市川雅統「サガ」シリーズPが、ゲームIPのブランディングで大切にする「何か面白そう」の原点
ゲーム×YouTube、Twitter、テレビ番組、オーケストラコンサート、舞台、リアルな世界との融合で、その世界観を幅広い層に訴求
30年以上の長きに渡り愛されている、スクウェア・エニックスの人気RPG「サガ」シリーズ。そのプロデューサー・市川雅統氏は、ゲームの開発・運営に加え、昨年10月に開設した公式YouTubeチャンネルやTwitter、そしてテレビ番組(BSフジ)、舞台、オーケストラコンサートなど、多角的なマーケティング施策でブランディングに注力し、リアルな世界との融合で、ゲームの世界観を幅広い層へと訴求することに成功している。常に新たな驚きを提供しながら新規ユーザーを獲得し続け、この“ブランド”を更新し続けている。
そんな市川氏にインタビューし、ゲームとリアルな世界をどう交差、融合させ、ユーザーにアピールするのかを聞かせてもらった。まずは6月1日からスタートした、山崎まさよし氏出演の『ロマンシング サガ リ・ユニバース』の3.5周年記念新CMについて――。
『ロマサガRS』3.5周年記念TVCMに、“象徴”山崎まさよしが登場
山崎まさよし×スマートフォン向けアプリゲーム『ロマンシング サガ リ・ユニバース』のCMは、2020年に同ゲームの2周年を記念した“ロマサガ RS ロマサガファンに。篇”をオンエアした。山崎氏は2005年発売のゲーム『ロマンシング サガ -ミンストレルソング-』(以下ミンサガ)のオープニング曲「メヌエット」を手がけており、その時以来のコラボになった。そして今回の最新CMでは山崎氏の出演だけでなく、CM曲として「メヌエット」が使われており、ゲームファンから歓喜の声があがっている。
「2年前のCMでは山崎さんにあの『One more time, One more chance』を弾き語りで歌っていただきました。<いつでもサガしているよ>と言葉遊びだったのですが、その時サガファンの方を「“ミンサガ”の曲じゃないのか」とか「“ミンサガ”の発表とかないんだ」とちょっとざわざわさせてしまって(笑)。でも2020年の時から今回のCMの構想はあったので、あれは今回のミンサガのリマスター版発売への伏線だったんです。今回のCMではミンサガの象徴的存在として山崎さんに『メヌエット』を歌っていただき、今年に繋がっていて『なるほど、こういうことだったんだね』とみなさんに納得していただけると思います。さらにYouTubeの“サガ公式チャンネル”で生放送のMCをやっていただいている、ファンの中では“ロマサガRS”を象徴している存在の芸人、ペンギンズ・ノブオさんにも出演していただいています。山崎さんには6月に開催する『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022』にもご出演いただくことになっています」。
『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022』、6月4日大阪、8月21日東京で開催
“吟遊詩人”をテーマに書き下ろした「メヌエット」は、“ミンサガ”の世界観を見事に体現した楽曲で、ファンが多い人気曲だ。そんな山崎氏も出演する「ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022」が6月4日大阪・ザ・シンフォニーホールで行われる(8月21日東京芸術劇場コンサートホールは出演調整中)。伊藤賢治(「サガ」』シリーズや「聖剣伝説」シリーズなど数々の名作で音楽を手掛けた作曲家)が作曲した「ロマンシング サガ」シリーズの人気楽曲をオーケストラアレンジで楽しめる。ゲストは岸川恭子氏とKOCHO氏が出演(山崎氏のみ東京公演は出演調整中)。昨年は有観客でのコンサートが中止になり、無観客でオンライン配信で行われた。市川氏はゲーム音楽の立ち位置も変わってきていると実感しているという。
