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「おむすび」激変。阪神・淡路大震災を描く重要な週の演出を、あえて若手に託した理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
写真提供:NHK

橋本環奈は阪神・淡路大震災後に生まれた俳優

出来事を実体験していない世代が向き合う

朝ドラこと連続テレビ小説「おむすび」第5週は過去に遡り、1995年、結(橋本環奈)の子ども時代を描く。おりしも、阪神・淡路大震災が起こる。物語の重要な根幹を成すエピソードである。通常、朝ドラでは◯◯編の冒頭で描かれる幼少期はチーフが演出を行い、全体のトーンを示してきた。それが今回はチーフの野田雄介さんではなく若手の松木健祐さんが担当している。第2週も担当している、セカンド演出のひとりである。

制作統括の宇佐川隆史チーフプロデューサーに聞いたところ、「第5週を野田以外が演出することを提案したのは、実は野田なのです」と教えてくれた。

「野田は、昔で言えば『芋たこなんきん』や『マッサン』のチーフ、最近では大河ドラマ『西郷どん』のチーフなど、数々のNHKドラマを手掛けてきた大ベテランです」

今回は、野田さんが、「(演出部)全員が、ドラマの主要部分に参加できる体制」にこだわったというのだ。

「今回の演出部が、例年より全体として若い構成であることは確かです。その中で、野田は、若い演出(や助監督)が自分の担当だけでなく、ドラマ全体に対しても責任感をもって制作を考えられるようになってほしい、という思いでそう言ったんだと思います」

こういった抜擢が行われたのは、働き方改革の進行も要因であるという。

「働く時間が、シンプルに言えば短くなりました。時間内に効率よく仕事をすることを考えるきっかけになる反面、皆必死に時間内に終わらせようとするあまり“効率優先”のような考え方にもつながりかねません。このバランスをいかにとるのかが、これからの演出家にはいやおうなく求められる」

そこで『おむすび』では、脚本打ち(合わせ)に関しても「基本的に、演出チームで出られる人は全て参加しよう」という形にした。

「これも野田の発案です。全体を一人一人が自分事として考えた上で『重要な週を、チーフでなく若手が責任感をもって担当する』。若かろうが何だろうが、この週は任せたぞと。いわば、演出全員がチーフと同じ様なかかわり方をした上で、週担当となるのです。今回は、番組の立ち上げをチーフの野田、前半のクライマックスである第4週を小野見知、第5週の震災を松木が担当することを先に決め、全員で物語を共有しながら最初から動きました」

宇佐川さんは真摯に語る。

「とにかくこのドラマは、物語の設定自体も、その体制もやり方も、今こそ新たな可能性を探ろう!ということの集まりで出来ています」

「震災をしっかり描こうと、取材や準備に時間を十分かけました」

第5週を担当した松木さんは、撮影の1年以上前から取材を開始。この週を「大切な週」と自覚し、「震災をしっかり描こうと、取材や準備に時間を十分かけました」と語る。

たくさんの人達に取材して、100人いたら100人分、感じ方が違うことを知った。

「同じ被害を受けたとしても、同じ家族だとしても、悲しみを同じように共有することはできない。被害に対して自分なりに向き合えるようになるには人それぞれ時間がかかるんですね。被災した次の日に前向きになった人もいるし、1週間後だった人もいるし、1ヶ月後、1年後の人もいます。また、時間を重ねるにつれて震災との向き合い方が皆さんのなかでそれぞれ変化していることも知りました」

だからといって全部をわかった気にならないことも心がけた。

「震災に遭った方々の気持ちは震災体験者しかわからないという前提で、最後までわからないということに向き合い続ける覚悟でスタッフと一緒にキャストと一緒に取材から撮影まで挑みました」

写真提供:NHK
写真提供:NHK

では、結の場合はどうだったかーー。

「結にとっての9年という時間の流れをどうやって想像させるか、プロデューサーや脚本家とみんなで一生懸命考えました」その結果、第5週ではそれぞれの視点を大事にした。

「震災から9年後の結の視点で描きました。また、結だけではなく、歩(仲里依紗)の視点やお母さん(麻生久美子)の視点、お父さん(北村有起哉)の視点、おじいちゃん(松平健)の視点と、家族それぞれが、同じ震災だけども違う視点でこの時間を生きてきたということを描いています」

震災から9年を経た結の姿を撮影して松木さんが印象に残ったことがある。

「主演をしている橋本さんが震災後に生まれた方であるということです。震災後に生まれた方が震災のことを悩みながらも一生懸命語ろうとする姿は、撮影していて胸を打たれました。このドラマをやる意味のひとつだと感じています」

1995年、あの日、スタッフたちは

ちなみに、松木さんは1995年のあの日、どうしていたのか。

「僕は当時福岡に住んでいまして小学3年生でした。テレビで見た阪神高速道路が倒れている映像の印象しかなくて……。そういった記憶しかない人間が、今回向き合うことの意味を考えながらやっています」

第4週の演出を担当した小野見知さんも当時、小学4年生だった。

「当時、千葉の実家にいまして、朝起きて学校に行く前にテレビで見て知りました。そのときはことの重大さが全く分かっておらず、大変なことが起こったとは感じながらも、その後、日本でこんなにも大きな出来事として残り続けることになるとは全く考えていませんでした。高速道路が倒れている映像が印象的でしたが、今回は、このドラマで描くべき震災の温度感や距離感を大切に伝えたいと思い、あえて本編に実際の映像は入れませんでした。私も当事者ではないので、その人間がこのドラマに関わるに当たって、果たすべき責任は何だろうかと自問自答しながら取り組んでいます」

小野さんが担当した第4週の平成6年の神戸  写真提供:NHK
小野さんが担当した第4週の平成6年の神戸  写真提供:NHK


宇佐川さんは高校1年生だった。

「私もテレビで大変なことが起こっていると感じたくらいでした。その後、東日本大震災では東京にいて、そのときは実際に揺れを感じたものの、被災地に対して何もできていないもどかしさも覚えました。平成の30年の間に、阪神・淡路大震災から東日本大震災とふたつの震災を経て、当事者でない者としての考え方も変わってきたと思います。平成の歴史を描くにあたり、自分事として考えられないかと思うようになってきたという、心の変化。このことも重要だと思っています」

当時、生まれていない俳優や、まだコトの重大さがわかっていなかった若いスタッフが、先輩たちの助言、大阪局が持つこれまでの取材資料の蓄積も活用しながら、「おむすび」を通して、あの日、あの時、実際どうであったのか知り、ドラマとして残そうとする取り組みを心して見ていきたい。


連続テレビ小説「おむすび」
毎週月~土曜 午前 8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります

/ 毎週月~金曜 午前 7時30分(NHKBS・BSP4K)

【作】 根本ノンジ

【主題歌】 B’z 「イルミネーション」

【語り】 リリー・フランキー

【音楽】 堤博明

【出演】 橋本環奈 仲里依紗 佐野勇斗 麻生久美子 宮崎美子 北村有起哉 松平健 ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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