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アメリカとイランとの緊張激化がイエメン紛争に及ぼす影響

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 ホルムズ海峡でのタンカー攻撃事件などを受けてアメリカとイランとの緊張が高まっていた2019年6月末、『ロイター』などはUAEがイエメンに派遣した装備や部隊を撤収させていると報じた。報道によると、UAE政府はアメリカとイランとの緊張を受け、装備・部隊をイエメンに置くのではなく自由に動かせる状態にしておきたいとのことである。UAE筋は部隊の引き上げを否定しているが、その後もUAEがイエメンの現場でろくに調整もせずに部隊を撤収させているとの報道が続いている。ここで、UAEやサウジがこれまで中東各地の紛争に関与してきた動機を、「イランの勢力伸張」への対抗と考えるのならば、今般のUAEの動きには何とも釈然としないものを感じる。

図:サウジ・UAEから見れば、周辺諸国の情勢は「イランによる包囲策謀」に見えるが…(筆者作成)
図:サウジ・UAEから見れば、周辺諸国の情勢は「イランによる包囲策謀」に見えるが…(筆者作成)

 

 確かに、図をみれば、シリア、イラク、そして今般問題のイエメンのような場所にイランが勢力を扶植し、「傀儡」武装勢力を配置したり、現地の政治や社会に強い影響力を及ぼしたりすれば、サウジやUAEから見れば「親イラン勢力」に包囲されるように感じられる。また、これらの地域は世界的に見ても交通の要衝でもあり、サウジ・UAEの同盟国であるアメリカにとっても不都合が多いだろう。しかしながら、ここで対決一辺倒で臨めば、イランとの正面で緊張が高まり、直接対決の危険も昂じることは十分予想可能である。今になってイラン正面での緊張激化をうけてUAEがイエメンから部隊を動かすとなると、イランや親イラン勢力への対処で現実的・戦略的な思考がない、何とも間の抜けた行動に見える。

展望なき紛争と混乱の拡散

 こうしてアラビア半島やペルシャ湾を中心に繰り広げられる中東情勢を、サウジ陣営とイラン陣営との覇権争いとしてみると、サウジ陣営がさしたる展望も落としどころについての目途もなく紛争と混乱を拡散させているかのような場面が目につく。例えば、サウジ・UAEが主導してイエメンに軍事介入した(2015年3月)ものの、これが決着する見込みが全くない状態で、当初仲間として連合軍に加わっていたカタルと突如断交し、同国をサウジ・UAEとは異なる目標で地域情勢に関与するトルコの側に追いやってしまった。当然のことながら、サウジ・UAEはカタルに対し、少なくとも公式な場面では和解のための実現可能性のある条件提示をしていない。

 イラクやシリアの情勢を見ても、シリア紛争勃発(2011年)から「イスラーム国」の増長(2014年)までの流れは、サウジ、UAE、そしてアメリカにとって敵であるイスラーム過激派を、イラクやシリアを舞台にやはり敵であるイランと争わせることによって両者を消耗させようとの意図があったようにも感じられた。しかし、その結果はサウジとアメリカが「イスラーム国」による直接の攻撃や脅迫にさらされるようになり、両国とUAEは「イスラーム国」対策として少なからぬ時間と労力を費やさざるを得なくなった。しかも、イラクにおいてもシリアにおいても、「親イラン勢力」の排除に失敗するというおまけもついた。

 イスラーム過激派対策という観点からは、サウジとUAEがバシール大統領失脚後に政権を掌握した「移行軍事評議会」に早々と巨額の経済援助を与えたことも、懸念材料である。両国にとっては、イエメンへの軍事介入で負うべき人的損害を肩代わりする存在として、スーダンを連合軍に引き留めておく必要がある。しかし、スーダンにおいて「移行軍事評議会」を支援することは、同国での民政移管や民主化への移行を妨げることにもなる。その結果、政治を変えるにはテロリズムに訴えるほかないとのイスラーム過激派の思考・行動様式が説得力を増すようになれば、サウジ・UAEによる対スーダン支援には問題が多い。

結局、イエメン紛争にどんな影響が出るの?

 議論をイエメン情勢に戻そう。UAEの「離脱」(或いは「逃亡」)によって、連合軍の中でサウジが孤立し、イエメン紛争における敵役である「アンサール・アッラー」との対話に追い込まれるのではないかとの見方もある。しかしこれは連合軍のイエメン介入の目的のほとんどが実現せずに終わることにつながりかねない。連合軍(特にUAE)がイランとの対峙という観点からイエメン紛争に介入したというのならば、当のイランとの正面で緊張が高まったことにより、イエメンへの介入を中途半端で投げ出すような結果になりかねない。このような無責任な姿勢でイエメンに介入した諸当事者については、今後中東地域の他の問題への関与の在り方も無責任な混乱要因であると評価せざるを得なくなるだろう。

 一方、紛争当事者の一部がイエメンへの介入を投げ出すことにより、イエメンでは逆に紛争終結や、より実効的で広範囲の停戦への展望が開ける可能性が生じた。「アンサール・アッラー」の形成過程や支持者を見る限り、同派を「イランの傀儡」として排斥・根絶するとの対応が非現実的で稚拙なものであるのは明らかだ。イエメン紛争とそれに伴う人道危機を終息させるためには、「アンサール・アッラー」やその支持者に、イエメンの政治過程の中に適切な居場所を設けるしかないだろう。ともかく、これを契機に中東情勢の諸当事者の状況認識や振る舞いが、少しでも現実に近づいていくことを願ってやまない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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