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金正恩委員長が「卓上にアイスコーヒー、タブレット」で台風の災害現場会議に?  韓国紙報じる

国民日報は今年5月2日の工場視察時(写真)にも「卓上にアイスコーヒー」と報じた(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

台風対策会議に忙しい金正恩朝鮮労働党委員長のテーブルに、アイスコーヒーとタブレット――。

7日午後、全国紙「国民日報」が少し思い切ったタイトルの記事を配信した。

「【単独】水害現場でアイスアメリカーノを飲んだ金正恩」

今月5日に”台風9号の被害を受けた咸鏡北道と咸鏡南道の災害復旧現場を訪れ”、”労働党中央委員会政務局拡大会議を招集・指導する姿”からこれを「発見した」としている。

  • 該当記事のツイッター投稿。クリックするとより多くの写真あり。本人の左手の黒いモニター状のものは「iPad」とされている。

自社で閲覧可能な北朝鮮の「朝鮮中央TV」を丹念にキャプチャ。卓上にある「アイスアメリカーノ※」と、「iPadと思われるタブレット」に印を付けている。※エスプレッソに水や氷を入れたもの。最近の韓国では「アイスコーヒー」全般がこう呼ばれることが多い。

同紙は現場の様子をこう解説している。

「朝鮮中央TVの映像を見ると、金委員長は専用列車の執務室と推測される空間でパク・ボンジュ労働党副委員長など高位幹部からの報告を聞き、指示を下すなど会議に熱中していた。机の上の書類にサインペンで何かを書いている姿も見える」

金委員長は今夏の歴史的水害を受け、異例の「災害現場での対策会議」に出向いている。

コーヒーについては「動画の最初の方と、指示を出した後ではグラスの3分の1ほどまで減っており、本人が飲んだものと推定される」としている。それが本当にコーヒーかどうかまでの裏付けは行われていないが……。

「台風10号接近へ」北朝鮮では今夏すでに歴史的水害…豪雨の梅雨、台風2度通過で金委員長「重大な問題」

韓国内の反応「それがどうした?」…しかし北でのコーヒーは元来「資本主義の象徴」

これに韓国内から意外なほど多くの関心が集まった。記事配信後に最大のポータルサイト「NAVER」のリアルタイム検索「政治」部門で5位に入ったのだ。コメントを記すほど興味を示した読者の属性は男性79%、女性21%で、40代が44%と最も多かった。

ただし実際の反応は、というと……コメント欄にはなかなか辛辣な言葉が並んだ。

「コーヒーを飲んだことが記事になるのか? 何かのついでに記事を書いてるだろ?」

「記事を書くんならちゃんと書け。砂糖を入れたのか。確認してからもういっぺん書け」

「反米・反日のはずなのにMacbookを使い、iPadを使って車はレクサスに乗っている」

  • 8月7日に「聯合ニュース」が報じた「レクサスSUVを自ら運転して水害被災地を視察する金正恩委員長」。

いやいや「北朝鮮とコーヒー」にはちょっとした歴史があるのだ。30年スパンくらいで見ると十分に報じる価値はある。   

北朝鮮社会でのコーヒーはもともと「資本主義社会の象徴」だったのだ。

2000年代から知られるも…まだまだ「富裕層のもの」

韓国「KBSラジオワールド」の「韓半島AtoZ」のコーナー(2019年9月)ではこう紹介されている。

「(資本主義社会の象徴だったため、コーヒーは北朝鮮の)一般住民が接することができないものだった。また北朝鮮の住民には(元来)体によいお茶が人気のため、樫の実のお茶、決明子のお茶、セリのお茶、高麗人参のお茶などが好まれてきた」

これが変わってきたのが1990年代だった。

「金正日前委員長(総書記)をはじめとした、中枢の高位関係者や外交官、海外派遣者の間でコーヒーを楽しむ文化が形成された」

この時点ではまだまだ、「高位層の占有物」(同メディア)。しかし、2005年から認知度が変わった。南北の協力により本格稼働した開城工業団地事業がきっかけだった。

「韓国企業側が北の勤労者に提供した『コーヒーミックス(スティック状のインスタントコーヒー。砂糖・ミルク入り)』が北朝鮮では”棒コーヒー”と呼ばれ住民の心を鷲掴みにした。ただし、まだ当時は客の接待や、ボーナスと共に渡されるほどの高級品だった。ケソン工業団地が閉鎖(2013年)した後も、北朝鮮住民の購買力向上に伴い、市場で韓国産の『コーヒーミックス』が取引された」

余談だが、かのドラマ「愛の不時着」にも「棒コーヒー」は登場した。主人公ユン・セリが迷い込んだ小さな村は「開城市近く」との設定だ。

ただし、認知はされど、北朝鮮でのコーヒーはまだまだ高級品には違いない。同メディアは「2010年代初頭から平壌をはじめとする大都市にコーヒー専門店が登場した」。2011年には高級ホテルなどに登場、その後2015年には国際的な窓口となる順安空港に。最近では「平壌だけでなく、平成※と咸興、清津、北部国境地帯である両江の恵山にもコーヒー専門店が登場している」という。※平成=ピョンソン市のこと

その間、2012年には金正恩国務委員長が李雪主夫人と一緒にコーヒーショップに座っている姿が公開された。それ以降、若年層と富裕層を中心に「コーヒーを飲む」が新たな生活様式となった。都市部の大学生カップルはコーヒー専門店で時間を過ごすこともあるという。北でのコーヒーとは「誰もが知っているが、高級品は一部が楽しむもの」なのだ。

2年前の平壌市内の遊園地の売店の風景。店頭にはコーヒーは出ていない。2018年9月、筆者撮影
2年前の平壌市内の遊園地の売店の風景。店頭にはコーヒーは出ていない。2018年9月、筆者撮影

”ミニスカート”取材時に脱北者「それは別に珍しくないよ」

そう考えると、今回の”アイスコーヒー事件”は、「外部に何かを示唆するもの(例えば自らの海外文化との接し方)」か、もしくは最高指導者自身も「あまり何も考えていなかった」か。

筆者は2012年11月に「”北朝鮮のアイドル”、モランボン楽団がミニスカートで公演」という記事を書いたことがある。この際も「新たな文化の流れ」「変化の兆しか」という点が注目された。取材の過程で平壌出身の50代男性の脱北者に話を聞いた。こう言っていた。

「ああいうステージでのミニスカートは北でも別に珍しくないよ。それが国外に出るかどうかに注目したほうがいい」

今回の件も北朝鮮でのコーヒーの位置づけから察するに、「さして驚くことでもない」ということになるか。

ただ、「北の指導者が国家の危機に”資本主義的飲み物”」「衝撃」という捉え方は大げさにしても、最高指導者が公の場で堂々とコーヒーを飲む姿は、国外から見ると資料的価値があるか。今回の件を報じた「国民日報」は「今年の5月2日、順川リン酸肥料工場に姿を表した際にも卓上にアイスアメリカーノが置かれていたが、本人が飲んだかどうかは不明」としている。

ちなみにiPadについては「昨年8月に新たな超大型ロケット発射を参観した際も、ドローン操縦機と推測される装置とともにiPadが発見された」とし、「以前にもアップル社製のノートPCをモニターに使うなど、アップル製品に格別に好む姿を見せてきた」としている。

  • 4年前、国内のミサイル発射場の視察時にMacbookの使用が囁かれた金正恩委員長

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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