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ウクライナで緊張高めるプーチン露大統領の勝算 コロナ復興と温暖化対策で天然ガス高騰に便乗か

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロシアとドイツを結ぶ天然ガスの海底パイプラインの建設作業(2019年当時)(写真:ロイター/アフロ)

バイデン米政権は米兵8500人の派遣準備を強化

[ロンドン発]ロシア軍がウクライナ国境に12万7千人の部隊を展開し、挑発行為をエスカレートさせる中、米兵8500人の派遣準備を強化したと、米国防総省のジョン・カービー報道官が24日発表した。カービー氏は「アメリカは同盟国、パートナーに害を及ぼすロシアの行動に対し国益を守るため断固として行動する」と強調した。

同氏の発表によると、8500人の部隊はアメリカを拠点としており、多国籍4万人規模の北大西洋条約機構(NATO)即応部隊が起動した場合にその一部となる。侵略を抑止し、同盟国を守り、必要に応じて侵略を撃退する同盟の能力を強化するため、8500人はすでに欧州に駐留している米軍に加わるかたちとなる。

NATO即応部隊には非常に高い即応性を持つ多国籍陸軍旅団約5千人と空軍、海兵隊、特殊作戦部隊からなる統合任務部隊計約2万人が含まれる。アメリカは旅団戦闘チームと兵站、医療、航空、情報、監視・偵察、輸送を専門とする部隊の派遣を準備している。ただ「現時点ではアメリカからいかなる部隊を派遣することも決定していない」(カービー氏)という。

10日かかっていた派遣準備を5日に短縮。アメリカと同盟国はウクライナを包囲しようとするロシアの動きを監視しており、カービー氏は「ロシア側には今のところ事態を収拾する意図がないことは明らかだ」と述べた。ロシアを刺激することを恐れて外交に徹してきたジョー・バイデン米大統領がロシアの侵攻に備える軍事的シグナルを初めて発した。

米英とEUの対応、二分

ウクライナはNATOの同盟国ではないため、ロシアが同国に侵攻してもNATO加盟国に防衛義務はない。しかし米英やポーランド、バルト三国はロシアの侵攻を防ぐためウクライナに防衛兵器の供与や軍事訓練を行ってきた。デンマーク、スペイン、ブルガリア、フランス、オランダも東欧やバルト三国の防衛強化のため戦闘機や軍艦、部隊を追加派遣する。

いつ始まるか知れない戦闘に備え、米英は有事に不可欠な職員を除き在ウクライナ大使館員や家族を退避させている。しかし英紙デーリー・テレグラフによると、欧州連合(EU)のジョゼップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は「緊張を誇張する必要はない。やるべきことを落ち着いて行い、神経衰弱にならないようにしなければならない」と釘を刺した。

ボレル氏は「(米英が大使館員を引き揚げる)具体的な理由がわからない。同じことをするつもりはない」と述べた。仏大統領府(エリゼ宮)も「同じ数のトラック、戦車、軍隊を見ているが、攻撃が差し迫っているとは推測できない」という。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「キエフからの外交引き揚げは時期尚早」と米英を批判した。

24日、米英独仏伊、ポーランド、EU、NATO首脳がオンライン方式で会談。ロシアの敵意が高まる中、国際社会は結束してウクライナの主権を損なうような行動を容認すべきではなく、ロシアによるさらなるウクライナ侵攻が発生した場合、同盟国は前例のない制裁を含む迅速な報復措置を講じる必要があることを改めて確認した。

欧州の天然ガス価格は50倍以上に暴騰

ウクライナの首都キエフに侵攻し、ドニエプル川以東、南部の港湾都市オデッサを含む沿岸部を占領してウクライナを黒海から切り離す構えまで見せて緊張を高めるウラジーミル・プーチン露大統領の真の狙いは一体、何なのか。まず、ロシアがアメリカに突きつけた要求から見ておこう。

(1)ウクライナのNATO加盟を認めない

(2)NATOは1997年以前の状態に戻る。旧共産圏の東欧やバルト三国からNATOの軍や兵器を引き揚げる

(3)ウクライナや東欧、ジョージア(旧グルジア)などコーカサス諸国、中央アジアでロシアの事前合意なしに訓練を行わない

(4)アメリカが2018年に離脱した中距離核戦力(INF)全廃条約に代わり、短・中距離ミサイルシステムを双方の射程外に引き揚げる

こうした主張が認められない場合、ロシアは軍事的に対応すると警告している。24年に大統領選を控えるプーチン氏はそれまでにウクライナ問題を片付け、権力基盤を万全にしたい。そのためにはロシア国内だけでなく、勢力圏のベラルーシやカザフスタン、親米欧のウクライナから自由と民主主義を徹底的に排除する必要があると考えている。

昨年7月「ロシア人とウクライナ人の歴史的統一について」というエッセイでプーチン氏は「ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人は皆、欧州最大の国家だった古代ロシアの子孫」と強調した。旧ソ連は、自由主義圏対共産主義圏という外側のタガ、秘密警察による市民監視と弾圧という内側のタガに締め付けられて成立していた。

プーチン氏は自らの体制維持のため意図的に緊張を高めて外側に脅威を作り出し、冷戦時代の「鉄のカーテン」を復活させようとしているのだろうか。ロシアの国内総生産(GDP)は韓国を下回る。核兵器、原油・天然ガスなどの資源がなければ、ロシアは取るに足りない国に落ちぶれている。

ウクライナに本格侵攻して泥沼化すればソ連崩壊の大きな転機になったアフガニスタン侵攻の二の舞になりかねない。しかし気候変動対策で二酸化炭素の排出量が少なく、電池代わりになる水素の原料にもなる天然ガスの価値が増し、コロナ復興もあって欧州での価格は2020年から一時50倍以上に暴騰した。

エネルギー源をロシアに依存する欧州はアメリカのような強硬姿勢は最初から取れっこないのだ。これまでも原油・天然ガスなど資源価格が高騰するたびに強気に転じてきたプーチン氏は今回を千載一遇のチャンスとみなして最後のギャンブルに打って出ているのかもしれない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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