謎の女性写真家の正体は、天才か変人か、孤独な被害者か冷酷なナニーか。
今月頭に10本の作品をおすすめ(詳しくはこちら!【イケメン編5本】【個性派編5本】)しましたが、今回はそのうちの1本『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』をご紹介します。
昨年のアカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞候補となった作品で、偶然発見されたネガから、あれよあれよという間に世界的に有名になってしまった謎の女性写真家ヴィヴィアン・マイヤーの実像に迫る作品。一言では語れない人間の複雑さに、うーーん、と唸る作品です。
事の始まりは、シカゴの古い風景写真を探していたアマチュア歴史家ジョン・マルーフ(この映画の監督)が、オークションでたまたま手に入れた大量のネガから。結局は使わなかったそのネガを現像してみると、これが悪くない。ってかすごくいい。
でも撮影者「ヴィヴィアン・マイヤー」の名前をググっも全然ヒットしません。2年後にようやくヒットした死亡記事からわかったのは、彼女は写真家でもなんでもない、生活に困窮した末に孤独死した無名のナニー(乳母)だったんです。でもこれだけ写真を撮りながら、なんで生前にひとつも発表してないの?てか10万枚のネガと未現像のフィルム、ってことは、本人も自分の写真の多くを見てないってこと?なんで?って思いますよね。
映画はそんなヴィヴィアン・マイヤーの実像を、関係者のインタビューで浮き彫りにしてゆきます。多くの人が最初に口にするのは「変わり者」。彼女はたくさんのセルフポートレートを残しているんですが、表情が冗談みたいに堅く、んでもって……壊滅的にダサいんですねー(笑)。50年代って女性のファッションがすごく女性的だった時代で、彼女の写真にもおしゃれな女性がたくさん写ってるんですけれど、彼女自身は、ただでさえデカくてガタイがいいのに、オッサンみたいな格好しかしてない。「だぶだぶの格好」「ガボガボのブーツ」「1950年代のソビエトの労働者みたい」と彼女を知る人の証言はさんざんなものです。
そしてどうやら彼女は、今で言うところの「捨てられない女」だったようです。ジョンは彼女を最後まで援助していた人物から、貸倉庫に残る処分に困った膨大な遺品を引き取るんですが、これがものすごい。未現像フィルムはもちろん、そんなん持ってたなら着とけ!と言いたくなるやけに派手な洋服やアクセサリーも結構ある。そして何よりも紙類!
買物のレシートやらメモやら古新聞やらはそれこそ山のように。監督も引き取ったものの途方に暮れちゃうわけですが(笑)、住み込みの自宅にこのすべて持っていってたっていうんだから、雇い主はたまったもんじゃない。「ガラガラだったガレージが古新聞でいっぱいになり」「部屋が新聞の山だらけ」になった挙句、それを処分した雇い主に噛みついて仕事を辞めさせられた、なんて話もあります。うーん、変人。
「ものに執着する人」の心理を勉強したわけも知っているわけでもありませんが、ヴィヴィアンから色濃く感じられるのは「孤独」です。幼い頃に両親が離婚、結婚もしなかった彼女は天涯孤独の身の上ですが、ここでいう孤独とはそういう状況のことではなく、雇い主たちがこれまた口を揃えた「部屋に鍵をかけて、中に誰も入れなかった」という、生来の「孤独な性格」のこと。
でも必ずしもそれは孤独を愛していたという意味ではないようです。彼女の最初の雇い主夫婦が「里子を取ろう」と話しているのを聞いた時、「里子をとるくらいなら私を養って」と言ったというエピソードが、私にはものすごく印象的でした。普通ならいい年こいたオバさんが、それも自分の雇い主にこんなこと言いませんよね。相手がドン引きするんじゃないかという想像力とか、いざとなれば冗談めかせる言い方を選ぶ知恵とか、断られて傷つきたくないという自己防衛の気持ちとか、働いてしかるべきでしょう。でも彼女は大マジメに真正面から言って、あえなく「それはできない」と断られちゃうわけです。一事が万事そういう感じで、不器用というかなんというか、人との距離感をうまくとることがぜんぜんできません。
そうした距離感を唯一上手くとれる手段が、写真だったのかもしれないと、私は思いました。
心に触れるポートレイトは、被写体の真実と、撮影者の視点の両方が感じられるもの。写真家の方に聞いたことがあるのですが、その瞬間を逃さず切り取ることができると、両者の間には独特の連帯感、共犯意識のようなものが生まれるんだそうです。ヴィヴィアン・マイヤーが必ずしも写真を現像せず、世に出さなくてもよかったのは、彼女にとってシャッターを切る瞬間に得られるそういう気持ちが大事だったからかもしれません。
とはいうものの、彼女が「不器用な聖人」だったかと言えばさにあらず。彼女と関わった多くの人が、その心の裏の闇――「子供を町に置き去りにした」「残虐な事件のニュースを好んでいた」「性的虐待の経験があるのかもしれない」――のようなものを感じています。
この映画を見て思い出したのは、有吉佐和子さんの『悪女について』という小説。ある一人の女性の半生を様々な関係者の証言によって浮き彫りにした物語ですが、「美しくて優しい人だった」という人もいれば「あんな下品な女は見たことがない」という人もいて、証言はバラバラです。もちろんどの言葉も嘘じゃないけれど、その真実は特定の視点から切り取った一面でしかありません。
「いい人」「悪い人」「優しい人」「恐ろしい人」「楽しい人」「暗い人」――深く知るほど一言では言い表せないヴィヴィアンの実像が、「人間の複雑さ」という普遍的なテーマを浮かび上がらせます。オフィシャルサイトに無数にある――暖かみのある、冷徹な、かわいらしい、ほのぼのとした、悲しい――写真たち。そのすべてがたった一人の人間から発露したものであること。そこに驚きを覚えずにはいられません。
10月10日よりシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開
(C)Vivian Maier_Maloof Collection
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