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「テロ支援国家」スーダンはなぜイスラエルと国交正常化するか

六辻彰二国際政治学者
スーダン・イスラエル国交正常化について話すトランプ大統領(2020.10.23)(写真:ロイター/アフロ)
  • UAE、バーレーンに続き、スーダンもイスラエルと国交を正常化するとトランプ大統領は発表した
  • イスラーム圏でイスラエルを承認する国が増えれば、中東和平に道筋をつけられるとトランプ大統領は強調する
  • しかし、それはスーダンにとってリスクが高いもので、アメリカにつき合わされた結果といえる

 スーダンがイスラエルと国交を正常化することは、中国寄りの「独裁者」の支配からようやく抜け出したスーダンが、今度はアメリカ大統領選挙のあおりを受けた結果といえる。

アメリカにつき合わされたスーダン

 トランプ大統領は10月23日、スーダンがイスラエルと国交を正常化すると発言。9月のアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンに続き、スーダンがイスラエルと外交関係を樹立することで中東和平が前進すると主張し、仲介した自らの成果を誇った。

 イスラエルとアラブ諸国は、パレスチナの領有をめぐって長年対立してきた。アラブ諸国の間からイスラエルと国交を樹立する国が増えることで、中東におけるイスラエルの孤立が解消されるのは間違いない。

 それを仲介したことで、大統領選挙が大詰めを迎えるなか、トランプ大統領は外交面でポイントをあげたといえる。

 一方、大得意のトランプ大統領とは裏腹に、スーダンは大きなリスクを背負うことになった。イスラエルに譲歩することは、イスラーム世界において「裏切り者」の誹りを受けやすいからだ。

 パレスチナのアラブ系住民はイスラエルに軍事力で支配されている。この状況で、イスラエルを支援するアメリカの仲介で国交を正常化することは、イスラームの同胞、アラブの兄弟を見捨てることにもなる。

中国寄り「独裁者」の清算

 それでは、なぜスーダンはトランプ大統領につき合うのか。そこには、現在のスーダンが中国寄りだった前政権の遺産を清算しなければならないことがある。

 スーダンでは2019年4月、約30年にわたって権力の座にあったバシール大統領が失脚した。原油価格の下落などによる生活苦が広がり、抗議デモが活発化するなか、軍の一部が離反した結果だった。

 バシール大統領の在任中、スーダンはアメリカと敵対し、「テロ支援国家」にも指定されていた。これに対して、バシールは中国に接近し、アメリカからの圧力から身を守ろうとした。その見返りに中国はスーダンの油田開発で大きなシェアを握り、同国産原油の多くが中国に向けて輸出されたのである。

 しかし、スーダンの油田の多くを占めていた南部が、30年以上の内戦を経て南スーダンとして2011年に独立するや、中国はスーダンへの関与を控え、南スーダンへのアプローチを強めた。バシール失脚にも中国は目立った反応を示していないが、その大きな原因の一つは、油田の多くを失ったスーダンに、もはやかつてほどの利用価値を見出していないからだろう

アメリカとの交換条件

 中国からの援助や投資が減少するなか、スーダンはアメリカなど西側との関係改善に着手してきた。

 バシールが失脚した後のスーダンでは、旧軍事政権と民主化運動がそれぞれ代表を出し合う暫定政権が昨年7月に発足。2022年には選挙が実施される見通しだ。

 スーダン暫定政権は昨年11月には服装(外出時のスカーフ着用やパンツルック禁止など)や行動(家族・配偶者以外の男性との外出禁止)など、女性の権利を事細かに規制していたバシール政権時代の法律が撤廃され、今年7月には古くからの習慣である女性器切除が法的に禁じられた。これらはいずれも、西側に接近する必要性によって後押されたといえる。

 人権状況の改善をいわば手土産とする暫定政権に対して、トランプ大統領は10月19日スーダンを「テロ支援国家」から除外する方針を示した

 それからわずか4日後、スーダン暫定政権ではなくトランプ大統領が「スーダンとイスラエルの国交正常化」を発表したのである。ここからは、スーダンがアメリカとの関係改善の引き換えに、イスラエルとの国交正常化に向かわざるを得なかったことがうかがえる。

「国民に殺されるかもしれない」

 この取り引きはスーダン暫定政権にとって、外交的に必要だったとしても、国内的には大きなリスクを抱えたものだ。

 実際、トランプ大統領の発表直後、スーダンの首都ハルツームでは抗議デモが発生し、参加者がイスラエルの国旗を燃やして国交正常化に反対した

 先述のように、聖地パレスチナの帰属が絡むパレスチナ問題でイスラエルに譲歩すれば、イスラーム世界において「裏切り者」とみなされやすい。それは「イスラームの盟主」を自認するサウジアラビアでさえ例外ではなく、同国の事実上の最高権力者ムハンマド皇太子は「もしイスラエルと国交を正常化したら自分は国民に殺されるかもしれない」と述べている。

 ムハンマド皇太子は以前から、宿敵イランへの包囲網を強化するため、イランを同じく敵視するイスラエルに秋波を送り、アラブ諸国にイスラエルとの国交正常化を促してきた。そのなかには、バシール政権末期、中国との関係が怪しくなって以来、サウジアラビアとの関係を深めてきたスーダンも含まれる。

 しかし、そのムハンマド皇太子でさえリスクが高いのだから、生まれたてで権威が確立され切っていないスーダン暫定政権が国内から多くの非難や罵倒に直面することは想像に難くない。それは端緒についたばかりのスーダンの民主化を危うくするものでもある。

大国の踏み台となったスーダン

 しかも、それは暴力の蔓延を促しかねない。

 スーダン国内では、バシール政権のもとで庇護されていたイスラーム過激派が暫定政権に移行した後も勢力を温存させ、再起を図っているイスラエルとの国交正常化は、これらにテロ活動を正当化する口実を与えるものだ

 折しもパリで「表現の自由」と「宗教の尊厳」が再び問題として浮上し、イスラーム過激派が活性化しかねない状況にある。

 しかし、それはアメリカにとって大きな問題にはなり得ない。民主化や人権尊重を口にしていても、アメリカにとってはその国がアメリカに敵対しないことや、イスラエルを承認することの方が、はるかに優先順位が高い。逆に言えば、これらの条件さえ満たせば、たとえ事実上の軍事政権であってもアメリカが問題視しないことは、スーダンの隣のエジプトをみればわかる。

 中国寄りの「独裁者」を打ち倒した後も、スーダンが大国の動向に左右されることに大きな変化はないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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