「台風10号接近へ」北朝鮮では今夏すでに歴史的水害…豪雨の梅雨、台風2度通過で金委員長「重大な問題」
6日の夜に日本で猛威をふるった台風10号。その後朝鮮半島へと北上し、7日午後には北朝鮮に領域内に到達する見込みだ。
これが国際的にも重大な出来事と見られている。4日、外務省の滝崎成樹アジア太洋州局長と韓国外交部のイ・ドフン朝鮮半島平和交渉本部長が電話で会談した。
今年4月以来の両者の話し合いのメインテーマは、朝鮮半島情勢だった。10月10日に控える朝鮮労働党創建75周年に合わせ開催が予想される軍事パレードと並び、この点についても意見交換がなされたという。
「北朝鮮での台風の被害状況」
日韓の高官による電話会談の議題となるほどに、情勢に影響を与えかねないということだ。
北朝鮮国内は水害に対し脆弱な環境にあり、この対応に追われると、対外関係に力を注げる度合いが変わってくると見られているのだ。何よりも人命や被災状況が大きく心配される状況だ。
台風10号の予想経路を報じる韓国「聯合ニュース」
大被害が予想される理由……すでに最低でも「4度」の災害
北朝鮮は過去、2006年、07年、12年、16年などに水害被害に見舞われた。
2006年時は7日間で500ミリから750ミリの降雨。2016年には8月29日からの台風の到来で国土北東部の咸鏡道を流れる豆満江が氾濫した。14万人が被災し、138人が死亡、400余名が行方不明となった。昨年の台風13号でも民間施設460棟、農作物被害面積456平方キロメートル、死者5名などの被害が出ている(いずれも北朝鮮公式発表)。
過去のデータの多くは台風などの「単発」の被害によるものだ。いっぽう今回は単純に「災害回数」「期間」で見ても、被害は甚大だと推測できる。
7月19日から始まった1ヶ月近い梅雨で少なくとも2度の豪雨、そして8月からすでに2度台風(8号、9号)が通過している。4度の被害に加え、そこに今回5度目の「史上最大レベル」の台風10号が接近する見込みなのだ。
- 北朝鮮での7日の報道の様子を伝える韓国「朝鮮TV」
「北朝鮮の国土は水害に弱い」と言われてきたが、韓国政府側もこれを正式に認めたことがある。2009年の時点で環境庁がこう定義した。
「北朝鮮国土の35%が洪水被害に対して脆弱」
当時研究にあたった韓国環境研究員のミョン・スジョン教授がこう発表した。
「長期の食糧難とエネルギー難のため、段々畑をつくり、燃料をつくる過程での山林生態が深刻なかたちで破壊された。山林の災害緩衝機能が弱くなり毎年洪水被害を被っている」
要は「木を切ってしまったから、山間部に水が蓄えられない」という構造。
この場では政治体制への言及はなかったが、1974年以降、金日成主席が指導した「主体農業」により、国土の山間部の森林を伐採。畑作(いわゆる段々畑)を作っていったという点はよく指摘されるところだ。
では、今年の状況はどうなっているのか。
北朝鮮側による正確な被害状況は「台風9号で数十名の死者」と発表されているのみだ。しかしその危機感は現地の「労働新聞」「朝鮮中央TV」の報道からも伝わってくる。すでに今年4月から水害に関する警戒が行われていたほど。8月下旬にはこれまで北朝鮮ではあまり見られなかった「事実上の生放送による被害現場レポート」があり、23時台にまで及ぶ災害速報も見られた。
現地報道をダイジェストで切り取りつつ、状況のレポートを。
- 8月27日、北朝鮮内の被害状況と北側の異例の報道態勢を伝える韓国「聯合ニュースTV」
梅雨入り前
「労働新聞」ではすでに今年の4月から「夏の水害への準備進む」との報道があった。7月11日には具体的に堤防や排水施設の整備が完了した点を報告しつつ、「警戒を促す報道」があった。
「農業省では昨年の台風13号の被害防止事業での経験と教訓を基盤にし、年始から幹部などを該当地域に送り、洪水や暴雨、風雨などで被害を受けうる危険箇所を訪ね、迫力をもって指揮を行った」
さらに7月13日には「再度引き締め」が。
「国家非常災害委員会で洪水と暴雨、嵐による被害を防ぎ、災害が発生した際の人民の生命・財産を守るための統一的な指示体系を強化していっている」(同)
公式に昨年の「台風13号の被害が甚大だった」ことを認め、党を挙げての災害対策を実施していることを強調した。
梅雨入り後 7月15日~8月15日前後
7月15日頃から19日頃の間に、全土で梅雨が始まった。ここでもさらなる警戒があった。
「この先どんな地域でいつ暴雨が降り、突風が吹くかわからない」(「労働新聞」)
「洪水と暴雨、嵐による被害から農作物を保護することは一年の農事の成敗を左右する重要な問題」(同)
「各地の農業部門の幹部と勤労者たちは献身的な努力により全般的に大丈夫だと言える状況を作っている」(同)
過去の水害でも農作物への甚大な被害があり、この点への言及が多く見られた。またこの段階で対策について「大丈夫」「強く進めている」と言いながらも後に被害が相次いでいる点は、当局側の心境に影響があったか。
さらに23日には「今年初の災害性風雨」予報が。不安が的中するときがついに来たのだ。
「国内最大の稲作地帯黄海南道南部に150ミリ、江原道の東海岸沿いに250ミリの降水予報」(「労働新聞」)
8月1日からは2度目の豪雨に見舞われた。
