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豪雨で車が浸水してしまったら…「やるべき」ことと「やってはいけない」こと

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
2019年台風19号で水没した車。写真:ロイターアフロ

 全国各地で豪雨災害が多発している近年、ニュース映像などで、自動車が水没しているのを見たことのある人も多いのではないでしょうか。車はどのくらいの水深で車内に浸水するのか、もしも自分の愛車が水没してしまったら、どうすればよいのか。駐車しておいた車が浸水してしまうケースに絞って解説します。

■車が浸水(水没)するとはどういう状態のこと?

 車が水没したかどうかは、「室内フロア以上に浸水したもの、または、その痕跡により商品価値の下落が見込まれるもの」を基準に判断されます。これは(財)日本自動車査定協会によって決められたもので、クルマに水没歴があるかどうかは、中古車を売買する際の価格に大きな影響を与えるため、同会が基準を明確化しているのです。ちなみに査定額は、床上までの冠水で50%、シート上面の冠水で70%減額されます。

■車内に水が浸入する経路は?

 駐車中の車内に水が浸入する経路は、まずドアとボディの隙間です。一般にドアの開口部には、ゴム製のシール(ドアシール)が配置されていますが、これは雨滴の浸入防止を主な目的としているため、水圧がかかった場合の防水性までは考慮されていません(一部のオフロード車等を除きます)。ですから、ドアの敷居より水深が深くなると、ドアシールの隙間から車内に水が浸入するリスクが生じます。ドアの敷居が低いクルマで地表から30cmぐらいが目安です。

ドアシールは雨滴の浸入防止が目的なので、つなぎ目は低い位置に来るように配置します(つなぎ目を溶着している車もあります)。ここが水に浸かると、隙間から車内に水が流れ込んできます。(筆者撮影)
ドアシールは雨滴の浸入防止が目的なので、つなぎ目は低い位置に来るように配置します(つなぎ目を溶着している車もあります)。ここが水に浸かると、隙間から車内に水が流れ込んできます。(筆者撮影)

 さらに、リアバンパーの裏側にある通気ダクト(ドラフター)が水没すると、大量の水が車内に流れ込んできます。エアコンに「外気導入」モードがあるのはご存じだと思いますが、空気は入り口だけあっても、出口がなければ入れ替わりません。そこで、通気のためのドラフターが付けられているのですが、乗用車なら大抵、リアバンパーの高さに開口部があります。数値でいうと地表から40〜60cmの高さで、洪水の深さがこれくらいになると、ドラフターを通じて車内に大量の水が入り込む恐れがあります。ですから、タイヤ全体が水没していたり、その痕跡があったりした場合、床に水が溜まるレベルの車内への重篤な浸水を覚悟してください。

 もうひとつ、水が入ると厄介なのがマフラーです。エンジンがかかっている間は排気圧があるため、出口が水没した程度なら水が浸入することはありませんが、駐車中でエンジンが止まっていると、マフラー内に水が入ってしまい、浸水の程度によってはエンジンがかからなくなってしまいます。

 マフラー出口部分の高さは、乗用車なら地表から30cm程度です。マフラー内部は迷路のような構造になっていますから、奥まで水が入ってしまった場合、水を抜く際には取り外す必要が生じるかもしれません。

■車が浸水したタイミングで、まずは何をするべきか

 車外から見てドアの下端が水に浸かっていたら、水が引くのを祈るくらいしか、できることはありません。その頃には、道路も歩道も路肩も側溝も区別が付かなくなっているはずですから、車を動かすのは非常に危険です。車を運転して移動できるのは、ホイール下端ぐらいの水深までと考えてください(ただし、たとえ浅くても冠水路走行は推奨しません)。

