政治的なノーベル平和賞、現地ノルウェーから別の視点
ノーベル賞は、平和賞のみ、スウェーデンではなくノルウェーで発表・授与される。
ノーベル平和賞の予測は、ノルウェー国外のメディアではオスロ国際平和研究所(PRIO)の予想が注目を浴びることが多い。一方、ノルウェー国内のメディアは自分たちの情報源を使って、独自の予想を立てる傾向にある。
ノーベル平和賞は政治的か
毎年の平和賞の受賞者を前日に知っているのは、5人の委員でなる委員会と、1人の秘書。全員がノルウェー出身、ノルウェー国会から推薦され、多くが元政治家(元議員・政府関係者や元首相)などだ。
公には「政治的な賞」であることは委員会は否定している。だが、ノルウェーにも、「本音と建前」はある。この賞が政治的であることは、ノルウェーでは常識のように認識されている。筆者も平和賞は政治的だと考えている。
ノーベル平和賞についてコメントする「専門家」も、ノルウェーメディアではお馴染みの各社の「政治記者」が当たり前。「平和学の専門家」などの意見が重要視されることは少ない。
国会(議席数が多い大政党)が指名するからには、「もちろん」様々な思惑が絡む。右派政党の指名と、左派政党の指名の人数の割合が、委員会の思想に全く関係しない、とは言い難い。
現地の政治の動きを長期的に取材してきたノルウェー報道機関は、委員会の「脳みそ」を他国よりも異なる視線で把握していることになる。
ノルウェー政府に大打撃を与える可能性のある「平和」賞と委員長の存在
劉暁波氏に授与後、ノルウェーと中国との関係は悪化した。
昨年末にやっと、両国の関係が正常化できたが、この時の「反省」を生かして、ノルウェー国政に大打撃を与えるような授与はないのではないだろうか。
委員長は、右派・左派どちらから推薦された?
劉暁波、オバマ元大統領、EUに賞を授与したのはヤーグラン元委員長(元・左派の労働党党首、元ノルウェー首相)。2013年に現在の右派政権が勝利してから、委員長を解任された。
その後、右派政権が新たに任命したのが、カーシ・クルマン・フィーベ元委員長(元・右派の保守党党首で、「女性の政治家の鑑」としても業績を評価されていた。冒頭写真)。
急遽、繰り上げで委員のベーリット・レイス・アンネシェン氏(労働党推薦)が委員長となった。
国会側に相談がなく決定された人事だったため、右派与党・保守党は落胆した姿勢を露わにしていた。
9月の国政選挙では現在の右派陣営が勝利。今年の平和賞は現在の委員会メンバーにより決定されるが、国会が後に新たな委員会メンバーを指名してくることは間違いないとされている。
ノルウェーのメディアが毎年楽しむ今年の予想
今年の平和賞の予測を、ノルウェーメディアは直前にそれぞれ発表する。
かつては、国営放送局NRKとTV2の「競争」が現地で話題となっていた。
NRKなどが発表前に平和賞受賞者を「スクープ」することが当たり前だった時も。しかし、ヤーグラン元委員長と、元秘書であり、暴露本を出版したゲイル・ルンデスタッド氏が委員会からいなくなって以降、直前スクープはほぼなくなる。
筆者がノルウェーの記者たちと話していると、「NRKに漏らしていたのは、ルンデスタッドだろうね」というのはよく聞く会話だ(ノルウェーでは政治家などが報道陣にわざと「情報を漏らす」というのは、「よくある」)。
「独立機関」という主張をどれほど純粋に受け止めるか
委員会は「独立」機関であることを強調する。
ノルウェー・ノーベル委員会に限らず、ノルウェーでは多くの組織や団体が、政府などから補助金をもらう。それでも「自分たちは独立機関で、批判できる立場にある」とよく主張する。これをどれだけ純粋に受け止めるかは、人によるだろう。「独立機関である」というのは理想的ではあるが、国外の第三者の目にうつる事実は同じ景色だとは限らない。筆者の多くの取材先も、独立組織であることをよく強調するが、正直個人的には純粋に信じることはない。
昨年はコロンビア大統領が、ノルウェー政府に「ありがとう」
昨年はコロンビア大統領が受賞した。賞の発表の直前は、和平の合意が否決された国民投票の結果が流れたばかり。落胆は、和平交渉の仲介役を担っていたノルウェー(の政治家)の間で広がる。ブレンデ外務大臣(保守党)は、ノルウェー国営放送局NRKでの特番で、「残念だ」と落胆ぶりを顔にだしていた(当時の委員長は保守党の元党首フィーベ氏)。
コロンビア大統領の平和賞受賞の知らせは、ノルウェーの一部の政治家たちを大いに喜ばせただろう。授与式のためにノルウェーを訪問中、コロンビア大統領は、ノーベル委員会とノルウェー政府の両方にお礼を述べていた。
今年のノルウェーメディアの予想
さて、今年のノルウェーメディアの予想はどうなっているだろう。大きめに取り上げられているのは、「核兵器」という言葉だ。
ノルウェー国営放送局NRKは、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)、イラン核交渉を合意に導いたイランのザリフ外相、欧州連合(EU)のフェデリカ・モゲリーニ外務・安全保障政策上級代表を挙げている。
一方で、どちらも物議を醸すだろうとされている。
ICANの場合、安全保障を米国やNATOに依存するノルウェー政府にとっては、喜ばしいニュースとは言い難いかもしれない。ノルウェー国営放送局NRKのニュース番組では、「政府の尻を蹴ることになるだろう」と指摘された。
ノルウェー国内の核廃絶団体である「核兵器ノー」やICANは、ノルウェー政府からの補助金をカットされ、今年は人員削減に追い込まれた。一方、今の委員長は、核廃絶に積極的な左派・労働党推薦のアンネシェン氏でもある。
NRKでは、コンゴのデニ・ムクウェゲ婦人科医、国連世界食糧計画(WFP)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、トルコの新聞「ジュムフリエット」、ロシアの新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」なども予想に挙げられている。
TV2の国際部は、その他のお気に入り候補として、パリ協定、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などを予測。
アフテンポステン紙は、ローマ法王、アメリカ自由人権協会ACLU、ドイツのメルケル首相も候補に。
どの候補者もなにかしらの問題は挙げられるだろうが、劉暁波氏に比べれば、ノルウェー政府にとっては痛手となるものではない。
「ノーベル平和賞」そのものを問い直す議論も?
ノルウェー国営放送局NRKの国際情勢のチーフであるバルゲ氏は、前夜のニュース番組で「つまらない賞になってはいないが、EU・オバマ・劉暁波の時に比べれば、センセーショナルではない。伝統的な賞に戻ったともいえる」と解説した。
今年は、平和賞の授与が手助けになったかどうか疑問視される劉暁波氏、ロヒンギャ問題で批判を受けているアウンサンスーチー氏の話題も注目を集めている。
今年の受賞者以外についてのコメントを、委員会側は6日の記者会見では通常通り避けるだろう。それでも、各国の報道陣は疑問を投げかけるのではないだろうか。
Photo&Text: Asaki Abumi