Yahoo!ニュース

〈カムカムエヴリバディ〉桃太郎が万引。登場人物の悪事をどう描くかNHKに聞いた

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『カムカムエヴリバディ』より  写真提供:NHK

“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)第19週ではヒロインひなた(川栄李奈)の悲恋のみならず弟・桃太郎(青木柚)の失恋も描かれた。第92回で自棄になった桃太郎は万引してしまう。万引は『カムカム』岡山・安子編で算太(濱田岳)が行い、視聴者をざわつかせたことがあった。あれから何十年も経過して、安子の孫世代の物語で再びーー。

100年間、家族3代の物語で歴史のリフレインが描かれるドラマとはいえヒロインに近い人物の罪をリフレインするとはなかなかブラックだなあと興味深く感じた。この回の演出を担当した松岡一史さんとチーフプロデューサー堀之内礼二郎さんにご意見を聞いた。

ーー第19週は、まさかのひなたと五十嵐(本郷奏多)の別れ、小夜子(新川優愛)の意外な結婚相手、桃太郎の失恋と万引……と急展開でしたが、台本を読んだときどう感じましたか。 

松岡一史(以下 松岡)時代を経て繰り返される出来事のおかしみが描かれていますが、繰り返しをおもしろがるだけではなく、ひなたの時代――飽食の時代に豊かに生きてきた人間たちとはいえ必死に生きてきて傷つくこともあるという優しい目線を感じ、彼らへのエールに見えるように演出しようと考えました。

ーー算太のとき、ひどい行為だと感じる視聴者もいた万引をまた描くことをどう感じましたか。

松岡 桃太郎役の青木さんとは傷心のあまり勢いでやってしまったのだろうという話をしました。だからこそ隠しもせず堂々と人に見えるようにCDプレーヤーを持っているんです。最初はジーンズのポケットやお腹に隠そうかといろいろ試しましたが、衝動にかれらたことを表現するには堂々と持つしかないという境地に至りました。算太も罪の意識があまりなく堂々とやっていましたし、“青春の苦い1ページ”として、算太同様、桃太郎をあたたかく見ていただきたいと願っています。

ーードラマなのだから目くじらを立てるのもどうかとは思います。作り手としてドラマの中で悪事を描くことをどう考えていますか。

松岡 この世界は品行方正な人だけでできてないと思っていますし、コンプライアンス的にだめとも思いませんでした。第20週で吉右衛門(堀部圭亮)の対応が、吉右衛門らしく描かれていますので安心できると思います。

堀之内礼二郎  殺人事件を扱ったドラマもありますので、劇中で犯罪を描くこと自体は問題ではないですが、罪を犯すキャラクターが誰であるかは大事と僕は考えています。倫理的に破綻した人物には共感しにくいものなので。ですから、ヒロインや相手役など、視聴者のみなさんに感情移入して頂きたい人物には、犯罪はもちろん、倫理的にどうだろうと感じられるような行為はできるだけさせないことは意識しています。とはいえ、物語の流れの上で必要だった算太や桃太郎の犯罪については、みなさん、許してやってくださいと心の中で頭を下げながら見守る気持ちです。

あとひとつNHKとして心がけていることは、撮影のとき法を犯すことはしていません。当たり前ですが。どんなドラマであっても、たとえ誰も見ていなくても公道で交通違反をしてすることはないですし、例えば事件の犯人が車で逃走する場面ではシートベルトをしないのが自然だと思いますが、撮影ではシートベルトを必ずします。その上で、できるだけそれが見えないように撮影したり、VFXで消したりなどの処理をしたりしています。犯罪が多発するドラマであっても、撮影の上ではきちんとルールを守る、それが大事ですね。

◯取材を終えて

フィクションなのでどんなことを描いてもいいと個人的には思っている。算太がラジオを盗んだことが罪に問われなかったことも大人たちの包容力だと思って見たし、安子がるいを置いていなくなってしまったことも安子の去り際が鮮烈になってドラマ的には良かったと思っている(それまでの安子を思えばその行為だけで彼女を悪くは思えない)。

桃太郎が思わずCDプレーヤーを盗んでしまった気持ちもわからなくはない。ただ桃太郎にこういう過去を背負わせてしまうのはどうなのかなと少し気になった。松岡さんや堀之内さんの話を聞いて、少年の傷つきやすい心の発露として、周囲の人間がやりきれない気持ちになることのギリギリの表現なのかなとも感じた。そこまで追い詰められたからこそ錠一郎(オダギリジョー)がトランペットを手にすることになったのだろう。

脚本としては、唐突にCDプレーヤーが出てくるのではなく、CDの話を事前に何度も振っているところが用意周到で構成的にはじつに上等だ。出来事の良し悪しではなく、それを物語のなかにどう入れるか、視聴者としてはそのセンスを評価したい。そして、失敗してしまった人への「優しい目線」「あたたなまなざし」、傷ついた人への「エール」。それを意識しながらドラマを作っている人達の心を受け止めたい。

それにしても30年何もしてないように見えた錠一郎がトミー(早乙女太一)の

CDを買っていたり、トランペットを取り出したり、彼もいよいよ動き出すのだろうか。

参考記事 〈カムカムエヴリバディ〉錠一郎は20年間、何もしてないのか? 気になり過ぎてチーフPに聞いた

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢

作:藤本有紀

プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香

演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞 石川慎一郎

音楽:金子隆博

主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈

語り:城田優

主題歌:AI「アルデバラン」

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事