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シーズン最後の活躍をする津軽鉄道のストーブ列車で見たホスピタリティー

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
走行距離20km、片道45分の旅でいまどき貴重な車内販売が体験できるストーブ列車

今では全国区、いや、世界的に有名になった青森県の津軽鉄道を走る「ストーブ列車」。

毎年12月から3月の冬期間限定で走る列車ですが、今シーズンはいよいよ31日で最終運転となります。

東京では桜の開花が伝えられる季節になりましたが、平成最後のストーブ列車に乗ってきました。

その名乗り車内に石炭を焚くだるまストーブが設置されている「ストーブ列車」
その名乗り車内に石炭を焚くだるまストーブが設置されている「ストーブ列車」

なぜ、列車にストーブがあるのか?

列車の中にストーブがある。

今の時代ではほとんど見られなくなったシーンですが、津軽鉄道では「当たり前」の光景です。

その理由は車両に暖房装置が完備されていないからです。

今シーズンの津軽鉄道のストーブ列車に使用される車両は2両。

1両はオハフ33形(1948年、昭和23年製)、

もう1両はオハ46形(1954年、昭和29年製)、

どちらも旧国鉄で青森と上野とを結ぶ急行「津軽」などに使用されていたものを1983年(昭和58年)に津軽鉄道が払い下げを受けた車両です。

昭和20年代の国鉄の長距離列車に使用されていた車両は、今の電車やディーゼルカーのように車体の下に動力装置を持っているタイプと違って、貨物列車と同じように動力を持っているのは先頭に付いた機関車のみで、後ろに連結されているのは動力を持たない客車でした。

当時の機関車は蒸気機関車が主流でしたから、後ろの客車の暖房は、先頭の機関車から供給される蒸気をパイプを伝って客車に配給する方式でした。蒸気機関車以外のディーゼル機関車や電気機関車には、機関車本体に蒸気発生装置が搭載してあり、蒸気機関車と同じように機関車から客車へ暖房用の蒸気を供給していました。

ところが、その当時でも、1つの列車に客車と貨車の両方を連結して走る混合列車と呼ばれる編成で運転するときなど、機関車と客車の間に貨車が入ったりすると暖房用の蒸気が供給されなくなりますから、そういう列車には客車の中に石炭ストーブを設置して暖房としていました。

国鉄から払い下げられた客車には電源や発電機は付いていませんし、その客車を引っ張る津軽鉄道の機関車や動力車には蒸気発生装置や給電装置がありませんので、津軽鉄道では車内にストーブを配置しているのです。

今のように、お客様が乗る車両に電源や発電機が当たり前のようにある時代から見ると考えられないことですが、津軽鉄道のストーブ列車はそういう昭和20年代~30年代の貴重な車両を使用する今の日本では「ここだけ」の車両なのです。

よく見ると客車の屋根には煙突が付いて煙が上がっています。
よく見ると客車の屋根には煙突が付いて煙が上がっています。

ストーブ列車のおもてなし

筆者が取材で訪問したのは3月18日。すでに雪解けも進み、地吹雪の時期ではなくなっていましたが、ストーブ列車の暖を楽しむには「程よい寒さ」の日でした。

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始発駅の津軽五所川原駅でお客様のお出迎えをする津軽鉄道の皆様。

中央は澤田長二郎社長さんです。

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ストーブ列車の車内に入るとさっそくアテンダントさんがお出迎えです。

津軽半島観光アテンダントの小枝美知子さん(右)と斉藤しのぶさん(左)。

走行距離20.7km、所要時間45分の津軽鉄道で、しっかり車内販売を行っているのは立派です。

ローカル線というのは運賃収入以外に記念品やグッズなどを販売して増収しなければなりませんから、そのためには車内販売というのも大切なツールなのですが、津軽鉄道の車内販売は単なる増収のためのものではなく、1つの旅行体験を買うという「コト商品」です。

