な一律昇給・一律昇格の風潮が高まり、抜擢が抑制された。こうして、勤続が長いばかりの、穀潰しのような従業員が現れるようになったのである。
占部によれば、戦後の日本的経営において、非生産的であることを理由に従業員が解雇されなかったのは、それによって会社全体の士気を下げ、企業にマイナスの影響を与えることを懸念したからである。しかるに日本企業では、それらの従業員に対しても、再訓練を行い、配転を行ってきた。それでもなお、期待される能力に達しなかった場合には「肩たたき」が行われ、あるいは遠隔地へと左遷されて、自主退職に導くように仕向けられたのが実情である。
このように日本では、「年功」の原理が存在したがゆえに、教育訓練が行われ、解雇が抑制された。そして解雇は、会社全体の生産性を維持するための最終手段として、とり行われたのである。その点からいえば、アメリカのような定年制の存在しない国では、能力に応じた転職が頻繁にみられるし、職員層においては解雇も一般的である。社会の仕組みや価値意識によって、どちらが推奨されるのかは、大きく異なってくるのである。
結論として、解決方法は次のようになる。いっそ定年などは、なくしてしまえ。ただし年齢に関係なく、「年功」を積まない者は、ばっさりと解雇せよ。それができないなら、定年は据え置きのままか、むしろ引き下げるべし。さもなければ若者は、日々の努力が報われず、ますます貧しくなるのだから。