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マンチェスター・シティはチェルシーを破って欧州初制覇なるか。グアルディオラの右腕リージョが語る指導論

小宮良之スポーツライター・小説家
グアルディオラとプレミアリーグ優勝を祝うリージョ(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ヨーロッパでは、プロサッカー選手歴がない優秀な監督は珍しくはない。

 ジョゼ・モウリーニョ、ラファ・ベニテス、トーマス・トゥヘル、アンドレ・ビラスボアス、ホセ・ボルダラスなど多数。最近ではバイエルン・ミュンヘンの監督に就任することになった33歳のユリアン・ナーゲルスマンの台頭が著しい。もっとも、今に始まった現象ではないだろう。アリゴ・サッキやベニート・フローロがACミランやレアル・マドリードのようなビッグクラブを率いるケースもあった。日本代表を率いたアルベルト・ザッケローニも、十代で選手生活には見切りをつけた指導者である。

 プロサッカー選手歴がない監督を見つめることで、サッカー監督の本質が見えてくるかもしれない。

元神戸監督でシティの参謀、リージョの言葉

 元ヴィッセル神戸の監督で、現在はプレミア王者マンチェスター・シティの”参謀”を務めるファン・マヌエル・リージョは、17歳の時には生まれ故郷のユースチームを率いていた。監督として生きてきた年数は、他を圧倒している。スパイクを脱いだのは、プロになる才覚がなかったからだが、サッカーに対する研究熱心さは人並外れたものがあった。十代のころから、選手にトレーニングで確信を持たせ、戦い方を伝える熱があったという。

 リージョの指導を受けた選手たちは、自然と心酔した。年上のベテラン選手もいたわけで、それは簡単なことではない。そして29歳の時には、史上最年少でリーガエスパニョーラ1部の監督になった。

「監督として幸せ、というのはあまり感じないよ」

 リージョはそう明かしていた。

「なぜなら自分はずっと選手になりたかったし、その思いは残っているからね。サラマンカで(史上最年少監督として1部に)昇格した時でさえも、プレーしていた幸せの方があった。今も選手に対するリスペクトは消えていない。彼らには嫉妬もあるんだ。もっとできる、もっとやれる、それを伝えて、鍛える。監督の仕事はそれだけだ」

 その言葉に、アマチュア選手歴しかない監督が成功するカギがある。現場での仕事に対し、極めて謙虚で真摯なのだ。

「(指導者は)なぜそれをするのか、ということを、とことん選手に説明し、納得してもらわないといけない。たとえば、リトリートひとつをとっても、下がるのが遅すぎても、早く下がりすぎても効果は出ないんだよ。ポゼッションにしても、日本では"常に選手同士が近づいて"というのが基本になっているが、そんな定義はない。プレーの意味を、ひとつひとつ考え、決定することが大事だ」

 リージョは理論派と言われるが、その根底にはコミュニケーションがある。

1部リーグで史上最年少監督

 筆者がリージョと出会ったのは、スペインのサラマンカ。23年前のことになる。当時、彼は今と変わらない論理をかざしていた。「フットボールの定理」のようなものが、そこにはあった。

 それは少なくとも「勝ち負け」ではない。

「試合の内容と結果は、必ずしもイコールで結びつかない」

 むしろ、それがリージョの論理である。

 たとえ2-0と勝っている試合でも、ハーフタイムに選手を叱りつけたこともあった。スコアに気を緩めていたからだ。一方で、0-2で負けていても、ハーフタイムでいいプレーを褒め、修正だけを施し、3-2で勝った試合もある。選手たちは指を3本立て、リージョに駆け寄ったという。

 監督は一貫した姿勢で、常に観察し、チーム全体の緊張感を高める仕事がある。それを一言で言うなら、「率いる」になるだろう。

「選手はそれぞれ違う。人によっては目覚めが遅い場合もある。キャラクターやポジションによっても、ね。だから、私は選手を挑発する。とくに後ろの選手はおとなしくしていてはいけない」

 リージョは選手との挨拶で、わざと肩をぶつけたり、足を踏んづける。コミュニケーションのひとつである。挑発し、覚醒を促すのだ。そこには、選手に対するとびっきりの敬意と愛情が見える。

 ヴィッセルでもそうだったが、リージョはその人間性で現場の選手、スタッフに愛されていた。

「彼のおかげでサッカーがうまくなった!」

 反逆児のように扱われていた選手も、メンバーを外された選手も、その信頼は揺るがなかった。これは神戸での仕事に限ったことではない。スペイン、メキシコ、中国など、たとえ結果が出なくても、現場から不満が出ない。

 リージョへの監督のオファーが途切れなかったのは、監督に一番必要な求心力のおかげだろう。

愛される人間性

 日本ではプロ選手歴のない指導者たちが海外でライセンスを取得し、日本サッカーに挑戦しようとしているが、今のところうまくいっていない。海外でどれだけ見聞を広めても、選手に認められない監督は道を拓くことは難しいだろう。よしんば、理論を振りかざして「サッカーオタク」と呼ばれる人たちのバックアップを得たとしても、指揮官としては通用しない。むしろ、現場にいる人たちには煙たがられる。理論ばかりが先走るからだ。

 現場は生っぽい世界で、舌先三寸は嫌われる。現場を生き抜く熱さがないと受け入れられない。

 リージョは哲学者のように理論を確立していたが、それ以上に人間味があった。指導現場では、コミュニケーションを大事にしていた。積極的に選手には声を掛け、その反応を見極め、心理状態を探った。

「あの人は自分のことをわかってくれている」

 リージョは信頼関係を確立することができた。

 逆説すれば、日本人でも論理を実践できる熱さのある指導者は、プロサッカー選手歴がなくとも道を切り開けるはずだが…。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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