「いきなり!ステーキ」社長による3度目の張り紙がダメな3つの理由
「いきなり!ステーキ」の張り紙
大手外食チェーンの中でも、連日ニュースで賑わしているところといえば全国に450店舗ほどを展開する「いきなり!ステーキ」。
同店を運営しているペッパーフードサービス創業社長である一瀬邦夫氏は、強いリーダーシップと個性的な哲学をもっており、よくメディアにも露出しています。店頭には等身大くらいの大きな写真が掲載されているので、一瀬氏を見たことがある人は多いのではないでしょうか。
その「いきなり!ステーキ」が経営不振のため、2019年12月に社長直筆の張り紙が全店舗に掲出され、話題となったのは記憶に新しいところです。張り紙に書かれた「社長からのお願い」には、店舗側からの一方的な事情だけが述べられていたことから、あまり消費者の共感が得られず、メッセージの効果性に疑問がもたれました。
そこからあまり時を経ない2020年1月と2月にも、再び張り紙が掲載されています。
1月の張り紙では、ワイルドステーキのかたさを謝罪しつつも、「悪い口こみが店を台無しにします」と消費者を牽制した表現となっていたことから、一部反発がありました。
最新となる2月の張り紙では、原価率の高さや他店舗よりも優れていることを主張していますが、オリジナル性の喧伝や「未開の地」という言葉にツッコミがあり、消費者に受け入れられたようには感じられません。
2月に掲載された張り紙
2月の張り紙に書かれた内容は以下の通り。
一瀬(社長)より皆様へ
いきなりステーキはお得です
- いきなりステーキは高級牛肉量り売りが原点です
- ステーキを低価格、薄利多売、安くて美味しいを実現しました
- 行列ができる新業態として全国へステーキを気軽にの食文化発信
- 同業店様が当店の売り方の創造を大いに参考にしていただき光栄です
- 新興のステーキ店が続々と開店した事でステーキが益々気軽に食べられます
- 当店では圧倒的に原価をかけてます
- 薄利多売によりお客様が大勢来店される事で成り立つようになってます
- 当店原価率は50%以上、他店では30%~40%であろうと推察します
- 当店で厚切りステーキ文化の定着に貢献できた理由は高原価を覚悟したからであろうと思っています
- ウルグアイステーキフェアー 200g 1200円です
- 全国をエリア別に、多種多様なフェアー企画をローテーションで実施。新鮮なアピールを積極的に進めます
- いきなりステーキの復活を果し、未開の地への展開を熱望してます 健康増進 老若男女の皆様にも愛される店にします
最初と2番目の張り紙の内容に関しては、単に一瀬氏の主張を掲載したというだけで、あまり思うところはありませんでした。
しかし、3番目の張り紙の内容に関しては、外食業界やレストランに関する誤解が広まるおそれがあるので、いくつか補足しておかなければならないことがあります。
私が懸念しているのは以下についてです。
- 高い原価率の理由
- 犠牲になっている空間とスタッフのコスト
- 客には関係のない利益の上げ方
それぞれについて説明していきましょう。
高い原価率の理由
件の張り紙では、原価率が50%であることが強調されており、他の競合店では30%~40%なので「いきなり!ステーキ」の方が原価率が高くて素晴らしいようなことが主張されています。
一般的に飲食店の原価率、つまり、食材費は30%~40%となっているので、50%であれば非常に高いことは確かでしょう。
原価率が高いということは、食材にお金をかけていることです。私は原価率の高さは、それなりに飲食店のこだわりを測るバロメーターであると考えています。
料理は食材が全てではなく、メニューの想像力や調理技術力、オペレーションの熟練度も重要です。しかし実際のところ、質の低い食材が素晴らしい食材に勝つことは非常に難しいです。
したがって、こだわりの高級食材を用いて料理を提供することは意義があると思います。
ただ、原価率だけにこだわって主張しても、なぜ原価率が高いのか、つまり、なぜ値段が高い食材を使わなければならないのかを伝えられなければ意味がありません。原価率は数字なので認識しやすいですが、問題はその原価率となった食材を用いた理由です。
たとえば、できるだけ軽い味付けにして素材を楽しんでもらいたいので旨味が豊富なこの牛肉でなければならない、自慢のオリジナルガーリックソースに負けないようにするため脂の多いこの牛のロース肉でなければならないなど、何かしらの理由が必要であると思うのです。
