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イラク:南部の湿地で悲劇的環境問題発生の恐れ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イラク南部のマイサーン県の河川で、「数トンもの」小魚が死に、河岸に打ち上げられた。イラク当局は原因究明のための調査に着手したが、原因はイラクでの干ばつと関係しているかもしれない。専門家は報道機関に対し、夏季の気温の上昇による蒸発の増加により、川の水の酸素濃度の不足や塩分濃度の上昇が起きると述べた。マイサーン県の環境や湿地を担当する部局によると、現地調査では酸素濃度が0%になり塩分濃度が上昇していた。現地調査の参加者は、小魚の大量死が起きた水域には9種類の魚が生息しており、魚の死亡は現在も続いていると指摘した。調査団は、毒物が原因かどうかの調査のため水と魚のサンプルを複数の実験施設に送付する予定だ。なお、現地の漁師の一部は、毒物を用いて魚を捕ることもある。この地域の河川や湖沼の塩分濃度は急激に上昇しており、農業用水として使用できないほどになっている。この状態で農民が灌漑を続けると、土壌の破壊が起きる。また、水が汚染されている危険性もあり、死んだ動物を解剖した結果、水だけでなく動物の死体の汚染物質の濃度も上昇していた。

 イラクの水資源省は、4期連続の干ばつのせいで現在は非常に困難な状況にあるとの認識だ。水資源省は水不足対策として、コメなど多くの水を必要とする農作物の作付け制限、西部や南部の砂漠地帯に取水・貯水用のダムを建設すること、地下水の農業利用、無認可の魚養殖池の埋め立て、ユーフラテス川に設置されている無認可ポンプの撤去、(バグダード北西にある)サルサール湖からの放水増加、灌漑用の水車の改良による損耗の削減を行っている。ダム建設などの経費は、先般国会で議決された2023年からの3年度連続の予算に計上されているそうで、過去数年の政治の混乱や党派対立が、壊滅的な環境問題が発生する可能性をも上昇させた形だ。

 イラクの環境団体は、水不足は年来の問題だったにもかかわらず、問題を天候任せにし、隣国との交渉に取り組まなかったとしてイラクの当局を批判した。この団体によると、イラクの貯水量は2009年以来急速に減少しており、今期は1000億立方mも不足している。また、河川と湖沼の推移の減少も著しく、バスラ、マイサーン、ジー・カール県にまたがるウスター湖の水面は、過去3カ月で海抜マイナス85cmにまで低下した。この団体は、トルコをはじめとする隣国に対しイラク向けの放水量を増やす交渉に真剣に取り組まなくては、来季の状況はさらに悪くなると予想した。

 イラクでの干ばつとそこから生じる環境問題は、過去数年ずっと問題となってきたものだ。しかし、イラクの政治の混乱もあり、本格的な対策は講じられてこなかったようだ。トルコやイランのような水源地となる隣国にとっても、自国の水源確保が優先となる以上、イラクで問題が深刻化しても自国の取水分を犠牲にしてまで対策に協力するのは簡単ではないだろう。チグリス川、ユーフラテス川流域の地域の今期の降水量は、過去数年に比べればずいぶんマシなように見えるのだが、本稿で参照した報道はいずれも流域の人口増加や水需要の増加について触れておらず、「天候任せ」では河川や湖沼の死滅や環境上の悲劇といった刺激的な見出しの記事が減ることはなさそうだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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