「ゲーム音楽の立ち位置みたいなものが、すごく変わってきていると感じていて、再評価されオーケストラコンサートもすごく増えてきたのは、ここ10年位だと思います。それが昨年の夏、国際的なイベントの場で、サガの楽曲も含めて色々なゲーム音楽が使用されたことにつながっていると思います。「サガ」シリーズも最近はこういう感じで盛り上がっていますが、2005年に発売された『ロマンシング サ・ガ』のフルリメイク作品『ロマンシング サガ -ミンストレルソング-』から、2016年発売の『サガ スカーレット グレイス』まで、なかなか新作のゲームが出ず、話題も少なかった空白の期間がありました。でもそんな時も作曲者の伊藤(賢治)さんが、定期的にライヴをやっていました。そのライヴを観に行ったら大勢のファンがいて。求められているのに、ファンに対して、コンテンツなりプロダクトなり商品なり、サービスなりイベントなりが届けられていないんだと強く思いました。それでひとつずつ昔の作品をリマスターしたり、スマホのゲームにしていったり、こういうコンサートもそういう思いで始めました」。
「初のオーケストラコンサート『サガ オーケストラ コンサート2016』は最初で最後だと思い、臨んだ」
初のオーケストラコンサート『サガ オーケストラ コンサート2016』(東京・Bunkamuraオーチャードホール)が行われたのは、10数年ぶりの新作『サガ スカーレット グレイス』が発売される直前だった。この時は特別な思いで開催に臨んだと振り返ってくれた。
「スタッフ全員が、何年もIPが止まっていた時期を知っているので、セールス的にも会社のIP的にも大きなイベントをやれるのは、最初で最後かもしれないと思っていたと思います。これが最後のつもりで全力でやろう、だから同窓会的なものにしようと、ゲストにもたくさん来ていただき、楽曲もとにかく詰め込んで、燃え尽きる感じでやらせていただきました。結果的に大盛況で本当に嬉しかったです」。
その2年後の2018年『ロマンシング サガ リ・ユニバース』が大ヒットに。
「伊藤さんのライヴで感じた、ファンの方の熱や思いはやはりとてつもなく大きいものだということが証明されました。オーケストラでやらせてさせていただいたのも、その譜面が残っていたら、いずれ自分たちがいなくなった後でも、誰かがオーケストラコンサートを継いでくれるかもしれない、だったらなるべく曲を詰め込んでおこう、というノリでした。でも、もう少し1曲1曲をフィーチャーしたコンサートができると、ファンの方に喜んでもらえるかもしれないと思い『ロマンシング サガ オーケストラ祭』を2020年にスタートさせました」
「何百人、何千人のサガのファン、もしくは音楽ファン、その周辺にいるファン、色々なファン層の人たちが集まるコンサートは、リアルなマーケティングができる大切な場」
このコンサートはファンのリアルな動向、表情みることができる貴重な、大切な時間であり“場所”だと市川氏は言う。
「30年以上続いているシリーズなので、ファン層が幅広くて、そういう人たちが一堂に会する場所というのは、ファンの方々にとっても楽しいと思います。我々も、当然プロモーションの視点もありつつ、ファンの方を直接見ることができるタイミングというのは、すごく重要だと思っていて。かっこいい言い方をすると、マーケティング的にすごく参考になるというか、腹に落ちるというか、こういう人たちに向けて、商品を作ればいいんだということが、わかりやすくダイレクトに伝わってくるというか。例えばユーザーリサーチしたり、グループインタビューとかもやったことがありますが、正直、あまりみえてきません(笑)。何となくはつかめるのですが、でもそれより何百人、何千人のサガのファン、もしくは音楽ファン、その周辺にいるファン、色々なファン層の人たちが集まるイベントの方が、自分にとってこれからのクリエイティヴの参考になります。デジタルのゲームを作ったり、Twitterばかり見ていると『どういう人たちがこのゲーム楽しんでくれてたんだっけ?』という原点を見失うことが時々あります。だから、チームのスタッフもコンサートには全員来てもらい、感じてもらいます」。
「自分がサガというIPを通してオーケストラや、舞台について面白さを知ることができたので、ゲームをプレイしてくださっている人にも、その面白さ、楽しさを知って欲しい」
コンサートのみならず舞台へも進出した。2017年「ロマンシング サガ THE STAGE ~ロアーヌが燃える日~」、2018年「SaGa THE STAGE ~七英雄の帰還~」(佐藤アツヒロ初演出)だ。
