酒蔵に交流スペースも・台風被災から再建の酒造「地元ににぎわいを」
2019年10月12日の台風19号で、酒蔵が60センチ浸水した福島県本宮市の「大天狗酒造」。周囲の支援を受けて被災後も酒造りを続けている。酒蔵の修繕に向け、一部に交流スペースを設ける計画を立てた。被災した地元を活性化し、恩返しをしたいという。少人数の手作業で仕込みを進めつつ、1月にクラウドファンディングをスタート。「リアルな人間関係」からSNSを経て、共感が広がっている。
前編の現地レポートはこちら→「酒蔵を守りたい」台風19号浸水の老舗酒造、仲間の支援で仕込み続ける
●1か月遅れで仕込み
大天狗酒造は、台風19号の影響で酒蔵が浸水し、瓶詰めや瓶洗いの機械も、仕込み直前の米と麹も、使えなくなってしまった。でも、県内外の知人たちが駆けつけ、力になってくれた。片付けや掃除をしたり、SNSで支援を呼びかけたり。混乱の中で、何とか酒造りを続けた様子を、社長の伊藤滋敏さん(65)さんに聞いた。
「もともと、10月14日から仕込みの予定でした。まず米がないと酒が作れない。蔵はきれいにできたものの、精米所の米は濡れてしまっていて。農家に預けてあった米は、大丈夫だった。全体の5分の1しかなかったけれど、それを使って作り始めようと。それまでは地元産の米で作っていたのですが、別のエリアから県内産の米を手配してもらって、だんだん米が入るようになりました」
日本酒の仕込みは、寒い時期にするのが基本で、暖かくなってくると調整が難しい。およそ1か月遅れで、仕込みを始めた。当初の予定よりは少なくなったものの、酒造りができるようになった。
使えなくなった機械は、行政に補助金を申請し、新たに買うしかない。「通常は、11月から3月ごろまで、小さなタンクで繰り返し仕込みます。麹を作り、1か月ぐらいで酒ができる。それを搾り、手作業で瓶詰めします。今回は、他の酒蔵に簡易の機械を借りられました。1か月遅れたので、4月ごろまでの予定です」
●リアルに付き合う人たちのすごさ
大天狗酒造は、酒蔵の再建に向け、クラウドファンディングサイト「レディーフォー」を利用して支援金を募っている。機械と建物の原状復帰にかかる費用は約5000万円で、一部は補助金をあてるが、負担が大きいためだ。
伊藤さんの娘で杜氏の小針沙織さん(32)は、クラウドファンディングの仕組みは知っていて、以前から勧められていた。水害を機に、「今なら」と決断したという。1月10日~2月28日に期間を設定し、開始後わずか4日で、最初の目標額である300万円が集まった。
「クラウドファンディングでは、リアルに付き合っている人たちの力のすごさを感じました。フェイスブックにお知らせを投稿しただけで、友人がどんどん拡散してくれました」と小針さん。
小針さんは、2014年に実家の大天狗酒造に戻るまで、全く違う仕事についていた。酒造りは、父や従業員と働きながら覚えた。かたわらで「福島県清酒アカデミー」にも参加し、他の酒蔵の仲間とつながりができた。2017年には、デザイナーに依頼してラベルにもこだわり、新しいタイプの日本酒「卯酒」を生み出した。購買が増え、伊藤さんも喜んでいた。
●地域の人と新酒を祝いたい
若い感性を生かして、小針さんはSNSやオンラインの発信に力を入れていた。今回のクラウドファンディングでは、勉強や営業を通して築いた縁と、SNSを通した見知らぬ人たちの支援の双方が、再建を後押ししている。
クラウドファンディングは最終的に、改修費やクラウドファンディング手数料を含めた800万円の支援を目指す。修繕だけでなく、酒蔵の一部を、試飲やイベントなどで地元の人が集うスペースにする計画を立てている。5月には工事に入り、完成したら、搾りたての新酒を味わう会を開く予定だ。