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アラブ人民とSNS:エジプトで「不適切写真」が刑事捜査に発展

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
騒動の舞台となったサッカーラ遺跡(写真:アフロ)

 2020年11月末、エジプトの「モデル」(記事によっては「ダンサー」)のサルマー・シャイミー(サルマー・エルシーミー、サルマー・エルシャイミー)がインスタグラムなどに投稿した写真が騒動を呼んでいるようだ。問題の写真、本邦でもよく知られている階段ピラミッドを中心とするサッカーラ遺跡で行われた「撮影」で撮られたもので、シャイミーの「ファラオ時代の」コスプレ写真である。これに対し、「服装が不適切で、古代エジプト文明への冒涜だ」との非難の声が上がり、撮影者が逮捕されるに至った。エジプトには遺跡の保護についての法律があり、遺跡・博物館内での無許可撮影が禁止されている。許可を得ずにピラミッドに上ることはもちろん禁止されている。シャイミーらへの摘発(或いは弾圧)は、遺跡の保護という観点から進められるようだ。

 シャイミーらの行動にはいくつかの問題点があったと思われるが、それは、下記に要約される。

1.無許可で「撮影会」に類する活動をした:シャイミーらは、通常の入場者と同様の方法で入場したが、実際には遺跡観光・訪問ではなく「女性モデル(=シャイミー)の撮影をした」。本稿でリンクを張った記事によると、エジプトの神殿やピラミッドなどの遺跡ではポルノをはじめとする「不適切」撮影が後を絶たず、トラブルが多発している。

2.「不適切」な服装の写真を公開した:上述の通り、問題の写真は「ファラオ時代の」コスプレということになっているのだが、見る者によっては「セクシー写真」にも見える。シャイミーはサッカーラ遺跡に入場する際、「アバーヤ」と呼ばれる全身を覆う黒い衣装をまとっていたそうだから、撮影の際の服装が何かのトラブルを呼びうることは自覚していた可能性がある。

 今般の騒動は、遺跡や古代エジプト文明に対する冒涜という文脈で扱われているようだが、過去数カ月間にエジプトでは「刺激的で不道徳な」画像や動画をSNSで公開したためにおよそ10人の若年女性が収監されたとの由で、騒動の背景にはイスラームに基づく規制や制約があると思われる。つまり、エジプトの人民は全員が「イスラームの戒律」とやらに基づく品行方正(「いきぐるしい」でもべつによい)な生活を送っているわけではなく、若者の一部を中心にそうした規制や「お行儀のよさ」とは別の生活を希求している者も少なくないということだ。今回の騒動で、シャイミーを擁護する書き込みも多いらしい。ムスリムや中東諸国の人民が、全員「イスラームの戒律」に基づく画一的な生活を営んでいる、というのは大いなる誤解と言えよう。

 ところで、問題となったシャイミーのSNSの公式アカウントを見ると、そこでの画像類はコスプレイヤーのそれのようでもあり、確信犯的に何かを挑発しているようでもある。作品群の中には、なんと、「イスラーム的マグリブのアル=カーイダ(AQIM)」の広報部門である「アンダルス広報製作機構」の由緒正しいロゴをパクった(または確信犯的に張り付けた)ものまであった。彼女らの活動が、いろいろな「いきぐるしさ」に対する挑戦であれ、無知に基づく売名であれ、今のAQIMにはそんなことを気にしたり、攻撃したりするゆとりがないことがせめてもの救いだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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