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千代田区で発生したタクシー暴走事故は、どんなシステムがあれば防ぐことができたのか

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
写真はイメージです。当該事故とは関係ありません、(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 去る9月11日、東京都千代田区で信号から発進したタクシーが暴走し、運転手を含むふたりが死亡し、4名が重軽傷を負うという事故が発生しました。まずは亡くなられたかたのご冥福をお祈りすると同時に、怪我をされたかたが一日も早く快復されることをお祈りします。

 さて、事故の状況は、交差点の先頭で停止していたタクシーが青信号になっても発進しなかったことから、後続車がホーンを鳴らして知らせたところ、急発進して暴走し、約50m先で自転車をはねた後、さらに50mほど走って歩道上の歩行者をはね、街路樹に衝突して止まった、というものです。

 報道された写真をみたところ、事故を起こした車両は、トヨタのS210系クラウン(2012〜18年)のようです。当該車両には、ミリ波レーダー式のプリクラッシュセーフティシステム(衝突軽減ブレーキ)がオプション設定されていました。個人タクシーなので、オプション選択していたかどうかは確認できませんが、付いていたことを前提として考えてみたいと思います。

世代の古い衝突軽減ブレーキは、ドライバーの操作が優先される

 結論から言うと、この状況では、当時の衝突軽減ブレーキでは作動していない可能性が高いです。このシステムは、主に対車両の追突回避を想定したもので、作動するのは約15km/h以上から。しかも歩行者の検知は保証できないシステムですから、プリクラッシュブレーキが付いていても、残念ながら事故は防げなかったと推定されます。

トヨタ210系クラウンの取扱説明書から(傍線筆者)。
トヨタ210系クラウンの取扱説明書から(傍線筆者)。

 それでも車速が15km/hを上回った時点で、あるいはレーダーが街路樹を検出した時点で作動したのでは? と思われるかも知れませんが、この当時の衝突安全ブレーキは、ドライバーがアクセル全開にすると、そちらを優先するようにできていました。なぜそうしていたのかというと、「システムはあくまでドライバーの補助であり、ドライバーが回避操作をした場合、それを邪魔をしてはいけない」という考えかたをしていたからです(”ドライバー・オーバーライド”と言います)。

 すなわち「ドライバーはミスも犯すが、ミスに気付いた後は適切な回避操作を行う」という前提で、制御が作られていたのです。

最新の衝突安全ブレーキなら、事故が回避できた可能性も

 では、最新のシステムだったら、どうだったでしょうか? これはかなりの確率で、事故を回避できたか、少なくとも被害を低減できていたと推測されます。

 まず、トヨタの衝突安全ブレーキ(Toyota Safety Sence)の最新版は、対象物の検出に光学式カメラとミリ波レーダーの両方を使用しているため、歩行者を識別してブレーキを作動させることができるようになりました(他社も最新のシステムはほぼ同様です)。

 しかも7月に発売となった新型アクアからは、オーバーライドの考えかたをより現実に合わせ、システムが歩行者や自転車との衝突危険性を認識している間は、アクセルを全開にしても、ブレーキ制御を行うように変更されました(約10〜80km/hの速度域で作動します)。

 ですからこうしたシステムが普及すれば、今後は同様の事故は、高確率で抑止できると考えられます。

新型アクアのプリクラッシュセーフティシステムは、ドライバー・オーバーライドに対する考えかたがアップデートされ、より安全性が高まりました。
新型アクアのプリクラッシュセーフティシステムは、ドライバー・オーバーライドに対する考えかたがアップデートされ、より安全性が高まりました。

ドライバーモニタリングシステムを活用すれば、体調急変にも対応可能

 また、今回の事故は、ドライバーの体調急変(くも膜下出血)が原因とされていますが、これにはドライバーモニタリングシステムで対応が可能です。車内に設置されたカメラでドライバーの表情を常時撮影し、顔の向きやまぶたの動きなどからドライバーの覚醒状態を判別し、覚醒度が低下している(居眠りの兆候や長時間の脇見など)と判断された場合、衝突軽減ブレーキの作動を早めたり、必要に応じてブレーキを作動させ、クルマを停止させたりするシステムです(介入のしかたはメーカーによって異なり、停止まではさせないものもあります)。

 ただし、これは走行継続中のドライバーの様子を把握するものであり、停車中にはストレッチしたりオーディオを操作したりなど、顔の向きが安定しないことも少なくないため、今回の事故が防げたかどうかはわかりません。しかし、少なくとも前を向いていない状態でアクセルが深く踏まれるというのは明らかに異常ですから、ドライバーが前を向くまでは加速させない制御を追加することで、対応できる可能性はあると思います。

 こうしたシステムをすべてのクルマに標準装備化するのは困難だと思いますが、ドライバーの高齢化が進むタクシーには、行政の全額負担で対応するようにしても良いのではないでしょうか。

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年勤務。SUVや小型トラックのサスペンション設計、英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクト、電子制御式油空圧サスペンションなどを担当する。退職後に地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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