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香川県のネット・ゲーム規制条例案から浮かぶ三つの疑問 “ゲーム狩り”の第一歩

河村鳴紘サブカル専門ライター
ゲームを遊ぶ男の子(写真:アフロ)

 コンピューターゲームの利用を1日1時間に制限しようとする香川県のネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案が話題になっています。2月6日までパブリック・コメント(意見公募)を実施していますね。意見を提出できるのは、香川県民、規制対象の事業者となっていますから、反対意見を表明する気だった人は残念に思っているでしょう。

【参考】香川県のパブコメ告知と条例の素案

 ゲーム関連の規制と言えば、15年前の2005年、神奈川県が暴力表現などを多く含むゲーム「グランド・セフト・オート3」について、県青少年保護育成条例に基づく「有害図書類」に指定、18歳未満の販売を禁止したことが知られています。それを受ける形で、ゲーム業界団体のコンピュータエンターテインメント協会(CESA)が、レーティング制度を実施、残虐ゲームの区分陳列をしています。今回の条例案を読んだときに、当時の取材したことを思い出しつつ、三つの疑問が頭に浮かびました。

 第一は、既に多くの人が指摘している通り、条例案でゲームの利用時間を規制すること、1時間にしたことについて、エビデンス(根拠)がないことです。ちなみに今回の件について、CESAに「パブリックコメントを出すか」と問い合わせてみましたが、答えは「現段階では考えてない」でした。理由は「意見をするにはエビデンスが必要だが、今は調査中」でした。本来は反対意見を言いたいはずのゲーム業界が、1日1時間の意見に反論するためのエビデンスを気にしているわけです。ところが当の香川県が、規制に必要なエビデンスを収集した形跡はありません。

 第二は、香川県が、ゲーム業界の主力といえるスマホゲームビジネスの泣き所をついておらず、ゲーム自体の研究・理解が欠けていることです。欧州では、スマホゲームで、任意の課金をしてレアアイテムを当てる「ガチャ」のシステムを「ギャンブル」とみなして排除する動きがあります。そして一部のゲームファンは「ガチャ」を強烈に嫌悪しています。ゲームの利用時間制限を狙うのでなく、「ガチャシステムが青少年に健全でない」とすれば、この条例案の評価は違っていたかもしれません。

 第三は、世界保健機関(WHO)が新設した「ゲーム障害」の内容をきちんと吟味していないことです。「ゲーム障害」は「エビデンスが不明確」として懸念している識者、関係者が少なくありません。厚生労働省も、補助事業として国立病院機構久里浜医療センターに依頼する形で、まずゲーム利用状況に関する全国調査をしたのです。ところがこの調査をエビデンスと考える人がいるようです。あくまでも調査で、医学的な因果関係を立証しているわけではありません。そもそも「ゲーム障害」が適用されるのは2022年からですし、ゲーム以外に子供が勉強そっちのけで打ち込むスポーツや趣味は多くあります。そして規制する前の調査や研究、検討は欠かせないものなのに、急ぐ意図は何?……となるわけです。

【参考】「ゲーム障害」調査の生データ見て思うこと

 ちなみにこの条例案は、実質的に香川県だけの問題ではありません。なぜなら成立してしまえば、他県も追随する可能性が高いことです。残虐ゲーム規制は「有害図書類」にする判断基準の仕組み、実効性がハッキリしない問題がありました。それでも条例は成立し、神奈川県が首都圏の知事にも呼びかけ、他県にも波及しました。各県がそれぞれで慎重に考えてくれると良いのですが、それが期待できるわけでもないのです。

 もちろんゲーム業界に“落ち度”がないわけではありません。ゲームは、世界を席巻する巨大産業になりましたが、ゲームが人体に影響を与えるのでは……という懸念は昔からあったものの、実質放置状態でした。今になって調査に着手しているのですが、後手に回ったのは否めません。

 今回の条例案について、家庭に対する行政の過度の介入を疑問視する識者、ゲームに精通した人、ゲームファンは反対するでしょう。しかし、ゲームに詳しくない識者、ゲームが好きでない親でなければ、賛成したり、興味を持たずスルーするのも明らかです。かつて任天堂の故・岩田聡社長が「ゲームが親に嫌われないように…」とゲームのイメージを非常に気にかけていました。ですが、ゲーム業界がそれに積極的に取り組んだとは胸を張って言えないわけです。

 また気になるのは、反対論が感情的になりがちなことです。かなり前ですが「ゲーム脳」関連の取材で、中立的なはずの関係者から「ゲームファンから寄せられる意見が感情的すぎる」というボヤキがありました。関係者へ意見のメールを一方的に送り、その内容がちょっとどうなの?というケースもあり、熱心すぎる反論が新たな反対派を生み出している……という側面もありました。相手も人間なのですから、罵倒するのでなく、理路整然とした意見になることを願っています。

 ちなみに香川県庁の職員がゲーム規制条例素案に対してネットで意見を発表して話題になりましたね。ここまで説得力があり、理路整然としたコメントはそう簡単に書けないとは思いますが……。

【参考】意見表明 香川県庁職員の私が香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案について思うこと

 15年前の神奈川県の残虐ゲーム規制は、取材時にまだ理解できる部分もありましたが、今回の条例案は疑問ばかりです。そして現在は世界的潮流になり、国内でも多くの企業が参加しているeスポーツも実質的にシャットアウトする内容になっています。国体の文化プログラムまでになっているのに、自治体がそれを実質的に否定しているわけです。この条例案が成立すれば、香川県内に住むeスポーツの才能のある子は、ゲームの練習ができなくなるわけで県外に出ていくしかなく、同県でeスポーツのイベントを開けば時間の制限にひっかかります。

 またゲームには、教育目的のゲームや、シミュレーターもあるなど多彩です。それを「コンピューターゲーム」としてひとくくりにしているわけです。そもそもゲームを規制・排除して、子供の学力が上がったり、生活が向上するのでしょうか(そのエビデンスも不明ですが)。ゲームを規制しても、子供は次の「楽しみ」を探すだけですし、親はその「楽しみ」を目の敵にするだけでしょう。ゲームの前はマンガやテレビ、戦前は映画が「青少年にはけしからんもの」として敵視されていました。歴史を振り返れば、容易に分かることと思うのですが。

 条例案は、世間の反発が予想以上に強いと見るや、ネットを外してゲームのみをターゲットにしていることから、「言葉狩り」ならぬ“ゲーム狩り”にしか取れず、その第一歩と言えるでしょう。そもそも1日1時間のプレーでは、RPGやシミュレーションゲームは先へ進まないわけで「遊ぶな」と言っているのに等しいですからね。

 つまるところ、今回の条例案は「香川県には、ゲーム産業の経済効果は不要。関連雇用もいらない。eスポーツも排除」という、条例に賛成した県政治家の“高潔な宣言”なのでしょう。また全国で香川県が話題になったのですから、ある意味本望かもしれません。そして、選挙に行かず地方自治に無関心でいると、こんなビックリな条例案が出てくるわけですね。国民にとても大きな教訓を残してくれた点に“拍手”したいと思います。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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