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中国はなぜ「ありがとう」が言えないのか?

宮崎紀秀ジャーナリスト
アメリカの上院議員が軍用機で台湾を訪問(2021年6月6日台北)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アメリカの上院議員3人が6日、新型コロナウイルスのワクチン不足に苦しむ台湾を訪問し、75万回分のワクチン提供を表明した。中国の理屈からすれば、台湾は中国の一部であるから、その住民に対する支援はありがたいはず。だが、中国は「ありがとう」の一言さえ発しないばかりか、国防省はこの3人がアメリカの軍用機で訪台したことを指し、「非常に悪質な政治的挑発」と強く批判した。中国はなぜ素直にお礼が言えないのか。

米軍用機の台湾訪問にカリカリする中国

 アメリカ上院の民主党ダックワース議員ら3人は、6日、韓国訪問の後に台湾に立ち寄った。その際の移動手段はアメリカの軍用長距離輸送機C-17だった。台北の空港でダックワース議員らは、アメリカ政府から台湾に75万回分のワクチンを提供することを表明し、「私たちはあなたたちと共にあり、台湾の人々がパンデミックを乗り越えるために必要なものを得られるようにする」と挨拶した。

 これに対し、台湾政府が即座に謝意を表明したことは言うまでもない。

 一方、中国国防省は、8日、報道官のコメントとして次のようにアメリカを非難した。

「アメリカの議員が軍用機で台湾を訪れたのは、台湾問題を利用した“政治ショー”であり、一つの中国の原則に対する挑戦である。台湾を以て中国を制しようとする企みであり、非常に悪質な政治的な挑発である」

 中国の国防省が、アメリカ軍用機の飛来に対し神経を尖らせ非難したくなる気持ちは分かるが、ワクチン提供に対する言及はない。

 ならば国と国とのお付き合いを担う外務省。その見解は、国際社会に対する中国政府としての公式見解である。上院議員の訪台の翌日となる7日、中国外務省は定例の記者会見を開いた。報道官は、アメリカの議員が軍用機を利用したことについて質問を受け、やはり国防省同様に、「一つの中国の原則に反する」などと主張した上、アメリカに抗議したことを明らかにした。

 「一つの中国」であるならば、台湾へのワクチン提供を喜んでもよさそうだが、アメリカに対する謝意は一切なかった。

日本のワクチン提供を「政治ショー」と非難?

 中国政府は、他国からの台湾へのワクチン支援に対しどのような態度を取っているのだろうか。日本政府が124万回分のワクチンを提供し、台湾側から感謝されたことは記憶に新しい。

 これに対し、中国はどうだったのか。

 日本政府が台湾へのワクチン支援を検討していると報道された後、5月31日の定例会見で、中国外務省の報道官はこう述べていた。

「中国は、コロナを理由にした政治ショーを行い、中国への内政干渉に断固反対する。日本が現在、自分自身のワクチンも十分に供給できていないことに注目している。このような状況で、日本政府が台湾へのワクチン提供を検討しているとしたことは、台湾の多くのメディアや民衆を含め、外部から疑いの目を向けられている」

 日本からワクチンが台湾に到着した4日の記者会見でも、外務省の報道官が口にしたのは謝意ではなく「嫌味」だった。

「関係国が命を救うというワクチン援助の本来の目的をまっとうすべきであり、政治ショーに執着しないことを希望する」

 中国にとって他国が台湾にワクチンを提供するのは内政干渉であり、更に言うと、将来の台湾統一を邪魔しようとする政治的な企み、となる。

ワクチン支援を台湾政府批判でお返し?

 上の答えは、日本からの台湾へのワクチン援助を中国はどう評価するか、という主旨の質問に対する回答だが、その中で、中国外務省の報道官は、臆面もなく話をすりかえ、台湾政府への批判を展開した。

「民進党当局はあの手この手で中国からのワクチンの輸入を拒み、更には中国がワクチンの購入を邪魔したなどと嘘をついている。民進党当局は、自身の政治的な利益のために、防疫の協力において、政治的に弄び、台湾の市民の生命と健康を軽視し、基本的な人道主義の精神に違反している」

 台湾の現政権、民進党の蔡英文政権は、北京の言うことを聞かない。中国政府は蔡英文総統を独立志向が強いとみなし、目の敵にしている。

台湾総統は「宿題を報告する小学生」?

 中国メディアの中国日報は8日、アメリカの3人の議員を迎えた蔡英文総統の様子をディスった。

「3人を迎えるため、蔡英文は自分の“総統”という身分を顧みず、恭しく挨拶した。まるで小学生が先生に宿題の報告をするようだった」

 これは蔡英文総統が、一人一人の前まで歩み寄り、拱手と呼ばれる、体の前で自身の両手を組む挨拶をした様子を指しているのだろう。ダックワース議員は車椅子に座っているため、蔡氏が相手の目線に合わせるように、少し腰をかがめたようにも見えた。

 私には、蔡氏の実直さを示す丁寧な対応に見えたが、「台湾地域のリーダーにすぎない」として、中国政府が認めていない“総統”の肩書きを、敢えて持ち出してまで揶揄したくなるくらい、中国にしてみれば蔡氏のやることなすことが憎いようだ。

 中国はコロナの再流行に苦しむ台湾の窮状を、蔡英文政権の弱体化につなげようと日々宣伝している。だから国際社会からの支援やワクチンの提供によって、蔡英文政権がうまくコロナを抑え込んでしまったら、実は都合が悪いのである。

 なぜ、外国からの台湾へのワクチン提供に、中国は素直に「ありがとう」と言わないのか?

 中国が本当に守りたいものは、“同じ国”であるはずの台湾の人々の命と健康ではなく、「中国と台湾は一つの中国」という、中国側が盛んに喧伝するにもかかわらず、現実には存在していない幻想だからである。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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