セクハラを受け、キャリアも低迷。そこからの復活でオスカー受賞の来日。だからこそ伝えたい「勇気」
アカデミー賞は「復活」を愛する。今年も、子役時代に世界的人気を得た後、忘れられた存在となっていたキー・ホイ・クァンが見事に助演男優賞を受賞したが、この人、ブレンダン・フレイザーの主演男優賞も、苦難からの復活劇とともに栄誉に到達した例になった。
「ハムナプトラ」シリーズの主役などでトップスターになったフレイザーだが、2003年、ゴールデングローブ賞を決めるハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)の元会長、フィリップ・バークからセクハラを受けていたことを、2018年にようやく告白。当時のショックが仕事に大きな影響を与え、キャリアの低迷につながったとされる。しかしHFPA側はフレイザーの告発を事実と認めず、両者の溝は深まったまま。今年のゴールデングローブ賞授賞式は、早くからフレイザーが欠席を表明していた。
その後、ダニエル・クレイグ、オリヴィア・コールマンら、ノミネートされた俳優たちが、ゴールデングローブ賞授賞式の欠席を表明。ケイト・ブランシェットも欠席。結果的に主演女優賞(ドラマ部門)はブランシェットにもたらされた。
欠席したゴールデングローブを逃すも…
『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザーは主演男優賞の最有力候補で、ゴールデングローブ賞にノミネートはされていたが受賞はならず。もし受賞していたら、ブランシェットとともにドラマ部門の主演賞2人が「不在」となったわけだが、出席していた『エルヴィス』のオースティン・バトラーが受賞した。
授賞式欠席を早くから表明したことが、結果に影響を与えたかどうかはわからない。アカデミー賞への前哨戦に、あえて“欠席しない”ことは、その後の賞レースを左右するかも……と考える人もいるかもしれない。しかしフレイザーは、ゴールデングローブ賞直後の放送映画批評家協会賞(CCA)で主演男優賞を受賞。その後、同業者による全米映画俳優組合賞でも受賞し、アカデミー賞につながった。
アカデミー賞受賞から1ヶ月も経たないうちに来日した、ブレンダン・フレイザー。4/7に都内で行なわれた会見は、彼の人柄が滲み出る、温かな時間となった。
まず立ちはだかる壁を認識すること
『ザ・ホエール』の主人公チャーリーは、恋人を亡くしたショックで過食となり、体重が272kgで自分で歩くことも困難になっている。その姿を隠して大学のオンライン授業で教える日常に、長らく音信不通だった17歳の娘が訪ねてくる。いつ命を落としてもおかしくない危険な健康状態にあるチャーリーが、さまざまな試練と向き合う、わずか5日間の物語だ。
チャーリーの状況は極端かもしれないが、誰もが多かれ少なかれ日常に問題を抱えている。『ザ・ホエール』は、そこから立ち上がるひとつの指針を示す作品で、人生で苦難を乗り越えたフレイザーだからこそ、その部分に説得力がある。フレイザーも、作品が教えるテーマに関してこう語る。
「とにかく勇気をもつこと、でしょう。まず自分の目の前に立ちはだかる壁を認識し、それを乗り越える勇気をもつ。自分の道のりに気付けば、少しずつでも理想に近づいていけます。これから『ザ・ホエール』を観る日本の皆さんは、主人公チャーリーの“勇気”に背中を押されると確信します。武器を持って戦うのがヒーローではありません。思わぬ行動から、ヒーローは生まれるんです」
フレイザーの来日は15年ぶり。前回は、2008年の『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘密』の公開時で、あのミシェル・ヨーと一緒にプロモーションでやって来た。ミシェル・ヨーは今年のアカデミー賞で主演女優賞を受賞。フレイザーとヨーが“未来のオスカーカップル”になるなんて、この時、誰が想像しただろう。これだから人生は面白い。
「ミシェルとは長年の友人ですが、あの『ハムナプトラ3』の後、会っておらず、今回の賞レースでようやく再会できました。キー・ホイ・クァンとも約30年ぶりの再会だったんですよ」
今年、アカデミー賞助演男優賞を受賞したキー・ホイとフレイザーは、1992年の『原始のマン』で共演している。本当に運命とは不思議なもの。再会の喜びを語るフレイザーの顔は、俳優人生に心から満足しているような微笑みに満ちていた。
よみがえる25年前の傑作
この『ザ・ホエール』は、フレイザーの復活と同時に新境地の作品となったが、「ハムナプトラ」で大スターになる前の、彼のキャリアで重要な一本と偶然にも重なり合う。1998年の『ゴッド・アンド・モンスター』だ。日本では劇場未公開(映画祭ほか限定での上映)の知られざる傑作。
ホラー映画の巨匠で、今は引退生活を送るジェームズ・ホエールが、新たに雇った庭師に魅せられるドラマ。『ザ・ホエール』のチャーリーと同じく、主人公の映画監督はゲイであるし、『ザ・ホエール』のチャーリーと、『ゴッド・アンド・モンスター』の庭師を、ともにフレイザーが演じたことでラストシーンの行動がシンクロしたりもする。他にもいくつか共通項があり、これは俳優人生の妙味ではないか。『ゴッド・アンド・モンスター』でホエールを演じたイアン・マッケランのことを、今回の会見でフレイザーに聞いてみた。
「あの作品は25年前のことですが、今もイアンからもらった言葉は忘れません。『役者の仕事というのは、これが初めて演技するようでもあり、最後の演技でもあるかのように臨まなければならない』ということ。『ゴッド・アンド・モンスター』や『ザ・ホエール』のような作品は、まさにその言葉が必要なんです。狭い室内という空間で、強烈な感情がぶつかり合うわけですから。こうした人間関係をまっすぐに、誠実に描く映画こそが、いま求められていると僕は感じています。
じつはイアン・マッケランとは、アカデミー賞授賞式の3週間前に、ロンドンのトークイベントで再会しました。彼とは本当に良き友情関係が続いていたので、いろいろと話題が広がってしまい、『ザ・ホエール』の話に行きつかなかったくらい(笑)。そして別れ際にイアンは耳元で僕に囁きました。『きみは、もうオスカーを獲っているよ』と。その時、もし3週間後に金の像(オスカー)を手にしていなくても、十分すぎる栄誉を受けられて満足だと感じてしまったんです」
イアン・マッケランにかけられた言葉を改めて振り返るフレイザーは、ちょっぴり感極まっているようでもあった。『ザ・ホエール』を観れば、名優マッケランが思わずそう囁いた気持ちを理解できることだろう。そして『ザ・ホエール』と一緒に『ゴッド・アンド・モンスター』を観ることで、ブレンダン・フレイザーの俳優人生はより感慨深く感じられるはずだ。
『ザ・ホエール』
4月7日(金)TOHOシネマズ シャンテほかロードショー