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南海トラフ地震の「発生シナリオ」を考えてみる ー【その4】災害後の復旧期

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(提供:NEXCO/アフロ)

被災地外からの人・物の救援と被災地内の地力で進める応急復旧

 被災地では、食料、水、医薬品、ガソリンなど、命をつなぐための物資が不足します。人や物資を運ぶ車両、瓦礫を処理する重機やダンプ、発電機、給水車、タンクローリーなど、何もかも足りません。とくに不足するのが、消防、救急、自衛隊、医療関係者などの災害対応従事者です。限られた人数で早期に対処するには、救援すべき地域や内容の優先順位を決め、専門性が高い仕事は全国から専門家を集めて対処し、それ以外の仕事は被災地内外の人が力を合わせて対応するしかありません。多くのボランティアの助力を受けつつも、広域災害ではその数には限りがあるので、被災した人たち自らが奮起するしかありません。

 まず優先すべきは生き残った命をつなぐこと、次に生活できるようにすること、そして生業を復活させることです。社会を早期に復旧させ、その上でより良い復興を目指していきます。復興のための大方針を早く作り、次の時代を見据え、力を合わせてじっくりと復興を進める態度が大事になります。そのためには、まず行政機能の回復が不可欠です。

医療機能の回復

 命をつなぐために大切なのは医療機能です。発災直後には災害派遣医療チーム・DMATが全国から参集しますが、広域に被災するとDMATの人数では全く足りません。いち早く地域の医療機能を回復する必要があります。

 とはいえ、災害拠点病院の多くが津波浸水地域に立地しているのが実状です。長期湛水すれば人流・物流、ライフラインなどが途絶します。そんな中、入院患者の医療を続けなければ、他の病院に大きな負荷がかかります。例えば、浸水予想地域に立地する災害拠点病院の名古屋掖済会病院では、電気・水・酸素などの備えをして長期籠城の準備をしており、参考になります。

 一方、震災後も被害の少なかった災害拠点病院には、大量の負傷者が集中します。いち早く大量の負傷者を受け入れる体制を整えなければいけません。そのためには、医師、看護師、コメディカル、医療事務などの医療従事者の速やかな参集や、ライフラインを優先的に回復する合意形成、医薬品や医療材料の供給体制の強化や備蓄などの準備をしておく必要があります。場合によっては、浸水して機能が縮小した拠点病院の医療関係者が助力することもあり得ます。東日本大震災で、高台に位置した免震病院の石巻赤十字病院が大きな役割を果たしたことを参考に、医療サプライチェーンの強化も含め、本気で医療BCPを進めておきたいと思います。

社会に欠かせない電気の回復

 現代社会に欠かせない電気の供給には、発電から、送電、変電、配電に至るすべての機能回復が必要です。まずは、発電所内の施設・設備の点検・修理が必要です。ですが、たとえ発電所が健全でも、燃料、工業用水、冷却用水、外部電源など、外部に依存するものが多々あります。また、人員、資材の不足のため、すべての発電所の同時回復は無理なので、被害が少なく需要の多い発電所の回復が優先されます。送電に関しては、高圧の施設ほど安全性が高いので、発電所近くの高圧の送電線から復旧すると思われます。一方、変電や配電の施設は、重要な防災拠点のある地域が優先されると思われます。

 発電には、原子力、火力、水力などがあり、火力には石炭、LNG、石油などがあります。発電所は強い揺れを受けると安全確保のため停止します。火力発電の再開には外部電源が必要なので、まずは水力発電所からの送電ルートを確保しなければいけません。石炭火力はシステムが複雑で再開に時間がかかり、石油火力は減っているので、LNG火力に頼ることになります。しかしLNGの備蓄は、石油と違って十分にないため、港湾機能が滞ることが懸念されます。

 電力の周波数は、富士川を挟んで東は50Hz、西は60Hzで、東西間の周波数変換能力は210万kWしかありません。このため、東日本からの送電には多くを期待できません。発電と需要のバランスが崩れれば、北海道胆振東部地震のようにブラックアウトが起きたり、東日本大震災の後のように計画停電が行われたりします。そういう意味で、再生可能エネルギーの普及・活用が望まれます。とくに、発電所のない内陸部では十分な準備が必要になります。

ガスや石油などの燃料供給の回復

 都市ガスの供給には、ガス工場、高圧・中圧・低圧導管、ガバナーなどの回復が必要です。一般に、上流ほど耐震的です。また、下流の低圧導管網は小ブロック化することで、強く揺れたブロックのみを供給停止する体制が整えられています。ガス工場の稼働には、施設の健全性、LNG燃料の確保に加え、電力、工業用水、混和するLPGが必要です。また、低圧導管の点検・修理には、近くに埋設された上下水道管の工事との連携が肝心です。さらにガス供給再開には、各戸訪問による安全点検が求められますので、時間と手間がかかります。

 一方、LPGガスは、家庭の軒下備蓄が期待できるので、1か月程度は凌ぐことができます。ただし、大規模工場などの備蓄には限りがあり、物流が途絶えると供給が難しくなります。

また、石油の精製には大量の工業用水と電気が必要です。原油は大型タンカーからシーバース、海底パイプラインを経て製油所に送られます。一方、石油製品はタンカーや貨物列車で油槽所に運ばれ、さらに各地のサービスステーションにタンクローリーで運搬されます。

 LNG、LPG、石油の何れも航路閉塞や港湾の機能停止が長引くと原材料が枯渇する恐れがあります。また、LPGや石油製品を利用者に届けるには陸路の物流回復が前提になります。意外と盲点なのが、施設の取り付け道路の安全性です。

