Yahoo!ニュース

『カムカムエヴリバディ』総集編で、より鮮明になったヒロイン「心の軌跡」(るい編)

碓井広義メディア文化評論家
深津絵里さんが演じた、るい(『カムカムエヴリバディ』より)

5月4日に放送された、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』総集編。

新たな「3時間ドラマ」を思わせる充実の内容でしたが、第2ブロックが「るい編」です。

実は本編が流されていた頃、3人のヒロインの中で、最もその心情を捉えるのに苦労したのが、るい(深津絵里)でした。

なぜなら、安子(上白石萌音)やひなた(川栄李奈)と比べると、喜怒哀楽をあまり表に出さない女性だったからです。

いつも自分の感情を抑えているような風情がありました。

しかし今回の総集編では、そんなるいの「心の軌跡」が、より鮮明になっていたのです。

総集編を担当したチーフ演出の安達もじりさん、そして編集者の佐藤秀城さんの功績でしょう。

ここでは、強い印象を残した場面を振り返りながら、るいの心情を追ってみたいと思います。

音楽の「記憶喚起力」

トランぺッターのジョーこと大月錠一郎(オダギリジョー)が出演した、サマーフェスティバル。

ジョーが演奏したのは「サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」。このドラマ全体を貫く、象徴的な楽曲です。

テーブルで聴いていた、るいの表情が変わります。

かつて、母の安子が歌ってくれた曲であり、当時のことを思い出したからです。まさに音楽のもつ「記憶喚起力」でした。

「サニーサイド」はジョーにとっても大事な曲であることが分かってきます。

るいが住み込みで働くクリーニング屋さんの裏で、2人がアイスクリームを食べながら話していました。

孤児だったジョーの古い記憶。岡山の進駐軍クラブで聴いた「サニーサイド」。ビール瓶を手に、ペットを吹く真似をしていた少年。

それを聞いて、るいが語り始めます。

「あたしの名前は、父がつけてくれたんじゃそうです(挿入される安子と幼いるいの映像。ルイ・アームストロングから名前をもらったと教えてくれる安子)。

日向の道を見つけて、歩こうね、るい。母は、そう言うたんです(手をつないで歩く母と娘)。

せやのに(安子とロバートの映像)、幼かった私を置いて、アメリカへ行ってしもうた。じゃから、思い出しとうなかった」

るいが他者に、母とのいきさつを話したのは、この時が初めてだったはずです。

東京へは行けない

やがて、コンテストで優勝したら、一緒に東京へ行こうと言い出す、ジョー。るいの心は揺れます。

ステージ用の衣装選びにつき合うのですが、ジョーが着替えている時、るいは一人語りで思いを伝えようとしました。

「楽しかったです、大月さんと出会って、ジャズと出会って。

きっと優勝できます。大月さんの演奏は海を越えて、そうや、ルイ・アームストロングやて、大月さんのトランペット聴いて、びっくりするわ。

そしたら、あたし、自慢します。あたし、大月錠一郎の演奏、ナマで聴いたこと、あんねんでって。大月さんの衣装、洗濯してたんやでって」

この時のるいの笑顔が何とも愛らしく、そして何とも切ない。深津さんならではの繊細な表情の変化でした。

東京へは行けないと言う、るい。納得しないジョーに、るいは髪の毛を上げて、額の傷を見せます。

ジョーは何も言わず、ただ優しく髪をなでて、るいを抱きしめました。いいシーンでした。

あたしが、守る。

上京し、レコーディングに臨んだジョー。ところが、突然ペットが吹けなくなる病気になってしまいます。

しかし、ジョーはそのことをるいには説明しないまま、別れようとしました。

るいは、きっと自分を犠牲にしてまでジョーに尽くそうとする。そのことを知っていたからです。

「お願いや、もう解放してくれ」とまで言われ、るいはクリーニング屋に戻ります。

そして、母代わりのような竹村和子(濱田マリ)に、こんな話をします。

「どっか、ホッとしてます。ちょっと怖かったんです。母に捨てられて、父の顔も見たことがなくて。

そんなあたしが、家族を作ることなんて、ほんまに出来るんやろかって。せやから、これでよかったんです」

聞いていて辛くなるセリフでした。

夜、ラジオから「サニーサイド」が流れます。それぞれの場所で聴いている、ジョーとるい。

思いつめたようなジョーの表情。何かを感じる、るい。2人の思いが、この曲で交差します。

朝。トミー北川(早乙女太一)が運転するクルマで海へと向かう、るい。以前、みんなで遊びにきた場所でした。

見れば、海の中にジョーがいます。駆けていく、るい。「ジョーさん!」と叫んで、そのまま海へ。

ジョーを抱きしめる、るい。

「怖がらんでええ。あたしが、守る。あなたと2人で、日向の道を歩いて行きたい」

2人の心が完全に結ばれた瞬間でした。

未来へのバトン

ベリー(市川実日子)がお茶の先生をしている、京都で暮らすことにしたジョーとるい。

神社の縁日で見かけたことがきっかけで、回転焼き屋さんを始めます。

小豆を煮る鍋を前に、あの「魔法の呪文」を唱える、るい。

「小豆の声を聞け。時計に頼るな。目を離すな。何ゅうして欲しいか、小豆が教えてくれる。食べる人の幸せそうな顔を思い浮かべえ。

美味しゅうなれ、美味しゅうなれ、美味しゅうなれ。その気持ちが小豆に乗り移る。甘え餡子(あんこ)が出来上がる」

るいの目には、母と2人で小豆に話しかけていた風景が浮かびます。

試食する2人。ジョーがポツンと言いました。

「これが、るいと、るいのお母さんの味かあ」

母と娘が、ようやく繋がったようで、とても温かいシーンでした。

そして「るい編」のラスト。

るいは、女の子を出産します。その後「ひなた」と名付けられるその子を見て、るいがそっとつぶやきました。

「なれるかなあ……お母さんに」

そんな不安も、赤ちゃんの顔を見つめるうちに、少しほどけていきます。

ふわっとした微笑みが、るいの顔に浮かんできました。

命のバトンが、未来へと受け継がれたのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事