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インドでは存在すら認められていない。差別を乗り越え最下層身分から声を上げた女性記者たちに出会って

水上賢治映画ライター
『燃え上がる記者たち』 (c) Black Ticket Films

 最新のドキュメンタリー作品と世界のドキュメンタリストが集う、アジア最大級のドキュメンタリー映画の祭典<山形国際ドキュメンタリー映画祭>(※以後、YIDFF)。山形県山形市で2年に1度の隔年開催される同映画祭だが、昨年の第17回は新型コロナウイルスの感染拡大で初のオンラインでの開催を余儀なくされた。

 その中で昨年の<YIDFF2021>でリモート取材に応じてくれた世界の監督たちの話をまとめたインタビュー集として届ける。

 今回は、<YIDFF2021>で市民賞を獲得した「燃え上がる記者たち」のリントゥ・トーマスとスシュミト・ゴーシュの両監督。

 第94回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートもされた同作について訊く。(全四回)

おそらくどの記者を撮ったとしても、この映画は成立した

 前回(第三回はこちら)に引き続き作品のはなしを。繰り返しになるが、二人にとって初の長編ドキュメンタリー映画となる本作は、インド北部のウッタル・プラデーシュ州で、被差別カーストであるダリトの女性たちが立ち上げた新聞社「カバル・ラハリヤ」に焦点を当てている。

 その中で、ミーラ、スニータ、シャームカリという3人の記者をクローズアップする。なぜ、彼女たちに注目したのだろうか?

トーマス「まず、当時、24人の記者がいたのですが、おそらくその中のどの記者を撮ったとしても、この映画は成立したと思っています。

 それぐらいどの記者もどの女性もジャーナリストとして、人としてもすばらしく魅力的な人物でした。

 その中で、なぜ、この3人を選んだかといいますと、まずミーラに関しては、彼女は『カバル・ラハリヤ』のリーダーで中心人物なのでやはり外せない。

 またひじょうに彼女は『カバル・ラハリヤ』というメディアの支柱になっているといいますか。

 地に足の着いた人物で、客観的に『カバル・ラハリヤ』の役割を考えながら、将来的にどうしていくか、今回だったら紙媒体からデジタル媒体への移行になりましたけど、そういった未来のビジョンを描いている。それから彼女の人生における成功というのが『カバル・ラハリヤ』の成長とも密接につながっている。

 なので、彼女を通して、『カバル・ラハリヤ』の存在自体も見えてくるのではないかと思いました。

 次にスニータに関してはひじょうにエネルギッシで力が彼女の体からあふれ出ていた。それだけで輝いて見えました。

 また、既存の考えにとらわれないといいますか。

 たとえば周囲が『慣習』と思っているようなことも、自身が疑問を感じたら質問を投げかけていくような人で、よりよい記者になろうと努力もしていました。

 そういうまだ成長途上で、経験を重ねて大きく羽ばたいていくような記者も追ってみたいと思っていたので、彼女に自然と目がいくようになりました。

 そしてもうひとりのシャームカリに関しては、彼女は紙媒体からデジタル媒体への移行を当初は危惧していた。

 映画をみていただければわかりますけど、ほかにも自分がスマホを使いこなせるか、デジタル移行へと対応できるか不安に感じている記者もいます。

 必ずしも全員がすんなりと対応できたわけではない。

 旧体制から新体制への移行の中で、成長していくような人物にもクローズアップしたいと思って、彼女がふさわしいのではいかと考えました。

 あと、3人はたとえば離婚を考え始めたり、家族から結婚しろというプレッシャーを受けたりと、それぞれにプライベートでもひとつの決断を迫られ、ひとつの岐路に立ってもいた。そこでどういう答えを出すのかを見届けたい気持ちもありました。

 そしてなにより、彼女たちはデジタルメディアを成功させようという志は完全に一致していました。そういったことも含めて3人に注目することにしました」

「燃え上がる記者たち」のリントゥ・トーマス(右)とスシュミト・ゴーシュの両監督 筆者撮影
「燃え上がる記者たち」のリントゥ・トーマス(右)とスシュミト・ゴーシュの両監督 筆者撮影

どんな人も見放さないところは一貫しているんです

 彼女たちも含めてだが、『カバル・ラハリヤ』には脈々と受け継がれている記者としての心得であったり、取材姿勢のようなものが見て取れる。

 さきほど監督のほうから、記者の誰をピックアップしてもおそらく映画に出来たとの話があったが、それほどある意味、タレント性のある記者がそろっている。

 その理由は、どこにあるのだろうか?

ゴーシュ「それはおそらく『カバル・ラハリヤ』が人材の育成といった点もおろそかにしていないからだと思います。

 彼女たちはひじょうに人材育成にも力を入れていて、『カバル・ラハリヤ』の記者としてきちんと受け継がれているものを共有している。

 映画でも少し映し出されるのですが、彼女たちはグループで研修することがたびたびある。

 この研修というかトレーニングというのは非常に厳しい。でも、情愛に満ちたものなんです。

 たとえばミーラは無限の寛容と忍耐力を持って後輩を育てるようなところがあって。

 わたしたちが見てると『こうすればいいと言っちゃえばいいのに』というところも、粘り強く待って本人に答えを導きださせようとするところがある。

 一方、スニータは、彼女はいまリーダーになってるんですけれども。

 彼女は合理的で、自分の経験などを若い子たちに伝えて、記者としての心構えといったことを少しでも早く理解してもらおうとする。

 このように教え方は、リーダーそれぞれで違う。

 でも、どんな人も見放さないところは一貫しているんです。

 わたしたちから見ると、『ちょっと彼女は記者としてやっていくのは難しいのでは?』と思う人物であっても、絶対に見捨てない。

 撮影の期間中に、わたしたちは時間はかかったけど、花開いて一人前になった記者の姿を何度となくみました。

 この人材育成に関する『誰も見捨てない』という精神は、彼女たちの取材姿勢にもそのまま表れている気がします」

「燃え上がる記者たち」

監督、編集、製作:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ

撮影:スシュミト・ゴーシュ、カラン・タプリヤール

「山形国際ドキュメンタリー映画祭2023」ポスタービジュアル 提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭
「山形国際ドキュメンタリー映画祭2023」ポスタービジュアル 提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭

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詳細はこちら → https://www.yidff.jp/2023/entry/23entry.html

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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