「1日から4日まで平安北道ヒャンサン、慈江道ヒチョン、平安南道ドクチョンを始めとした清川江領域と大同江流域など、様々な地域で暴雨を伴う300~500ミリの非常に多くの雨が降ると思われる」(ラジオ局「朝鮮中央放送」)
4日から5日にかけては、この間の豪雨被害の状況が明らかに。
「1時間あたり40ミリの豪雨」、「大同江(平壌市内にも流れる河川)に洪水警報」(「朝鮮中央TV」など)
8月5日には韓国メディア・聯合ニュースが「北朝鮮の梅雨、18日目」との記事を配信した。
「警告水位超過、放水量増える。最大の稲作地帯、黄海北道と黄海南道に大量の降雨」
これは韓国メディアが「13年前のデジャブ」と報じるほどの重大な出来事だった。韓国も同様に水害が広まっていくなか、北でも事態が深刻になっていく、との見方が強まってきたのだ。
8月9日からは最初の被害に対しての復旧活動が始まった。各地の被災地に軍が投入されたとのニュースが。
「到着した人民軍軍人は背嚢(リュックサック)を降ろすとすぐに道路復旧と堤防の補修、地帯の整理に進入した」(「労働新聞」)
8月11日には今後への対策も発表に。度重なる暴雨に対し「気象水文局(気象庁)」の役割を強化し、強い権限を与えた。15日には韓国メディアが「梅雨終わる」と報道。北側からの発表はないものの、韓国気象庁が「朝鮮半島の中部の梅雨明け」を発表したゆえ、この前後に北朝鮮でも同様に明けたと見てよい。ちなみに同様に豪雨の被害に見舞われる韓国では今年の梅雨は54日間の長期に渡った。
北朝鮮では梅雨の間にも少なくとも2度豪雨の危機があった。ただ、この間の被害の状況については、韓国の「聯合ニュース」が「北は水害の様子、被災者の様子は報じず」とした。
台風8号
梅雨明け後、1週間ほど小康状態を保ったが、8月23日から台風の到来が報じられ始めた。
「27日に台風8号到来予報」(朝鮮中央TV)。台風事態の規模は大きくないと予想されたが、長続きした梅雨の後の台風ゆえ、朝鮮中央TVは「崖崩れ」の心配に言及。
「過去の台風被害の教訓を一瞬でもなおざりにしたのなら想像できない人的・物的被害を受けることになる」
- 8号では国土の西側、農業地帯に被害が及んだ。北メディアの報道を伝える「聯合ニュース」
8月25日には、台風8号が到来。翌26日には金正恩委員長が政治局の拡大会議で新型コロナウィルスの問題と合わせ台風の対策を議論した。
「台風による人命被害を最大に防ぎ、農作物の被害を最小化することは人民の運命に責任を負う我々党にとって一瞬もおろそかに出来ない重大な問題」
さらにこの日、台風8号が平壌近くに接近。23時台まで緊急速報体制に。韓国「聯合ニュース」は状況をこう報じた。
「朝鮮中央TVは26日午前10時50分から台風特集放送を編成してバービー(台風8号)の移動経路を示す一方、徹底した対応に乗り出すことを要請した。中央TVが、平日の午前から正規放送を行うのは異例のことだ。通常、中央TVは平日の午後3時から、日曜と祝日は午前から通常放送を開始する。また毎月1、11、21日にも、例外的に午前から放送を行う」
- 北朝鮮の緊急報道態勢を伝える韓国の「YTN」
この頃になると、韓国側でも被災地に関する支援はどうなるのか、という点が論じられてきた。災害とは直接関係ないものの、24日には南北で進めてきた「北の酒類と韓国の砂糖の物々交換」も国連の対北経済制裁処置に反するというニュースが報じられたりもした。
しかしこの折、8月27日に北朝鮮側から「他者に頼らない」との姿勢が発表になった。
「今、我々は日ごとに厳重になる保健危機(新型コロナ感染拡大)により国境を鉄桶のように封鎖し、敵対勢力の悪辣な挑戦をぶっ壊しながら革命的進軍の歩幅をより大きく踏み出さなければならない条件と環境に直面している」(「労働新聞」社説)
水害に関する直接的な言及はなかったが、韓国の「聯合ニュース」は「コロナ・水害の危機に処する覚悟を示した」とした。
8月28日、台風8号が過ぎ去った後に金正恩委員長が黄海南道を視察。「思ったよりも被害は大きくなく本当に幸い」と発言した。その一方で、30日には黄海南道の台風被害に対し、党中央委員を総動員して対策に当たることが発表になった。
台風9号
31日には早くも次なる「台風9号」の北朝鮮上陸予報が出た。9月3日にはその「9号」が上陸。「朝鮮中央TV」は北朝鮮では異例とされる事実上の生放送で被害状況を伝えた。そこでは東海岸に位置する元山市内が浸水している様子が伝えられた。
その後「災害対策が不十分」として江原道、元山市の責任者に処罰が下され、6日には国土西部の咸鏡道の党委員長が解任となった。金正恩委員長は被災地の咸鏡道に出向いて党中央委員会政務局拡大会議を招集。地方での同会議の開催もまた異例だという。
- 「KBS」は9号の国土東部への襲来を伝える北朝鮮メディアの様子を報じた。
こういった状況下で「今年5度目」の水害誘発の要因となる「台風10号」が7日午後に上陸の見込みなのだ。7日の朝鮮中央TVは「規模が非常に大きく、東海岸の大部分の地域に爆風を伴う大量の雨が降る」と予報を出した。
また7日、韓国の「聯合ニュース」は同日に韓国統一省の主催で行われた「韓半島国際平和フォーラム」にオンライン出席した国連のアントニオ・グテーレス事務総長のコメントを紹介した。
「北朝鮮に対話の再開を要求したい。朝鮮半島が直面する伝染病、洪水、台風や別の問題による困難は南と北が共に克服することが重要だ」