■クルマが浸水したら、最初にやるべきことは何か

 クルマが浸水してしまったら、最初にやるべきなのは「写真を撮ること」です。水害で車が被害に遭った場合には、自動車関連税の減免や納付の猶予、災害援護資金の支給などを受けられることがあるからです。これらの申請には、自治体の発行する被災または罹災証明書が必要となりますが、被災状況を確認できる写真があるとスムーズに進みます。ですから「ここまで水に浸かった」とわかる写真を撮っておきましょう。車内の浸水痕も忘れずに。

■車が浸水した際、やってはいけないことは何か

 フロアカーペットが多少、濡れている程度で、マフラー内への浸水も軽度であれば、エンジンをかけて移動させられる可能性はあります。しかし、床に水が溜まるほど浸水している場合、車内にあるコンピュータやヒューズボックスにも水が入ってしまっている恐れがあります。通電するとショートするリスクがありますから、スタートボタンを押したり、イグニッション(点火)キーをオンにしたりするのは控えたほうが良いでしょう。

 また、ヘッドライトが隠れるほど浸水した痕跡がある場合、エンジン内にも水が浸入している恐れがあります。この状態でエンジンをかけようとすると、水が圧縮できずにエンジンの内部部品を壊してしまい、分解修理が必要になります。

 水没車を移動させる必要がある場合、エンジンはかけずにシフトレバーを「N」に入れて、手で押して動かしましょう。その場合、ブレーキの倍力装置やパワーステアリングは働きませんから、傾斜地を動かす場合、パーキングブレーキを上手く使ってください。ただし、電子式シフトや電動パーキングブレーキの場合、システムを起動しないと操作できません。起動しても良いかどうかは、ディーラーか整備士の判断を仰ぎましょう。

 手で押して動かせそうにない場合、自動車保険付帯のロードサービスやJAF、ディーラーや整備工場に連絡して、レッカーで動かしてもらうしかないでしょう。スマホで検索して出てくる業者は、高額請求することがあるので注意が必要です。

車内に浸水してしまうと、後始末は非常に厄介。まず浸水させないことを考えましょう。
車内に浸水してしまうと、後始末は非常に厄介。まず浸水させないことを考えましょう。

■車が浸水した後、どうすれば良いか

 床に水が溜まる程度まで浸水してしまうと、ユーザーにできることはほとんどありません。水をくみ出して乾かしたとしても、侵入した水は清潔ではありませんから、泥臭さや生臭さが残ってしまいます。高圧洗浄機などで洗ってから乾かす方法もありますが、多くの場合、フロアカーペットや吸音材など、繊維でできた部品が毛細管現象で泥水を吸い上げています。ですから、完全に洗い流すのは困難ですし、乾かすにも相当の時間がかかります。生乾きの状態が長く続けば、かび臭さが残ったり、錆が発生したりします。ですからなるべく早く、ディーラーや整備工場に連絡をして、引き取りと修理見積もりを依頼してください。修理して乗るか廃車にするかは、修理見積もりや保険による補償金額を参考に判断してください。

 ただし、水害の多くは広範囲に発生しますから、被災車両が多くて対応してもらえるのが順番待ちになったり、ディーラーや修理工場も被災していて、対応不能となったりする可能性もあります。被災していない同系列のディーラーに連絡をしてみるのもひとつの方法です。

■浸水させないことが何より大事

 以上、見てきたように、車が浸水してしまうと、後始末は非常に厄介です。ですから、何より大事なのはそもそも浸水させないこと。大雨が予想される場合、気象情報に注意を払い、防災気象情報が「警戒レベル3」以上になりそうなら、あらかじめ車を高い場所に移動させましょう。

 近年は自治体と民間が協力して、緊急時には商業施設の屋上や高層式の駐車場を避難場所として提供する協定を結んでいるところもあります。自宅や駐車場がハザードマップ上の浸水想定区域にあるならば、避難場所として使用できる施設を確認しておき、道路の冠水が始まる前に、車を移動させることをお勧めします。

 結果として避難するほどではなかったとしても、それは「空振り」と考えず、本番に備えた練習(素振り)と考えれば良いでしょう。

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年間勤務した後、地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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