「スマホのゲームをプレイしている人、コンソールのゲームをプレイしている人、その音楽のコンサートに来ている人、舞台を観に来てくれる人、少しずつ違います。それが面白い。舞台は半分ぐらいがサガのファンではなく、役者さんや佐藤アツヒロさんのファンで、そういう方たちの中にはサガを知らない方もいるわけです。でも何か面白そうなゲームだなって思ってくだされば嬉しいです。僕はやっぱりゲーム側のファンの人の動向が気になりますが、ゲームのファンの人が、その役者さんのファンになって、その人の別の舞台を観に行ったりする。それがエンターテイメントの楽しみ方だと思います。僕もサガというIPを通して、オーケストラや、舞台について面白さを知ることができたので、ゲームをプレイしてくださっている人にもその面白さ、楽しさを知って欲しいんです」。
「自分たちがふだん接しない人たちに、話題を届けていくことを続けています」
現在44歳の市川氏は、小学生の時にゲームボーイでサガをプレイし衝撃を受ける。大学に入ってから、ゲームの企画コンテンストでゲームを作ったこともあったが、入社後は、自分が作るよりもプロデュースしている方が合っていると思い、さらに「天才すぎる」(市川)、「サガ」シリーズの生みの親・河津秋敏氏に出会い、その思いをより強くする。
「ゲームの中身は河津さんのようなクリエイターさん達にお任せして、僕はそのIPをどう展開していくか、どこまで強さを持っているのかを追求していくのが仕事だと思っています。これまでお話させていただいたように、ファンをきちんと維持するコンサートを始めとする施策や、BSフジさんとテレビと連動してYouTube番組を作って、コアなファンだけではなく少し幅を広げたところにもきちんと届けていくとか、色々な切り口で攻めることを考え、実践しています。佐賀県とのコラボもそうですが、話題作り、自分たちがふだん接しない人たちに、話題を届けていくことを続けています」。
「TM NETWORKに感じていたワクワク感が、今の仕事の原点」
「あそこ、何か面白いことしてそう。そういう雰囲気を出したい」という市川氏は学生時代からTM NETWORKの音楽にはまり、TMが次々と提示した「何か面白そう」というあの空気がいつも楽しみで、そこにプロデューサーという仕事の原点があり、TMそして小室哲哉に影響を受けている。
「『何か面白そう』ってどうやって作るんだろうということが、自分の仕事の真ん中に存在するものですが、僕はまさにTM NETWORKにそれを感じていました。当時はゲームボーイもそうなんですが、新しいテクノロジーで新しい未来を見せてくれるものに、山口県の田舎で育った子供にはすごく憧れがあって。TMはシンセサイザーで新しい音楽を作ったり、とにかくワクワクしました。小室哲哉さんのプロデュースってすごいなと思っていて。楽曲も素晴らしいのですが、とにかく話題作りがうまいんです。『CAROL』(1988年)というコンセプトアルバムがあって、「書籍(原作:木根尚登)」「音楽(アルバム)」「ステージ」で、"CAROL"というストーリーを展開するという、当時としては画期的なメディアミックス型の戦略をとっていました。ロンドンでレコーディングをしたり、ミュージカルのようなライヴをやったり、今は珍しくないかもしれませんが、当時は全てが新鮮ですごい情報量で、田舎の少年には衝撃的すぎました(笑)。アーティスト名をTM NETWORKからTMNへと変更するリニューアル宣言記者会見を開いたり、その打ち出し方が本当にうまくて。でもそれが凄く楽しかった。次は何をしてくれるんだろうって躍らされているのが楽しかったんです」。
忘れられない小室哲哉の言葉
市川氏は小室哲哉が本の中で語っていたことで、今でも忘れられない言葉がある。
「TM NETWORKと小室さん関連の本はほとんど読んでいて、小室さんが何かの本の中で『15万人ぐらいは僕のファンがいて、例えば消しゴムを発売してもその人たちは買ってくれるんだけど、それでいいんだっけ』というようなことを言っていて。すごいこと言うなって思って(笑)。でも、確かに僕も当時、小室さんの消しゴムが出たら買うかもって思いました(笑)。その後、trfとか“次”に向かっていくんです。絶大な人気を誇った当時から『それでいいのかな』って言っているのがすごいと思いました。自分に置き換えるとシチュエーションは同じだと思います。パイを広げるには、IPを広げるには、ヒット作を出すにはどうしたらいいか、ということをずっと考えています」。
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