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作り手のエンタメ魂が光った、阿部寛主演『スニッファー 嗅覚捜査官 スペシャル』

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

嗅覚捜査官って何だ!?

これまで映画やドラマには、「灰色の脳細胞」から「富豪」まで、異能の探偵や刑事がたくさん登場してきました。しかし、「匂い」で捜査するというのはかなり珍しいのではないでしょうか。2016年秋のNHK土曜ドラマに初登場した『スニッファー 嗅覚捜査官』です。

超人的な嗅覚をもつ華岡信一郎(阿部寛)が、犯行現場などに残された匂いを嗅いで特定し、警察と共に犯人を追いつめる異色サスペンス。今月21日夜に放送されたのは、スペシャル版の新作でした。

主人公の華岡は、なんと800以上もの匂いを嗅ぎ分けることが可能です。その能力を生かして、コンサルタントとして犯罪捜査に協力しています。相棒となるのは特別捜査支援室の小向刑事(香川照之)。土曜ドラマの際には、元自衛官による狙撃事件や新興宗教幹部を狙った連続殺人などを解決してきました。

まずは、華岡の嗅覚がすごいのです。何のデータもない相手でも、発する匂いで人物像のプロファイリングができてしまう。

また犯罪現場に立ち、鼻から空気を吸い込めば、どんな人物が何をしたのか、的確に言い当てます。「私、失敗しないので!」はドクターXこと大門未知子のキメ台詞ですが、華岡のそれは「俺の鼻は間違えない!」です。

原作は、ウクライナで制作されたドラマ『The Sniffer』(これも面白いです)。脚本の林宏司さん(『ハゲタカ』『医龍』など)は、原作にオリジナル要素を加えながら、舞台をうまく日本に移し替えています。嗅覚を保護するために華岡が装着している、あの印象的な「鼻栓」も日本版ならではのアイデアの一つでした。

帰ってきた嗅覚捜査官

今回のスペシャル版では連続殺人事件が発生し、例によって華岡が特別捜査支援室の小向から呼び出されます。被害者の遺体を調べるうちに、前の事件の「犯人」が、次の事件の「被害者」となっていることが判明します。この連鎖は、意外性のある巧みな設定です。

しかも彼らは過去の薬害事件に関係していました。開発中だったガンの新薬が、効果を確かめるために無断で患者に投与されていたのです。そして当時、製薬会社も厚生労働省も責任をとろうとはしませんでした。

前述のように、元々はウクライナのドラマが原作ですが、今回は林宏司さんが書き上げた「完全オリジナル」です。

刑事である小向が拉致されたり、薬害事件の黒幕が次の総理を狙う元厚労相(西村まさ彦)だったり、警察庁の女性キャリア(波瑠)や元同僚の研究者(松尾スズキ)などエッジの効いたキャラクターが登場したりと、複雑で厚みのある物語になっていました。

特に主演の阿部さんと相棒役の香川さん、この2人の丁々発止のやりとりは一昨年以上に絶好調です。さらに8Kカメラで撮影された、美しくて凝った映像が見事でした。また岩崎太整さんによるジャズ風の音楽も、この映像に負けない切れ味のよさです。

無駄なカット、凡庸なカットが一つもない演出は、『ハゲタカ』『外事警察』などの堀切園健太郎ディレクターでした。いい意味で外連味(けれんみ)たっぷりのドラマ作法は、TBS日曜劇場『半沢直樹』シリーズの福澤克雄ディレクターに通じるものがあります。良質なエンターテインメントとしてのドラマに、抜きんでた作り手の存在は欠かせません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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