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統計的なデータでは、「デフレ」と「不況」は関係ない ~ 今のインフレは不況をもたらす可能性が高い

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

「デフレ=不況」が常識になってしまった理由

 2008年のリーマン・ショック後、FRB(アメリカの中央銀行)のバーナンキ議長(当時)に課された使命は、アメリカ経済がデフレを回避することでした。それは、彼の研究成果を着実に実行することでもありました。

 バーナンキ氏は大恐慌の研究ではもっとも著名な学者の1人ですが、アメリカの大恐慌の時期だけをみて、「デフレ=不況」という誤った結論を導きました。さらに困ったことに、権威あるバーナンキ氏の研究を検証しようとした経済学者はごく少数で、むしろバーナンキ氏に倣って間違った研究をさらに推し進めようとする学者が数多く出てきてしまったのです。

 じつはアメリカの大恐慌だけでなく、他の国々の不況とデフレの関連性を調べてみると、多くの経済学者の思い込みを打ち砕く驚くべき事実を知ることができます。デフレと不況とはまったく関係がないことを、ミネアポリス連邦準備銀行の2人のエコノミストたちが歴史的に検証していたからです。

 アンドリュー・アトキンソン氏とパトリック・J・キホー氏の2人が発表した論文「デフレと不況は実証的に関連するのか?」によれば、過去100年間を通じ、デフレと不況との強い関連性が世界的に広範に認められたのは、1929年に発生した「大恐慌」のときだけでした。

 大恐慌以外のその他の時代をきちんと検証すれば、デフレと不況の関連性はまったくありませんでした。デフレ期の90%近くは好況と重なっていることが確認できましたし、それよりも、インフレと不況の関連性のほうが高いという事実を認めざるをえなかったのです。

歴史を振り返ると、「インフレ=好況」という常識が覆される

 彼らの統計学的な研究に限らず、世界の経済史を紐解けば、インフレ期よりもデフレ期のほうがずっと長かったし、デフレ下で好景気を謳歌していた事例も数多くあります。

 その代表例は、18世紀後半から19世紀にかけてのイギリスの産業革命隆盛期や、19世紀後半の大デフレ期です。これらの時代には、当時の主要なエネルギーであった石炭の生産が飛躍的に伸びました。そのため石炭価格は暴落したものの、逆に1人当たりの実質GDPや実質賃金は大きく伸びたのです。しかも、こうしたデフレの時代に平均寿命が大きく伸びるなど、人びとの生活はそれまでより非常に豊かになりました。

 1870~1890年代にかけてのアメリカもデフレ下にありましたが、当時は活気に満ち溢れた時代でした。蓄音機や白熱電球、キネスコープなど新たな技術や発明が生まれ、工業の発展や資本の増大をもたらしました。現代のアメリカ経済の基礎を築いたのも、この時期だったのです。

 デフレが強まることで、景気回復を見事に達成した例もあります。第一次世界大戦後、1919~1921年のアメリカでは、戦争特需の反動で不況に陥り、デフレになりました。失業率が15%を超える都市が出現するほどの大不況だったのですが、1921年にウォレン・ハーディングが大統領に就くと、大規模な財政支出の削減を行ない、物価下落はさらに進んだのです。しかし、物価の下落と連動するように失業率は半減し、景気は急速に回復に向かいました。

 アメリカですら、こうしたデフレ期の歴史と経験を備えているにもかかわらず、デフレを悪いことのように決めつける学者は本当の歴史を知らないのでしょうか。知らないとすれば勉強不足ですし、知っていて隠しているのであれば、きわめて残念な行為です。

 いずれにしても、「デフレ=不況」という誤解が広く常識として普及しているのは、先に述べたバーナンキ氏の考え方が反映されているからです。彼はアメリカの大恐慌時だけをみて、「デフレ=不況」と短絡的に結論づけてしまいました。大恐慌時だけでなく、少なくとも他の国々の不況時とデフレの関連性を調べる必要があったといえるでしょう。

