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武豊がフランス版オークス・ディアヌ賞に騎乗する事になった驚きの経緯とは

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
昨年、ジェニアルでメシドール賞(G3)を勝利した直後の武豊騎手

ことの発端は平成から令和にかけてのフランス遠征

 平成最後の日となった今年の4月30日。日本から遠く離れたフランスに武豊の姿があった。令和最初の日となる翌5月1日、パリ近郊のサンクルー競馬場で行われるミュゲ賞で、ジェニアルに騎乗するための遠征だった。同馬は栗東・松永幹夫厩舎の管理馬として海を越えた昨年、メゾンラフィット競馬場で行われたメシドール賞(G3)を優勝。フランスに滞在したまま更に2戦を走った後、現地で開業する日本人調教師の小林智の厩舎へ転厩。その初戦としてこのミュゲ賞にエントリー。鞍上は引き続き武豊を予定していたため、天才ジョッキーはかの地に入った。しかし、残念ながら同馬は出走態勢が整わずに回避。レース前夜と当日の夜に、パリ市内のレストランで残念会が行われた。

 武豊や小林智、そしてジェニアルのオーナーである松島正昭(名義はキーファーズ)らが集ったその宴に、ありがたい事に私も呼んでいただいた。その席での事だった。

 「どうやったら凱旋門賞に挑戦出来るような馬を持てるだろう?」

 松島はそう言った。

昨夏のフランスでジェニアルの追い切りに騎乗する武豊(左)。右のラルクも松島の所有馬でフランスで走った
昨夏のフランスでジェニアルの追い切りに騎乗する武豊(左)。右のラルクも松島の所有馬でフランスで走った

 多くの競馬ファンの間では知られている事だと思うが、彼は元々競馬ファンであり武豊の大ファンだった。実際に日本のナンバー1ジョッキーと交流するようになると「凱旋門賞への熱い想い」を直に耳にする機会が増えた。そして「ならば自分が馬を持って武豊騎手を乗せて凱旋門賞に向かおう」と考えた。こうして2014年から馬を持つようになると、ヨーロッパでの頂点を狙うべく、良血馬を惜しみなく買い求めた。そのようにして手に入れた馬に武豊を乗せ続けているのは当然の事だった。

 ところが高額の馬が必ずしも強いとは限らない。凱旋門賞どころか国内で重賞を勝つのすら難しい。そんな競馬の現実を知り、口をついたのが先のセリフだった。

 「どうやったら凱旋門賞に挑戦出来るような馬を持てるだろう?」

 それを聞いた私は僭越ながら次のように述べた。

 「すでにヨーロッパで走っている馬を買うという手もありますよ」

 これを聞いたオーナーは「そんな事をしても日本馬じゃないのでは?」と答えた。松島はそもそもが武豊を応援するために馬を持った人なので、競馬そのもののシステムに明るいかというと、決してそうではないのだ。そこで、武豊が答えた。

 「凱旋門賞に挑戦出来るなら、日本馬だろうが、どこの馬だろうが、こだわりはありません」

急展開の原動力は……

 話は1週間後に急展開を見せる。

 5月8日、武豊はソウルスターリングに騎乗するため美浦トレセンにいた。その復路の車中での事だ。武豊の携帯が鳴った。かけてきたのは松島だった。私は聞き耳を立てていたわけではないが、2人きりの狭い車内のすぐ隣の席で話しているのだからその内容が全て聞こえてしまった。そして、電話を切った武豊は開口一番、次のように言った。

 「松島さんがドイツの牝馬を買いました」

 実はそれ以前に「買うかもしれない」という話は聞いていた。しかし、僅か1週間前に何の気なしに話した事がこんなにもとんとん拍子で進むとは思えなかった。それゆえどこまで実現するのかと思っていたのだが、あまりにも早く話が展開したので驚かされた。

 後日、オーナーに電話をして確認すると、彼は言った。

 「もし日本馬が凱旋門賞を勝つ日が来ても、その鞍上が武豊でなければそれは単なる競馬の世界でのニュースに終わってしまうでしょう。でも、たとえ日本馬でなくても武豊が勝てば普通にニュースで流れると思うんです。だから、凱旋門賞は武豊が勝たなければいけないんです。そのための応援出来る手立てがないかと考えたら、こういう手もあったんだな、と。それだけの事です」

 言われてみればその通りである。競馬場でのニュースが競馬面を飛び出し、スポーツ面も飛び越えて社会面で扱われる。そういった立場にいるのが武豊である事は疑いようがない。松島は昭和の終わりから平成へ、そして令和となる現在に至るまで競馬を盛り上げてくれている天才ジョッキーに対する友情の証として、武豊の願いが成就されるよう全力でサポートしているのだ。つまり、今回の急展開の原動力となったのはオーナーの果てしない“武豊への友情”だったのである。

アマレナを預かる事になった小林智調教師と武豊騎手
アマレナを預かる事になった小林智調教師と武豊騎手

 松島が今回、購入したのは5月4日に準重賞のラセーヌ賞を勝ち2戦2勝となったアマレナ。準重賞の競馬ぶりは楽勝と言って良いモノだった。オーナーの変更と共に小林智厩舎へ転厩し、まずは6月16日に行われるディアヌ賞(G1・シャンティイ競馬場、芝2100メートル、3歳牝馬)に出走する予定だ。ディアヌ賞はフランス版のオークスにあたるレースだが、かの地では凱旋門賞をしのぐ人気を誇るレースとして知られている。同馬は当然、凱旋門賞の一次登録も済ませているので、ディアヌ賞の結果次第で秋の大一番に駒を進める可能性が充分にある。

 「追い切りにも乗るつもりでディアヌ賞の少し前には現地入りしようと思っています」

 そう語る武豊と松島の新たなる挑戦を応援したい。

昨年のメシドール賞を勝ったジェニアルの口取り写真。右から2人目が松島正昭オーナーでその左が武豊騎手と松永幹夫調教師
昨年のメシドール賞を勝ったジェニアルの口取り写真。右から2人目が松島正昭オーナーでその左が武豊騎手と松永幹夫調教師

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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