「凪」「蔦」「金色不如帰」…名だたるラーメン店のロゴを手掛けるイラストレーターが大事にしていること
ここ数年、『教養としての〇〇』というタイトルの本が各社から多数発売されている。オンライン書店でざっと調べてみても、
『世界のビジネスエリートが知っている 教養としての茶道』
『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』
『教養としてのAI講義』
『教養としての「地政学」入門』
『億万長者だけが知っている教養としての数学』
などなど物凄い数の書籍が出てくる。ビジネスパーソンはビジネススキルを身に付けるだけではなく、教養も必要だという現代の流れなのだと思う。
加えて、「教養」という言葉が広義に使われ出し、学問のみならずここには食文化も含まれてくるようになる。『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』のヒット後、ビール、日本酒、日本食など次々と刊行された。
そんな動きの中で、『教養としてのラーメン』という本が1月19日に発売された。
ついにラーメンが来たか。そう感じた。いつかこの本が生まれるだろう、そう思っていたからだ。
著者はラーメンイラストレーターの青木健氏。有名ラーメン店のロゴデザインをこれまでに50店舗以上手がけた人物だ。イラストレーター、デザイナーとしてラーメン界を見てきた青木氏がこのテーマの本をまとめられたというのが大変興味深い。
「教養」とまとめると少し堅苦しい印象を受けるかもしれないが、内容としては青木氏のラーメン愛が全体に溢れたエッセイ調。店主の個性あふれるラーメンのことを「店主の顔の見えるラーメン」とよく形容されるが、本書はまさに「著者の顔の見える本」。
加えて、「ラー年表」「ラーメンの基本ジャンル20」「ご当地ラーメン基礎固め」「系列店の基礎知識」など知識系もよくまとまっており、さらには「ラーメン界隈人物辞典」「マニアック・ラーメン用語集」などマニア必見のコーナーもある。ラーメンに少しでも興味のある方にはオススメできる一冊だ。
ラーメンファンではない人からすると、なぜイラストレーターさんがこの本を?とピンとこない人もいるかと思うので、今回は青木氏の仕事をご紹介しながら、その深いラーメン愛に迫りたいと思う。
「凪」創業者・生田さんとの出会いがすべての始まり
イラストレーターとして雑誌や広告、教科書などのイラストを描く仕事をしていた青木氏。
ラーメンが学生時代から好きだったので、趣味でラーメン好きの会合に顔を出していた。その中で2005年、のちに「ラーメン凪」の創業者になる生田智志さんと知り合う。
「初めてお会いした時にイラストを見せたら面白がってくれて、それからmixiを通じてラーメンの意見交換などをする友達でした。その後、生田さんが独立して渋谷でお店をオープンすることになった時、勝手にロゴを作ってプレゼントしたんです」(青木氏)
いまや世界にも進出している「凪」のロゴはこうして誕生している。これが青木氏のラーメンイラストレーターとしての初めての作品だ。
「凪」のロゴは今でこそお店で当たり前のように見る存在だが、ロゴ単体で見るとシャープでラーメン屋っぽさがない。このロゴは当時から大変“攻めた”ロゴだった。
「生田さんは『一風堂』の河原成美さんを敬愛していました。河原さんは全く新しい豚骨ラーメン店を作るにあたって、ラーメンの味・見た目・店内・ユニフォーム・BGMなどすべてを新しく作り上げましたが、どうしても手に入らないもの― “歴史”を表現するために筆文字のロゴを作ったんだそうです。
それを知って、逆に歴史にとらわれず常にイノベーションを起こしてほしい生田さんには、その真逆で一切歴史を感じさせないロゴを作ろうと思いました」(青木氏)
周りの円は「凪の周りに輪ができる」「縁(円)ができる」という意味だが、左の払いの部分が円からはみ出している。これは「凪」が常にラーメンの枠からはみ出していてほしいという青木さんの思いだ。
その後、新たな取り組みに常にチャレンジし続ける「凪」のこれからを予言していたかのようなロゴである。
ここから青木氏のラーメンイラストレーターとしての活動が始まった。
その後、「Japanese Soba Noodles 蔦」「金色不如帰」「中華そばムタヒロ」「くじら食堂」「焼きあご塩らーめん たかはし」など50店舗以上のロゴデザインを手掛けるようになる。ラーメンファンでなくても名前を知っているような有名店ばかりだ。
青木氏の仕事は、ラーメン店から頼まれたデザインを仕上げるだけではない。
長年ラーメンに向き合う中で蓄積してきたラーメンの歴史やジャンル、流行などのしっかりとした知識が土台にあった上で、店主の思いや経歴、お店の方向性などをヒアリングしながらロゴに反映していく。
お店側も、ラーメンに造詣の深い青木氏になら安心して依頼できるのだ。
青木氏は今まで一度も自分で営業をしたことがない。すべては口コミ、人の紹介で仕事が成り立っている。
これは、これまでデザインを手掛けてきたお店をどれだけ真剣に見つめてきたかに他ならない。
ピカソは1枚の絵を描き上げるのに、「私はここまで来るのに、生涯を費やしているのです」と言った。
青木氏も同じだ。ロゴやデザインの一つ一つに、長年培ってきたラーメンの知識や経験が詰まっている。本書を通じて、そんな青木氏のラーメン感に触れてみていただければと思う。