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飲食店の経営者による「客より立場が上だから礼をいわない」が波紋! 主張を検証する3つの考察

東龍グルメジャーナリスト
(提供:イメージマート)

礼をいわない

ある飲食店の投稿が、Threadsで話題になりました。

客に「ありがとうございます」など礼をいわないとし、その理由は「金をもらっているがその金額以上の価値のサービス、商品を提供しているので客より立場は上」だからであり、むしろ「感謝されるのはこちら側」といいます。ただし、「従業員には言わせてる」とも補足していました。

この投稿への返信では、この考え方や公の場に投稿したことへの批判が、ほとんどを占めています。

プロフィールには「飲食店業界代表」「都内で飲食店経営」「心優しくマジメな人間です」などと記載されていました。

件の投稿について、3つの観点から考察していきます。

上下関係

客に礼をいわない理由は「客より立場が上」であるからと述べています。立場が上である証左として、金額以上の商品=飲食物、および、サービスを提供しているからと言及されていました。

食味に関しては個人による嗜好の差が激しいです。サービスの評価は食味よりも偏差が小さいですが、「客よりも立場が上」と公言する経営者が舵取りする飲食店で、どれだけのサービスが体験できるのか、期待するのは難しいかもしれません。つまり、常に金額以上の飲食物やサービスを提供しているとは必ずしもいえないということです。

また、金額以上の飲食物とサービスを提供することが、すなわち、「客より立場が上」であることを示すものでもありません。客はお金を支払う代わりに、飲食物やサービスなどを提供してもらっており、その価値が金額を上回れば再訪したり、よい口コミをしたりし、そうでなければ、再訪しなかったり、悪い口コミを広めたりするだけです。予約を優先的に取れるようにしたり、出禁にしたり、サービスに差を付けたりと、飲食店が客を評価することもあります。

それぞれの立場から価値を判断すればよいですが「価値が高い」ことが「立場が上である」ことを意味するわけでもありません。

スタッフが提供する価値

自らは客に礼をいわないものの、スタッフには礼をいわせると述べています。

飲食店という組織の中で、オーナーや経営者がスタッフよりも上であることは確かです。しかし、実際に飲食物やサービスを提供しているのは、他ならぬスタッフです。「金額以上の価値を提供していれば礼をいわなくてもよい」と主張するのであれば、スタッフにだけ礼を述べさせるのは矛盾しています。スタッフが提供する価値を軽視しており、スタッフのモチベーション低下や職場環境の悪化にもつながります。

飲食業界は、ただでさえ慢性的な人手不足に悩まされています。しっかりとよいスタッフを確保・育成している飲食店では、福利厚生をよくしたり、コミニュケーションを密にとったりして、従業員満足度を高めているものです。

飲食店は、キッチンからサービスまで一糸乱れぬ統率が大切で、チーム力が極めて重要です。ワンオペや夫婦で切り盛りしているような最小サイズの飲食店であればまだしも、スタッフを抱える規模の飲食店であれば、経営者だけで運営できないことは明白。

こういったことを鑑みると、スタッフを見下すような発言から、飲食店の経営者として疑問を抱かれても仕方ありません。

お金をもらっている

客は神様ではありません。お金さえ支払えば、何でもワガママが通せるわけではないということを意味しています。

ただ、だからといって、飲食店が客を蔑ろにしていいわけではありません。客が支払うお金によって、生計が成り立っているのは、紛れのない事実です。自身の糧となる存在に感謝しないのは、極言すれば、傲慢な考え方であるように思います。

飲食店でされて嬉しいサービスベスト5とは?再来店へ繋げる方法を紹介/トレタ

「感謝の言葉」は、店内の雰囲気を改善するだけでなく、スタッフのモチベーションや客の満足度を向上させます。大手飲食店予約サービスのトレタが行った調査では、「飲食店でされて嬉しかったことベスト5」として3位に<「いつもありがとうございます」と言ってくれた>(70.8%)が挙げられています。

客への感謝の言葉は顧客満足度を高める効果があることを示しており、飲食店と客の双方にメリットをもたらすのです。

客に喜んでもらう

飲食店と客の関係性において、根源的に大切なことがあります。

客は飲食店をリスペクトすることが重要です。そうでなければ、提供された飲食物やサービスの裏側にある苦労や工夫に想像を巡らせることができず、価値が矮小化され、その結果、自身の食体験が毀損されてしまいます。

飲食店は客を楽しませようとすることが大切。そうでなければ、拘束時間が長く、利益率も低い飲食業界の中で、よりよいものをつくろうとしたり、よりよいサービスを提供しようとしたりするモチベーションを保つことが難しいからです。

「自分が相手より立場が上だ」と錯覚することは、相手に対する理解や思慮を妨げ、不幸を招く結果となります。料理人やサービススタッフを見下している客が、最高の食体験を得られないのと同じように、自身の店を選んでくれた客にすら感謝できない飲食店は存続することが難しいのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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