<残業代ゼロ・過労死促進法案>他人事ではない!~年収1075万円は絶対に下げられる5つの理由
長時間労働が蔓延する現代社会であります。
長時間労働だとなかなか専門家に相談する時間さえないという人も多いと思います。
私が代表をしているブラック企業被害対策弁護団では、1月16日の夕方より翌日午前2時まで弁護士による電話法律相談を受け付けます。是非、ご利用ください。各地で開催時間が微妙に異なりますので、詳しくは、「真夜中のブラック企業ホットライン開催のお知らせ」をご覧下さい。
さて、唐突に深夜の法律相談の告知をしたのにはわけがあります。長時間労働を促進する制度の政府案が出てしまったのです・・・。
政府案~年収1075万円以上は残業代ゼロ
現在、検討が進んでいる「新しい労働時間制度」なるものの政府案の概要が発表され、各社が報道しています。
残業代ゼロ制度、年収1075万円以上で調整 政府案(朝日新聞)
<成果主義賃金>「年収1075万円」線引き 厚労省が素案(毎日新聞)
「残業代ゼロ」対象 厚労省案 年収1075万円以上で調整(東京新聞)
この政府案について成果主義とからめて論じているメディアは論外なのですが、その点は下記の記事に譲りまして、ここでは、「1075万円」というものについて言及します。
簡単!残業代ゼロ法が成果主義賃金とは無関係である理由(嶋崎量)
「残業代ゼロ」を考える(その3)~君はブラック企業が成果に応じた報酬を払ってくれると思うか?(拙稿)
1075万円って、なんで??
まず、ぱっと見、1075万円って、どうしてこんな中途半端な数字なの?と思うことでしょう。私も思いました。
どうやらこれは、労働基準法14条に基づく大臣告示にある数字を使っているようです。労働基準法第14条は労働契約の期間の上限を定めている条文ですが、その適用の例外となる労働者に「専門的知識等であって高度のもの」が定められています。この「専門的知識等であって高度のもの」に該当する者とは誰かを定めているのがこの大臣の「告示」です。
この中に「労働契約の期間中に支払われることが確実に見込まれる賃金の額を1年当たりの額に換算した額が1075万円を下回らないもの」という記載がありまして、ここから取っているものと思われます。
そして、最初の導入は1075万円であるとしても、一度この制度が入れば、その数字はどんどん下がるのは間違いありません。
1075万円は絶対に下がる理由(1)~経団連が満足するはずがない
我が国において、与党に対しとても強い政治的影響力をもつ経団連という団体があります。
この団体は、2005年、下記のレポートを公表しています。
*ホワイトカラーエグゼンプションとはこの「残業代ゼロ」制度のことです
彼らの考えている残業代ゼロ制度が適用されるべき年収をご存じでしょうか?
はい。そうです。みなさん、ご存じでしたね。
経団連の提言では年収400万円以上の労働者が残業代ゼロの対象です。
というか、平均所得よりもらっている労働者はみんな残業代ゼロでいいというのが経団連が公にした考えです。
公にしたものでこれですから、彼らの本音は全員ゼロでいいと思っているんじゃないでしょうか。
そういう彼らがこの政府案の1075万円で満足しているはずはなく、一度この制度ができれば年収要件の引き下げを求めて圧力をかけることは必定です。
なお、今でも経団連のエライ人はできるだけ多くの労働者が残業代ゼロの対象となるように発言しています。
1075万円は絶対に下がる理由(2)~安倍首相も引き下げに含みを持たせる答弁
安倍晋三首相は2014年6月16日の衆院決算行政監視委員会で、この制度について質問された際、「現時点では1000万円が目安になる」と述べるとともに、「経済状況が変化する中で、その金額がどうかということはある」とも述べ、基準となる年収を将来的に引き下げる可能性に含みを残した発言をしています。(2014年6月17日毎日新聞報道 今はリンク切れ)
まだ制度ができていない時点でこのような含みを持たせる答弁ですから、年収要件は下げる気満々と見ていいでしょう。
また、そもそもこの残業代ゼロ制度は安倍政権の悲願ともいっていいものです。2007年の第1次安倍内閣でも提案されています(このときは強い批判の前に法律にはなりませんでした)。
1075万円は絶対に下がる理由(3)~田村厚労大臣の答弁
2014年6月18日の衆院厚生労働委員会で、民主党の山井和則議員がツイートした田村厚生労働省大臣(当時)とのやり取を見てみましょう。
自分が大臣の間は下げないと言っていた田村大臣ですが、この答弁からおよそ2か月半後の内閣改造で塩崎大臣と交代してしまいましたね。
というわけで、既に引き下げのリミッターは外れているわけです。
1075万円は絶対に下がる理由(4)~小さく産んで大きく育った派遣法の前例
派遣法は1985年に制定されますが、最初は13業務に限定されたものでした。
ところが、これがいつの間にか26業務と拡大され、その後、その限定は、派遣がOKな業務を挙げるのではなく、派遣がNGな業務を挙げることに転換され、原則と例外が逆転しました(いわゆる「ネガティブリスト化」です)。
このとき派遣NGとされたのは港湾運送・建設・警備・医療および製造業でしたが、その後製造業派遣も解禁され、今日に到ります。
そして、今度は期間制限もなくそうという法案が出るというところです。
このように、一度制度が導入されると、そこから原則が崩壊していく様子がよく分かります。
残業代ゼロ法案でも、同様のことが起きると想定できます。
最初は年収1075万円、でも気づくと年収400万円・・・そして、いずれは年収要件なんて不要となるわけです。
そもそも、この制度導入の理由として、彼らは「成果に応じた報酬を実現するため」だと言っていますが、これって年収と関係ない話ですからね。
1075万円は絶対に下がる理由(5)~法律に書き込むわけではない
最後に、1075万円という要件ですが、これは法律の条文になるわけではありません。
議論の経過を見ると、これは「省令」(=法律の委任を受けて主任大臣が定める命令)によることになりそうです。
となれば、法律ではありませんので、一度導入されたらその引き下げの議論は法改正ではありませんので、国会には持ち込まれません。
国民の目に見えにくいところで、どんどん年収が引き下げられていくことが強く懸念されます。
他人事ではないです
このように1075万円という数字はこの制度を導入するための数字であって、この数字で終わるものではありません。
となれば、今は「自分が1075万円以上の年収? 関係ないよ」と思っていても、いつの間にか対象に入ってしまう可能性は大いにあります。
また、「どうせ残業代なんて出ないから関係ないし(泣)」とか思っている人もいるかもしれませんが、法律が残業代を出さないでいいとお墨付きを与えるとなれば、現在のブラック企業は合法化されるだけです。
あとで残業代請求をして一矢報いることもできないのです。
今残業代が出てないから残業代ゼロ法ができてもいいということはないと思います。
長時間労働をなくすことと今ある残業代不払いを是正することこそ大事
1075万円であるとか、成果に応じた報酬うんぬん言う前に、全労働者について、長時間労働による過労死・過労うつが起きないような法制度を作るべきで、その検討をまず真っ先にやるべきだと思います。
また、残業代不払いを是正するために労働基準監督署の職員の増員や監督の強化を検討すべきでしょう。
そうしたことなく、幻想の「成果に応じた報酬」のために残業代ゼロ制度を導入するなんて、論外というほかないですね。
法案になる前に、是非多くの反対の声を上げていただきたいと思います!