それを伝えないで、他店よりも原価率が高いので優れていると主張することは非常に安直であり、食材を調理して料理することの意味を放棄しているように感じられます。
犠牲になっている空間とスタッフのコスト
原価はあくまでも食材に関するコストですが、飲食店の経営において、食材と並んで大きなコストは人件費です。
原価率はあくまでも全体の売上に対する割合なので、原価率が高くなると、当然のことながら、他の割合が低くなります。飲食店は、店に訪れて食事するという体験を提供しているだけに、その空間やサービスも非常に重要であることはいうまでもありません。
食材費が50%と通常よりも高くなっていることは、反対にいえば、空間やサービスにかけるコストの割合が少ないということになります。
確かに、「いきなり!ステーキ」はファストフードという位置づけなので、空間とサービスはファインダイニングに比べれば重要ではないでしょう。
しかし、やはり日本人にとってステーキは日常的に食べるものではなく、ある程度の高揚感を伴う高級料理であることは否めません。
そうであれば、立ち食いや窮屈なテーブル間隔で空間を犠牲にして賃料を抑えたり、アルバイトを中心にして人件費を削減したりすることは、逆にマイナスになってしまうでしょう。
「ステーキとワインを楽しめるスタイルのお店」というコンセプトを掲げており、ワインにも力を入れているのであれば、ソムリエがいなければ説得力を失ってしまいます。しかし、専門職であるソムリエは、アルバイトで簡単に集められる人材ではなく、給料も高いです。
日本ではただでさえ、飲食店における空間のコストやサービスを行うスタッフの人件費が必要であると理解されていません。そのため、飲食業界に従事する人々の地位や収入が低くなっているのが問題となっています。
したがって、空間やスタッフなどのコストを犠牲にしているにもかかわらず、原価率の高さだけを誇ることに危惧を感じているのです。
客には関係のない利益の上げ方
主張の中には、薄利多売によって成り立っているので、たくさんの客に来てもらわなければならないということも記載されています。原価を含めたコストが高くて薄利なので、多売によってしか、存続していけないというのは、確かにその通りです。
ただ、飲食店はもともと営業利益率10%以下であり、どこも薄利多売。しかも、低価格をウリとするようなチェーン店の場合であれば、営業利益率が10%を超える上場企業は数えるほどしかありません。
したがって、コストが高いことは理解できますが、「いきなり!ステーキ」だけが薄利多売を行っているわけではないので、あまり説得力がないように思います。
客は外食する際に、薄利多売をしているから訪れているわけではなく、原価率が高いから訪れているわけでもなく、営業利益率が低いから訪れているわけでもありません。
ただ単に、支払ってよいと思える金額で食べ飲みしたいものがあるから、飲食店に訪れているだけです。
ファインダイニングは、ワインをたくさん飲んでもらえると儲かりますが、だからといって、ソムリエから「ワインを飲んでもらうことで成り立っているので、たくさん飲んでください」といわれたら、おいしくお酒を飲むことなどできないでしょう。
その飲食店がどのようにして儲けているのかは、客に関係ありません。なぜならば、ビジネスモデルを開発したり選んだりするのは、飲食店の側であり、客には一切関与しえないことだからです。
飲食店の業態に合わせた戦略を立てることは必要ですが、それを、客の側に立った食体験に落とし込むことができないのは、提供側の怠惰であると感じてしまいます。
外食産業の発展と地位向上
一瀬氏は料理人出身の創業社長なので、自社が展開する店舗に対する愛情が深く、その強烈な発言がよくメディアに紹介されます。
個店のファインダイニングでも、独特のこだわりや自己主張を有するオーナーシェフは少なくないので、一瀬氏だけが特別変わっているわけではありません。
ただ、「いきなり!ステーキ」はもう個店ではなく、大きな影響力を与える立派な上場企業です。
一瀬氏は耳目を集める存在であるだけに、自分たちだけが優れていることを盲目的にアピールするのではなく、どのようにして客が素晴らしい食体験を得られるかについても考えて言及し、その結果、外食産業の発展と地位向上を進めてもらえると、なおよいのではないかと思います。