何よりも必要な水の回復

 水の供給体制は複雑です。生活で使っている上水、産業が使う工水、農業で使う農水は、監督官庁が異なり、下水を担う組織も異なります。このため、水の供給と処理について、全体像があまり把握されていません。上水、工水、農水の間、上流と下流の間の水利権の問題もあります。

 近年は、水の利用量増加と共に、河川上流に水利ダムを作り、河川から取水し、用水を整備して、浄水、貯水して、配水し、利用後は下水処理をして河川や海に放流しています。これらのプロセスの多くで電気や燃料を必要とします。また、地中に埋設された水道管や下水管の復旧には都市ガス同様、道路下での土工事が必要になり、時間を要します。

情報交換に不可欠な放送・通信の回復

 災害後の対応には正確な情報交換が不可欠で、放送・通信が大きな役割を担います。テレビやラジオなどが途絶すると、正しい情報が住民に伝わらず、流言が広まります。放送・通信の維持には、電気、多様な通信網、通信局などが欠かせません。ですが、実態を調べてみると、通信の世界は余りに多くの媒体が介在していて、実態の把握は困難です。

 ボトルネックは多数あるように感じます。海外と結ぶ海底ケーブルの海底地殻変動対策や津波対策、国内バックボーンの強震・津波対策、大ゾーン基地局が設置される高層ビルの耐震対策、携帯電話基地局の非常用発電機の燃料確保、データセンター、DNSサーバー、WWWサーバー、メールサーバーなどの機能保全などです。実態を知らずに人任せにしている現状が気になります。例えば、データセンターの多くがブラックアウトした北海道に集中していたことは、情報社会の脆弱性を示しています。情報通信に頼り切った現代社会ですが、通信が途絶したときでも破綻しないような災害対策を考えておくことも大事だと思っています。

住まいの確保と生活の再開

 被災住民の生活再建には、住まいの確保が欠かせません。ですが、応急仮設住宅の入居には、罹災証明書が必要になります。被害が甚大で行政による被害認定が遅れると、証明の発行が滞ります。そうすると、行政支援による瓦礫撤去や被災者生活再建支援金の支給も遅れます。

 応急仮設住宅の建設には、用地確保が必要で、震災瓦礫の集積場所との仕分けが必要です。また、大量の建設資機材や大工さんも必要です。震災後の人的・物的資源の不足の中、供給できる応急仮設住宅の数は6万戸程度だといわれています。最悪240万棟もの全壊・焼失家屋が想定されている災害では、深刻な住宅不足が予想されます。

 このため、みなし仮設住宅を利用することになります。ですが、賃貸住宅の空室の多くは都市に限られ、数も足りません。被災地外への疎開者も多く発生しそうです。1923年関東地震の時にも多くの人が出身地に疎開しました。

 万一のため、毎年増え続ける空き家を活用できるよう、空き家の耐震化を進めておくのも一案です。あるいは、ワーケーションを活用した疎開場所作りなども考えられます。個人的には、自動車やコンテナを活用することが大事だと思っています。

複合災害の抑止のための社会インフラの早期復旧

 地震後も様々な災害が襲ってきます。まずは、海岸や河川の堤防の復旧工事を急ぎ、2次災害を防ぐ必要があります。次に、道路、鉄路、航路、橋梁、トンネルなどを復旧させ、物流を確保する必要があります。これらが進まなければ、他が復旧しても機能しません。南海トラフ地震では、建設産業の資源が不足することは明らかです。被災地外の建設事業を、一旦すべて停止し、被災地の社会インフラ復旧に全力を注ぐことが必要です。また、被災地側でも、インフラ種別や地域による復旧の優先順位を予め合意しておくことが肝心です。

収入確保には産業の早期復旧が不可欠

 南海トラフ地震での被災地には製造業の6割以上が立地しています。中でも自動車輸出の9割を担っています。これらの産業がダメージを受け国際競争力を失えば、日本経済は苦境に立たされます。土木学会は、震災後20年間で1410兆円を失い、世界の最貧国になるとしています。これを避けるために、産業被害を最小化し、早期回復を図る準備が必要です。

 産業活動の再開には、上述した様々な社会機能の回復が大前提になります。電気、ガス、水、燃料、通信、交通機関、物流などの機能を優先的に回復するよう、予め合意形成しておくことが大切です。そのためには、地域内での業界を超えた連携、サプライチェーン内の連携、業界内での地域間連携など、信頼関係を高めておくことが大事です。

 製造業を例にすれば、ライフライン・物流・人流が途絶えた場合の対策を整え、工場内の施設、設備、情報システム、技術者のすべてを保全することが大前提になります。ですが、工場の対策だけでは不十分で、部品や素材の仕入先、製品の納品先も健全でないといけません。

 工場内の対策を進めると共に、サプライチェーンの構造を明らかにし、ボトルネックとなる所から優先的に復旧を図れるよう、事前準備が必要です。上流の影響度の高いものを優先するとよいでしょう。オンリーワン部品は、備蓄や代替製造施設などの準備をしておくことも大切な対策です。組織を超えて連携し、本気でBCPやBCMを進められる環境作りを進めたいと思います。

 こういった復旧期にも、誘発地震や余震が続きます。半割れの先発地震の被災地では、いずれ後発地震で新たな被災地が出ることも考えておく必要があります。早期に復旧することは、続発する災害への耐力を増します。皆、同じ船に乗っていると思い、力を合わせることで復旧のスピードを速めましょう。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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