<イラク>ノーベル平和賞 ヤズディ拉致女性ナディア・ムラドさんの村で (写真13枚)
◆今も消えぬISの影
ノーベル委員会(ノルウェー)は、今年の平和賞を2人に授与すると発表した。うち一人が、ヤズディ教徒女性のナディア・ムラドさん(25)だ。彼女は過激派組織イスラム国(IS)による性暴力を告発する活動を続けてきた。 (玉本英子/アジアプレス)
2014年8月、ISはヤズディ教徒が暮らすシンジャル一帯を襲撃した。「悪魔崇拝の邪教」と一方的に決めつけ、住民に銃を突き付けてイスラム教への改宗を迫り、拒んだり、逃げようとした男性を次々と殺害。さらに女性や子どもらを「奴隷」とし、IS支配地域に移送した。戦闘員は、女性を強制結婚の名のもとにレイプした。ナディアさんもそのひとりで脱出後、過酷な体験を自ら告白し、ISの非道さを訴えてきた。
今年10月、私はシンジャル南西にあるナディアさんの故郷、コジョ村に入った。
約4年にわたりISに支配されていた村は、昨年5月、イラク軍と民兵部隊による掃討作戦で解放された。だが村に人の姿はない。戦闘で破壊された建物があちこちに残るだけだ。村の警備兵が案内してくれた。廃墟になった中学校。ISは住民をここに集め、男性や年配女性は村はずれの空き地で殺害した。およそ1600人の村民のうち、700人近くが犠牲となったとされる。
◆ISの組織的な女性拉致とレイプ
同じコジョ村出身のナスリーン・ハリルさん(22)は、母と幼い妹弟とともに拉致された。用意されたバスに乗せられ、他の女性たちとともにイラク北部のモスルに移送された。母や妹弟から引き離され、彼女は建物に収容された。真夜中、若いヤズディ女性35人が部屋に集められた。そこには12歳の女の子もいた。
IS戦闘員はひとりずつ別室に連れ出していった。
「ロープで手を縛られ、レイプされた。ずっと自殺することばかり考えていた」。
ナスリーンさんはそう話すと、遠くに目をやり、くちびるをかみしめた。
その後、彼女は4回にわたって戦闘員のあいだで転売された。監禁されながらも電話のチャンスを見つけ、連絡を受けた母が密輸業者を探し、IS戦闘員が家を空けた隙にナスリーンさんは脱出。業者の手引きで母の元へ戻ることができた。
◆「ナディアの受賞は嬉しい。でも私たちには何も終わっていない」
現在、ナスリーンさんはイラク北部・クルド自治区の避難民キャンプに母と2人の妹弟と暮らす。兄3人は行方不明のままだ。コジョ村を脱出できた住民のなかには、難民となってドイツに渡った者も少なくない。その後、ドイツの審査が厳しくなり、彼女はオーストラリア行きを希望している。
「村が解放されても治安が回復せず、村に戻れない。近隣の村にはISに協力したイスラム教徒もいる。もう故郷を去るしかない」
と声を詰まらせた。
ナディア・ムラドさんのノーベル平和賞受賞について聞くと、
「受賞は嬉しい。でも私たちには何も終わっていない。あの日の記憶は消えないし、ISも壊滅していない。なにより人びとが今も苦しんでいる現実がある」。
ナディアさん一家が暮らした家を訪れた。ドアはなく、窓ガラスは割れたままだった。床には服や靴が散らばっていた。埃まみれで残っていた服は、ナディアさんの母のものだ。母と6人の兄弟がISに殺害された。4年前、ヤズディ教徒を襲った悲劇。ISによって拉致され、行方不明のままのヤズディの人びとは3000人におよぶといわれている。
◆ヤズディ教:
イラク・シリアにまたがる地域のクルド系住民に受け継がれてきた少数宗教。ゾロアスター教やキリスト教、イスラム教などの影響を受け、イラク北部には約60万人が暮らしてきた。歴史的に迫害にさらされ、2014年には「悪魔崇拝」と決めつけたISがイラク北西部シンジャル一帯のヤズディ教徒の町や村を襲撃した。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2018年12月4日付記事に加筆修正したものです)