歴史的な事実では、デフレ時の89%が経済成長していた

 そこでもう少し詳しく、アトキンソン氏とキホー氏の論文「デフレと不況は実証的に関連するのか?」について解説してみたいと思います。2004年1月に発表されたその論文には、いくつかの図表が用いられています。

図A:筆者の著書『インフレどころか世界はこれからデフレで蘇る』(2014年出版)より引用
図A:筆者の著書『インフレどころか世界はこれからデフレで蘇る』(2014年出版)より引用

 まず、上の図Aは1929年から1934年までの世界大恐慌時における主要16カ国のインフレ率と経済成長率をプロットしたものです。この図では、世界大恐慌時に16カ国すべてでデフレを経験した一方で、そのうち8カ国が「デフレ」と「不況」を同時に経験し、残りの8カ国はデフレだけを経験したことを示しています。

 アトキンソン氏とキホー氏によれば、景気後退の観点から判断して、この図からは「デフレ」と「不況」に関連性があるかどうかはわからないといいます。世界大恐慌の研究者のなかには、少数派であるもののバーナンキ氏の研究結果に異を唱える者もいて、この関連性がどれくらい強いかという点で認識は決して一致していないからです。

 そこで、アトキンソン氏とキホー氏は大恐慌に関する議論を進めるなかで、世界経済の歴史を俯瞰することによって、デフレと不況の関係性の有無を見出せるのではないかと考えました。下の図Bは、世界大恐慌時を除いた1820~2000年の非常に長い期間において、主要17ヵ国の各5年間平均の経済成長率とインフレ率を示したものです。

 そのなかでわかるのは、デフレの事例は73例もあったなかで、「デフレ」で「不況」の両方を経験したのはわずか8例しかなかったということです。また、不況の事例は29例あったなかで、そのうちデフレになったのは8例だけでした。デフレの事例の89%が不況どころか経済成長していたことを発見した彼らは、「大恐慌だけに限定せずに歴史的な文脈でみると、デフレと不況に関連性があるという観念は消えてしまう」と分析しています。

図B:筆者の著書『インフレどころか世界はこれからデフレで蘇る』(2014年出版)より引用
図B:筆者の著書『インフレどころか世界はこれからデフレで蘇る』(2014年出版)より引用

「デフレ=不況」という常識は、データの加工・歪曲によって生まれた

 論文の最後で、彼らは次のような言葉でその論文を締めくくっています。

「われわれの提示したデータをみると、デフレと不況のあいだには強い関連性がないことがわかる。歴史を振り返ってみても、不況があるデフレの期間よりも成長があるデフレの期間のほうが多く、デフレがある不況よりもインフレがある不況のほうが多いことがわかる。総じて、デフレと不況とのあいだに関連がないことをデータは示している。

 この研究では、デフレと経済成長の未加工データから読み取れる関係性の特徴を示している。未加工のデータとは、金融制度の様式やデフレ予想の程度など、何も手を加えていない生のデータだ。おそらく、デフレと不況の関連性は過度の動機づけをもとに加工されているデータによって歪曲されているのだろう。

 この論文で明らかにしたのは、そのようなデータの加工をなくさなければ、データは明らかな関係を示さないということだ。デフレと不況の関連性が強いと主張する人びとにとって、こうしてハードルは上がっている」

 2004年1月に発表されたこの貴重な論文は、しかしその後、経済学のメインフィールドで日の目をみることはありませんでした。

 デフレと不況のあいだには関連性がなく、インフレと不況の関係性のほうが強いとするこの論文が注目されなかったのは、インフレ推進派の経済学者、インフレ政策を進めたい政府やFRB、それによって恩恵を受けるウォール街の金融機関を中心とした大企業や富裕層、大企業から莫大な献金をもらっている政治家などがスクラムを組んだからではないでしょうか。アメリカの既得権益層にとっては、この2人の論文は「不都合な真実」にほかならないからです。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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