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JR北は赤字なので「値上げしても文句は言えない」という意見に対する2つの疑問 道路も空港も赤字の事実

鉄道乗蔵鉄道ライター
(写真AC)

 JR北海道の3月のダイヤ改正以降、北海道内の特急列車では指定席が拡大され、窓口の往復割引切符が廃止された。割引切符はえきねっとでの販売に移行されたが、予約手続きの煩雑さなどから浸透しているとは言いがたく、道民には区間によっては正規運賃利用で事実上の倍額への値上げと映ってしまっているようだ。

 こうしたことから、ダイヤ改正以降、特急列車の空席が目立つようになり、高速バスの混雑が増しているという投稿がSNS上を賑わせるようになった。さらに、南千歳―苫小牧間では、これまで札幌―苫小牧間を特急利用していたと思われる乗客が普通列車に殺到し、日中にこの区間を走る2両編成の737系電車も混雑を増しているという。

 このような状況に対して、「JR北海道は赤字会社なので、道民は正当な対価を払って黒字化に貢献すべきで、値上げしても文句は言えない」という意見が寄せられた。しかし、この意見には、2つの疑問がある。

 1点目は、JR北海道はそもそも黒字経営を前提として発足した会社ではないこと。そして、2点目は、「値付け」と「販売方法」を間違うと利用者は、そのサービスは不便で使えないという認識を持ち、あっけなくほかの手段に流れてしまうということだ。

JR北海道は黒字経営を前提として発足した会社ではない

 国鉄分割民営化によって誕生したJR北海道は、国鉄から引き継いだ全路線を維持できるように制度設計された会社であった。北海道の鉄道路線の赤字額は国鉄末期には2,800億円に達してしたが、1980年代に行なわれたローカル線の整理により赤字額を大幅に圧縮。北海道内の国鉄路線を引き継ぐJR北海道について、当時の運輸省は年間の赤字額500億円弱を適正額と判断し、当時の長期金利7.3%から逆算した6,822億円を経営安定基金として設けた。JR北海道はこの経営安定基金から生み出される運用益約498億円で赤字を穴埋めされるものとされた。

 しかし、バブル経済が崩壊した1990年代半ば以降、国の低金利政策によってJR北海道の経営安定基金運用益は急激に減少。1996年の運輸白書では、こうした運用益の減少によりJR北海道の経営が悪化することが指摘されていたが、こうした状況に対して課題解決のための適切なアクションを起こすことなく放置した結果、そのツケが2011年の石勝線列車脱線火災事故以降さまざまな形で噴出することになったのは周知のとおりだ。

 現在は、JR北海道の経営安定基金の運用益の減収分については、改めて2,970億円を鉄道・運輸機構に年利率5%で貸し付けることにより、受取利息111億円を計上できるようになったほか、2024年度から3年間で国土交通省から1,092億円の財政支援が行われることなどによってどうにか経営を維持している状況である。

 なお、2022年度の決算ではJR北海道の鉄道事業の赤字額は約666億円で、このうち赤字額がもっとも大きいのは北海道新幹線の128億円、次いで札幌近郊路線の71億円となっている。鉄道事業の黒字化は難しいとしても、赤字額の圧縮については利用者に寄り添った経営努力を行うことが筋であるが、その経営努力の方向が利用者の求めるものと乖離していた場合には、あっけなく客離れを引き起こしてしまうことは世の常だ。そして、そうなってしまっては本末転倒だ。 

 もし、今まで利用していたサービスが急に不便になってしまったとすると、そのサービスの利用者は「文句を言いながら不便なサービスを使い続ける」ということは一般的に考えにくく、たいていの場合はもっと便利なサービスへと流れてしまうことが自然の摂理だ。

鉄道の黒字経営が成り立つのは日本だけのガラパゴス

 そもそも、鉄道の黒字経営が成り立つのは日本だけの「ガラパゴス」な状況だ。日本では東京や大阪など諸外国の都市と比較して以上に人口密度の高い大都市圏に黒字の鉄道が存在するために「鉄道は赤字ではダメだ」という認識が広がっている。世界の常識では、「交通インフラは税金で整備し維持する」ことが前提で、旅客鉄道に関しては、線路を税金で整備し、そこに民間企業が列車を運行させる「上下分離」が一般的だ。

 バス会社にしろ航空会社にしろ、道路や空港の維持費までを求めたらたちまちバス会社も航空会社も経営が立ち行かなくなるだろう。

 有料道路以外の北海道内の国道、道道、市町村道の維持管理費は、年間で2,000億円程度であるが、これらは全て税金で維持されている。道路の総延長は約9万キロでこれは鉄道の39倍の距離に匹敵する。道路1メートルあたりの維持費は約0.2万円と鉄道の5分の1程度であるが、道路のほうが総額として赤字が大きいということもできる。

 さらに、北海道内の空港も全て赤字である。道内7空港を運営する北海道エアポートは、2019年の設立以降黒字になったことは一度もなく、2022年度決算までの赤字額の合計は約788億円にも及ぶ。一般の利用者の頭の中には道路や空港も赤字であるという認識がないことから「これらの赤字額をバス運賃や航空運賃に転嫁するべきでる」という話には決してならない。

 しかし、日本の鉄道のみが、原則として鉄道会社が鉄道施設の管理と列車の運行の双方を行わなければならない制度となっている点は、ほかのインフラとはまったく事情がことなっている。こうしたことから、北海道の鉄道維持に関する経費と、列車運行に関する経費を切り分けることを前提に、民間の列車運行会社が利用者にとって利用しやすい「値付け」と「販売方法」によってチケットを販売し、その売上の中から一定額を線路使用料として鉄道維持に関する経費を負担。それでも不足する鉄道維持に関する経費を税金による負担とすることが本来の理にかなった方法である。列車運行会社については、JR北海道よりもマーケティング能力に優れた会社があれば、そうした会社の鉄道運行事業の新規参入を認めることも一つの方策である。

(了)

鉄道ライター

鉄道に乗りすぎて頭の中が時刻表になりました。日本の鉄道全路線の乗りつぶしに挑戦中です。学生時代はお金がなかったので青春18きっぷで日本列島縦断修行をしてましたが、社会人になってからは新幹線で日本列島縦断修行ができるようになりました。

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