これほど親しまれ憎まれた本はなかった 発刊から120年、ちびくろ・さんぼと黒人差別
遭遇したトラが溶けてドロドロに――。「ちびくろ・さんぼ」の絵本を読んだことのある人は多いのではないだろうか。
日本では1950年代に刊行されたが、大もとの英国版は1899年、米国の初版は1900年と発刊から120年の歴史を持つ。世界中に広まって人気を博しながら、黒人差別や著作権の問題も絡んで絶版と復刊の歴史を辿り、今も世代を超えて読み継がれている。
120年という相当な時間、この間に1950年以降の米公民権運動や「アフリカの年」と呼ばれた1960年を経て2020年に至った。今新たな十年紀の始まりに、差別との闘いの歴史でもあったこの書の歩みを振り返りたい。 (※)
(1900年に米国で発刊された「THE STORY OF LITTLE BLACK SAMBO」)
※ 当初年明けに記事公開予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大などを受け、公開を見合わせていました。
こんなお話
日本語版だけで数十のいろいろなバージョンが出ている本だが、原著のストーリーはおおよそ次のような流れだ。
(古来インドに伝わるバターオイルの一種「ギー」)
主人公はインド人?アフリカ系?
もともとは英国人ヘレン・バナーマンが、滞在したインドでの経験を基に文章と絵を考えて手作りし、それが英出版社を通じて1899年に世に出された。
米国では翌1900年に初めて出版された後、著作権の不明確さを背景に海賊版が濫造された。また、英国版でインドとされていた主人公の出自は、米国版では多くがアフリカ系の少年とされていた。挿絵もバナーマンによるもの以外にさまざまあった。有名なのは1927年に米マクミラン社が刊行した版のフランク・ドビアスによる絵で、日本の版にも見られる。
なおマクミランはサイモン・アンド・シュスターに買収されるなど、オーナーが変遷している。今のマクミラン出版に問い合わせたところ、当時のマクミランと直接の関係はないという。
日本版は岩波から
日本では1953年に岩波書店から上梓の「ちびくろ・さんぼ」が有名で、販売部数は100万部を超えたとされる。バターが「ばた」と表記されるなど趣深い。
米国と同様、日本も海賊版が流通し、さまざまなバージョンが登場した。「サンボ」や「さんぼ」といった表記揺れや、ストーリー展開に多少の違いがままあった。
70年代にはサンボが小学校の国語の教科書に使われるなど、広く親しまれていった。
抗議で絶版
多種多様な異本(普及している版と文体や体裁が多少異なる本)が出回る中、米国では“Sambo”が黒人に対する蔑称とされ、次第に同シリーズに対する抗議が強まった。1950~60年代にかけて、アフリカ系米国人への差別撤廃を求める公民権運動の高まりもあり、70年代以降多くのサンボの本が図書館や書店から消えた。
日本でも批判の声が上がり、「黒人差別をなくす会」などが主導して抗議が活発となった。80年代後半までに各出版社で絶版措置が相次いだ。
過去の差別、相次いで発覚
人種にせよ、性にせよ、差別をなくそうという動きは時代を追うごとに強まっている。そして、著名人らの過去の言動が「差別的」として、さかのぼって取り上げられる事案も増えてきた。
例えば2019年、バージニア州知事やカナダの首相がそれぞれ、学生時代に顔を黒く塗ったことを認めて謝罪した。こうした顔を黒く塗る行為は「ブラックフェイス」と呼ばれ、黒人に対する差別と受け取られる。過去のその行為がもとで映画への出演が白紙になった米女優もいた。
日本も無関心ではいられないだろう。
復刊も
一方、絶版後も復刊を求める声があり、実際に日本では2005年に瑞雲舎から、1953年の岩波書店の版を基にした「ちびくろ・さんぼ」が発刊されるなどの動きがあった。
差別と著作権問題が絡み合いながら、「ちびくろ・さんぽ」や「ちびくろ・みんご」など多くの派生版も出回るようになっていった。ここにその数例を紹介する。いくつご存知だろうか。
(講談社、1979年)
(瑞雲舎、2005年)
~番外編~
(紙芝居「ちびくろ・さんぼ」童心社、1976年)
(「ちびくろみんご」ポプラ社、1968年)
(※ツイッターを除き、画像は筆者撮影、作成)