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なぜ日本の若い世代は「アイコス」を受け入れたのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 アイコス(IQOS)のような加熱式タバコの使用者が、次第に世界中へ拡がっている。アイコスの場合、米国ではまだFDA(食品医薬品局)の販売認可が下りていないが、英国を含むヨーロッパ各国など先進諸国でも加熱式タバコに関する議論が起き始めている。今回、アイコスの使用状況に関する新たな市場分析の研究が出たので紹介したい。

ブルームバーグ主導の調査か

 この研究(※1)は、フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が世界38カ国(2018年5月22日現在)で発売しているアイコスに関する、スイスと日本の市場調査を元にしたユーザーの嗜好行動分析だ。

 米国の非営利のタバコ規制組織であるトゥルース・イニシアティブ(Truth Initiative)と英国の市場聴者調査会社、フラミンゴ・リサーチ(Flamingo Research)が、米国のジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院(JHSPH)やジョージ・ワシントン大学の公衆衛生大学院(SPH)などの研究者と共同で行った。タバコ会社によるものではない、初めてのアイコスの市場調査ということだ。

 調査結果の分析をしたフラミンゴ・リサーチは、米国の情報サービス会社ブルームバーグ傘下で、研究者にもブルームバーグ系が入っている。これは筆者の想像だが、アフリカなど発展途上国でのタバコ規制活動へ積極的に資金を提供しているブルームバーグ財団が背景に垣間見える研究だ。

 米国では、FDAがアイコスの販売許可を出すかどうか注目されているが、そうした状況も踏まえたものだろう。もっとも研究者は、この論文で利益相反のないことを宣言している。

 ベースとなる市場データの収集前に、研究者は英国のタバコ問題や若者文化、マーケティングなどの専門家から意見を聞いたという。こうした専門家は学術的・文化的な領域から選ばれ、彼らにはアイコスがどのように市場や若い世代の文化へ浸透するのか仮説を立ててもらい、特に米国や英国ではニコチン添加式の電子タバコが若い世代へ広まっているので、アイコスなどの加熱式タバコと電子タバコとの違いなども分析してもらった。

 さらに、アイコスのマーケティングに関し、グローバルな広い市場とそれぞれの国や地域の文化的背景の違いなどに対する考察を求め、若い世代は「今の時代にタバコのどんなところに魅力を感じているのか」「喫煙習慣は将来的にどのようになるのか、それは若い世代とどんな関係があるのか」などの質問を行った。

 これらの専門家に対するインタビューの音声データは、記号化されてフラミンゴ・リサーチの異文化分析を研究するスタッフによって分析された。さらに、分析結果を若い世代が利用するネット・メディアなどの他の調査結果と比較し、信頼性を高めたという。

 その結果、若い世代にとってテクノロジーが最も重要なキーワードであることがわかった。テクノロジーは、若い世代の表現や個人の自由や感情的な欲求を表しているのと同時に、テクノロジーは身体や人生に強い影響を与え、彼らが商品を消費するプロセスの動機にもなっているようだ。

 電子タバコとアイコスとの違いについての分析によれば、電子タバコは反逆・反抗、無秩序といったハッカブル(hackable、可塑性の高い未完成)なフリーダム状態を表すのに比べ、アイコスは電子タバコより秩序だったものを象徴するのではないかと考えられる。アイコスは、整理整頓とかオフィシャル(公式)、ハッカブルではない安定した状態との関連を意味するようだ。

 同時に研究者は、スイスのチューリッヒと日本の名古屋のアイコスショップでアイコスの販売戦略を調査したという。パッケージや製品、広告の手法、ブランディングなどを分析し、これらの結果は各市場におけるアイコスの位置づけや使用状況を文書化するために利用された。

アイコスに関する市場動向とは

 専門家へのインタビューとその分析、そしてアイコスの実際の市場における位置づけなどから、研究者は以下の4つのテーマを仮定したという。

・清潔感と洗練度(Cleanliness、清潔)

・多様性へのフィット(Customization、カスタマイズ)

・技術革新と有害性の低減(Next Generation Smoking、次世代タバコ)

・親和性と浸透度(Sociability、社交性)

 各単語を筆者のつたない語力で意訳してみたが、特に日本の喫煙市場に対して「ライトな国」と呼ばれるように、タバコ産業では以前からこれらの要素が重要な項目としてマーケッティング分析されてきた。

 ベースとなる市場調査は、2016年6月に行われた。場所はスイスと日本で、スイスのローザンヌとチューリッヒでは18〜19歳、20〜25歳、26〜44歳、日本の名古屋では20〜24歳、25〜29歳、30〜39歳のそれぞれグループに分けられ、SNS、電話帳、アイコスの販売状況などから選定された合計68人にインタビュー調査した。スイスのローザンヌとチューリッヒも日本の名古屋もそれぞれの国で最初にアイコスの販売が開始された都市だ。

 参加者の最低年齢はスイスと日本の喫煙可能開始年齢で、喫煙習慣、タバコに対する態度、インタビューへの参加意欲などによって選別された。それぞれの年齢グループは、さらにアイコスの使用状況や認知により、質問への回答によって以下の4タイプに分けられたという。