販売商品のメインはスルメイカ。

そのスルメイカを車内で購入すると、アテンダントさんが石炭ストーブで焼いてくれるんです。

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お客様が購入されたスルメをアテンダントの小枝さんが手際よくストーブで焼いてくれます。
お客様が購入されたスルメをアテンダントの小枝さんが手際よくストーブで焼いてくれます。
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3月も後半になり平日でしたので1両に乗車しているお客様は10数名程度と少なめでしたが、ほとんどすべてのお客様が車内販売のワゴンを呼び止めてスルメイカや地酒などを購入していました。

今だけ、ここだけ、あなただけ

観光でお金を使いたくなる顧客心理をくすぐる言葉。

「今だけ、ここだけ、あなただけ」

津軽鉄道のストーブ列車では車内販売そのものが一つのイベントになっているのですね。

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もちろん筆者も車内販売で各種おみやげ品を購入させていただきましたが、どれもここじゃなければ買えないような商品ばかりでした。

ちなみに、津軽鉄道の車内で販売しているスルメですが、お値段は1つ500円。

今シーズン何枚売れたのか、商品を納入している地元の市場の業者さんに聞いたところ、12月~3月までで5800枚とのこと。

500円のスルメが5800枚。一冬にスルメだけで300万円近くのお金が落ちていることになりますから驚きです。

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スルメを焼く手を止めてアテンダントの小枝さんが一人旅の若者に話しかけています。

聞けばこの方は愛知県出身で日本全国をヒッチハイクで旅している大学生の水谷元春君(19)。

「え~、ヒッチハイクで旅してるの? すごいねえ。」

見ると手元には1冊のスケッチブックが。

「これですか? これは車に乗せてもらうためのメッセージなんです。」

スケッチブックを広げて「五所川原」を見せる水谷元春君
スケッチブックを広げて「五所川原」を見せる水谷元春君
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そのシーンをアテンダントの小枝さんや他のお客様もさっそく撮影。

ストーブ列車の車内に一つの世界が出来上がった瞬間です。

この車内には台湾から来た一人旅の女性も乗車していましたが、オーストラリアに留学経験のある小枝さんが流暢な英語で対応。

きちんと多言語化対応できているのがいまどきのローカル線です。

「今だけ、ここだけ、あなただけ」の体験が日本人だけでなく、海外からのお客様にも共有されている仕組みがしっかり整っていました。

終点の津軽中里は金多豆蔵(きんたまめじょ)の町。
終点の津軽中里は金多豆蔵(きんたまめじょ)の町。
ちょっと微妙なネーミングですが、昔話を伝える人形劇の人形たちがお出迎えしてくれます。
ちょっと微妙なネーミングですが、昔話を伝える人形劇の人形たちがお出迎えしてくれます。
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津軽鉄道を往復乗車して始発駅の津軽五所川原に戻ると今度はおばあちゃんたちがお出迎えしてくれました。

デイサロンに通う地元のおばあちゃんです。

実は彼女たち、デイサロンで作った座布団を駅の待合室のベンチに取り付けに来てくれていたんです。

おばあちゃんたちが作った座布団が付けられた待合室のベンチ
おばあちゃんたちが作った座布団が付けられた待合室のベンチ

「そりゃあ、いろんな人が津軽鉄道に来てくれるんですから、私たちもできることはしないとね。せっかく五所川原に来てくれるんですからね。」

通訳してもらわないとちょっとわからないような、英語よりも難しい津軽弁でおばあちゃんたちはニコニコと語りかけてくれました。

職員の皆様ばかりでなく、沿線の皆様方もお客様をおもてなしするホスピタリティーに満ちている地域なんだなあ。

そろそろ春を迎える津軽鉄道のストーブに乗って感じた皆様方の温かみでした。

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今季のストーブ列車の運転は3月31日で終了しますが、今年は太宰治生誕110周年とか。

太宰のふるさと芦野公園の桜は4月20日過ぎのようです。

津軽半島ではいろいろなイベントが行われるようですので、皆様、ぜひ津軽鉄道へのご旅行を計画してみてはいかがでしょうか。

詳細は津軽半島観光アテンダントFACEBOOKページ、または津軽半島観光アテンダント ホームページにてご確認ください。

(つづく)

※文中の写真はすべて筆者が撮影。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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