・アイコスへ紙巻きタバコから完全に切り替えた喫煙者

・アイコスと紙巻きタバコの両方を使用したり喫煙したりしている喫煙者

・アイコスを試したが紙巻きタバコへ戻った喫煙者

・アイコスを知ってはいるが試したことのない喫煙者

 質問内容は、紙巻きタバコの喫煙者に対して「タバコは誰とどんなときになぜ吸うか」「タバコを吸わないときはなぜか」やアイコス使用者に対しては「アイコスは何が違うのか」「アイコスを使い始めた印象は」「アイコスに切り替えた理由は」、また両方の使用者には「どんなときにアイコスを使うのか使わないのか、それはなぜか」、喫煙習慣では「アイコスと紙巻きタバコを比べてどう感じたか」などだった。

 参加者にはさらにアイコスの印象について「何か製品から受けたとしたらそれはどんな内容の情報か」「それはあなた(参加者)の心情にどんな影響を与えたか、またそれはなぜか」「アイコスに関するイベントに参加したことがあるか、それはどんな内容で、どんなことを感じたか」といった質問がなされた。

 スイスと日本で行われた調査結果は、参加者の感情や態度の分析を含むデータをパターン化し、各市場ごとに分けられた。そして、今回の研究とは無関係の第三者の研究者(英国と日本)へ渡され、4つのテーマごとに分析してもらったという。

 こうして得られた分析結果により、研究者は上記の4つのテーマに加えて以下の8つのテーマがあることに気付いた。

・医療的な純度(Clinical Purity)

・アイコス固有のシステム(A Closed System)

・新規性の高いデザイン(Premium Design)

・新鮮で未体験な感覚(Sensory Invitations)

・紙巻きタバコの吸い心地への郷愁(Nostalgia for Combustible Tobacco Smoking)

・ブランドから来る安心感(Stability)

・身近な技術革新(Familiar Technology)

・アイコスの普遍化(Normalization)

 例えば、医療的に純度を増すことによって、喫煙者はタバコ煙から解放され、従来の紙巻きタバコとの差別化を実感できるとする。もちろん、日本で売られているアイコスのパッケージには、健康への懸念事項が小さな文字ながら表記されているし、臨床的・科学的にアイコスに有害性がないことは立証されていない。

 また、紙巻きタバコの喫煙者をアイコスへ移行させるため、アイコスでは従来の紙巻きタバコに似た製品要素を広告やパッケージなどで強調していることもわかったという。アイコスを使用する方法や味などは従来の紙巻きタバコから逸脱しないように作られ、製品の陳列も紙巻きタバコの近くに位置するようにされている。

日本とスイスのアイコス・ユーザーの違い

 日本とスイス両国に共通するのは、従来の紙巻きタバコに比べ、喉のいがらっぽさがないことや煙や灰が出ないこと、洗練された製品とパッケージ、受動喫煙など周囲への親和性といった意見だ。臭いや味の不快さや値段の高さ、煩雑なメンテナンスなどのデメリットを挙げていた参加者もいた。

 日本のアイコス・ユーザーの場合、清潔感、かっこ良さといったマーケティング戦略に影響され、タバコを吸わない人のそば、子どもがいる場所や家庭内、吸い殻を捨てられない場所などでアイコスを利用するようだ。アイコスの場合、充電器が収納パックになっているが、そのデザインが強い影響力を発揮していることもわかった。

 アイコスは価格が高い(クーポン利用などで7000〜8000円、定価1万980円、新型)が、若い世代でもそれはあまり大きな障害になっていないようだ。価格の問題を指摘した非ユーザーもいたが、調査結果を分析するとアイコスはすでに一種のステータスにもなっているらしい。

 一方、スイスのアイコス・ユーザーの場合、まず充電時間とクリーニングの煩雑さを挙げたようだ。さらに、従来の紙巻きタバコを吸うことが依然として個人的な自己表現手段になっているスイスでは、日本のようなマーケティング戦略が通用しなかったと研究者は分析している。アイコスは反逆や反抗といった表現としてふさわしくなく、それは喫煙に対する社会的な寛容さや受容度にも影響されているようだ。

 興味深いのは、日本とスイスの若い世代のアイコスに対する受け止め方の違いだろう。日本のほうがアイコスに対して抵抗感が薄く、比較するとスイスはそうではなかった。社会がタバコと喫煙について、日本では寛容性が高く、スイスでは批判的なことが影響している。つまり、日本の社会では、タバコや喫煙が反抗・反逆を表す行動になっていないということになる。

 タバコ産業は電子タバコ対策を一段落させた後、新たなニコチン供給デバイスの研究開発に注力してくると考えられる。それぞれの国や地域の社会がタバコや喫煙に対してどんな態度をとっているかによってこうした新しい製品の浸透度が変わってくるだろう。

 アイコスの需給ではすでに市場が飽和状態という報道もあり、フィリップ・モリス・インターナショナルは中高年男性の紙巻きタバコ喫煙者を取り込む戦略へ移行しているといわれる。実際、2018年6月1日から小売価格を3000円下げるとアナウンスした。

 日本の若い世代の間でアイコスが受け入れられていることは、日本の喫煙習慣と社会の受容度の特異性を表す象徴的な現象なのかもしれない。タバコ規制をする行政当局や公衆衛生機関にとって、今回の研究は貴重な市場調査結果となるだろう。

※1:Elizabeth C Hair, et al., "Examining perceptions about IQOS heated tobacco product: consumer studies in Japan and Switzerland." Tobacco Control, doi:10.1136/tobaccocontrol-2018-054322, 2018

※「実際、2018年6月1日から小売価格を3000円下げるとアナウンスした。」のパラグラフを追加した:2018/05/22:17:39

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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