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トルコ軍はシリア政府支配地域に取り残され、孤立していた監視所から静かに撤退:無用となった「人間の盾」

青山弘之東京外国語大学 教授
YouTube(RT)、2020年10月21日

緊張緩和地帯で新たな動き

シリア北西部のイドリブ県、ハマー県北部、アレッポ県西部、ラタキア県北東部に設置されていた緊張緩和地帯(第1ゾーン)で10月18日から20日にかけて新たな動きが見られた。

シリア政府の支配地域内に取り残され、孤立していたトルコ軍が拠点を撤去し、部隊を撤退させたのだ。

トルコ軍部隊が撤退したのは、ハマー県北部のムーリク市近郊の第9監視所。

2018年10月末に、ロシア、トルコ、イランが開催したアスタナ7会議での決定に基づき、トルコが当時のシリア政府支配地域と「解放区」の境界線に沿って設置した12カ所の監視所の一つだ(また、ロシア、イランも監視所を設置した)。

最南端に位置するこの監視所は、シリア領内におけるトルコ軍の最大の拠点だった。

2018年9月の勢力図(筆者作成)
2018年9月の勢力図(筆者作成)

孤立していたトルコ軍監視所

監視所の設置は、シリア軍と反体制派の停戦監視が目的だった。だが、シリア軍と反体制派の戦闘は収まらなかった。シリア軍はロシア軍とともに、2019年4月末から反体制派への攻撃を激化させた。そして、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)が主導する「決戦」作戦司令室、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構、中国新疆ウィグル出身者からなるトルキスタン・イスラーム党との激しい戦闘の末、同年8月までにハマー県北部のムーリク市、カフルズィーター市、イドリブ県南部のハーン・シャイフーン市一帯を制圧することに成功した。

2019年8月の勢力図(筆者作成)
2019年8月の勢力図(筆者作成)

これにより、ムーリク市近郊の第9監視所とハマー県北西部のシール・マガール村に設置されている第10監視所は、シリア政府の支配地域内に取り残され、孤立することになった。

シリア軍はまた、2020年2月から3月にかけて、「決戦」作戦司令室だけでなく、トルコ軍とも戦火を交えた。その結果、ロシアとトルコによる停戦合意が発効(3月5日)するまでに、アレッポ市とハマー市を結ぶM5高速道路沿線、イドリブ県南東部、アレッポ県西部一帯を解放することに成功した。

これにより、トルコは、第9監視所、第10監視所に続いて、アレッポ県のアナダーン山の第3監視所、シャイフ・アキール山の第4監視所、アレッポ市ラーシディーン地区の第5監視所、アイス村(アイス丘)の第6監視所、イドリブ県タッル・トゥーカーン村の第8監視所、サルマーン村に設置されていた第7監視所も包囲されることになった。

2020年3月の勢力図(筆者作成)
2020年3月の勢力図(筆者作成)

ロシア軍による爆撃再開

その後、ロシアとトルコの間で、これらの監視所の処遇について協議が行われた。だが、両者の意見は割れた。9月15日から16日にかけて、トルコの首都アンカラにある外務省本舎で、ロシア軍とトルコ軍の高級レベル会合が開催された。会合では、ロシア側がトルコ軍の監視所を削減することを提案したが、トルコ側はこれに応じなかった。

以降、「解放区」に対するロシア軍の攻撃が再び激しさを増した。9月20日、ロシア軍戦闘機がイドリブ市西のアラブ・サイード村、バータンター村一帯に対して20回もの爆撃を実施した。また10月14日にもジスル・シュグール市近郊のハマーマ村一帯にあるシャーム解放機構などの教練キャンプや拠点を少なくとも11回にわたって爆撃した。

ロシアはさらに9月21日、停戦合意に基づいて、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線でトルコと行っていた軍の合同パトロールを停止すると発表した。

シリア政府による「大衆動員」

一方、シリア政府は、「大衆動員」を通じてトルコに圧力をかけた。

サルマーン村の第7監視所とムーリク市の第9監視所の前で9月16日、住民がバアス党員の呼びかけに応じて、抗議デモを行い、トルコ軍の撤退を要求したのだ(「ロシアとシリアはイドリブ県の反体制派支配地の奪還に乗り出そうとしているのか?」を参照)。

また10月6日にも、ムーリク市の第9監視所の前で、バアス党ハマー支部の呼びかけを受けて、バアス党員、学生、公務員らが抗議デモを行い、トルコ軍の撤退を求めた。大型バスやトラックで現場入りしたデモ参加者数十人は、ムーリク市の監視所の門に掲げられているトルコ国旗を引きずり下ろし、シリア国旗を掲げた。

デモ参加者はまた、トルコ軍兵士ともみ合いになり、監視所に向けて投石を行った(「シリア中部のトルコ軍監視所前で撤退を求める抗議デモ」を参照)。

いずれのデモも、駐留するトルコ軍部隊が催涙弾などを使用して強制排除した。だが、これらの監視所が停戦監視、あるいはシリア軍とロシア軍の反体制派に対する攻撃を抑止するための「人間の盾」として機能せず、ロシア、シリア側との軋轢を生み出すだけであることは誰の目からも明らかだった。

監視所撤収

こうしたなか、国民解放戦線を主導するシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団に近いムハッラル・ネットが10月18日、シリアに駐留するトルコ軍部隊に近い複数の消息筋の話として、トルコ軍がムーリク市の第9監視所からの撤退を決定したと伝えた。

同消息筋は、トルコ軍部隊が実際に撤退に向けた作業を開始したとしたうえで、数段階を経て、数日中に撤退を完了すると述べた。

トルコ軍部隊の撤退は、現状を踏まえたうえでの再展開で、今後のロシアによる停戦違反に備えるものだとする一方で、監視所の「維持がふさわしくないと判断した」のだという。

この報道の通り、トルコ軍は撤退を開始した。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、ムーリク市の第9監視所に駐留するトルコ軍部隊が10月19日、施設の解体を始める一方、荷物を搬出するため、トルコ軍が借り上げた民間の大型トレーラー多数が現地入りした。

撤収作業は10月20日に完了し、トルコ軍部隊は「決戦」作戦司令室の支配下にあるザーウィヤ山地方方面に撤退した。

シリア軍の挑発に応じなかったトルコ軍

ムハッラル・ネットが撤退について報じた10月18日、撤収作業に参加するために「解放区」から第9監視所に向かっていた大型トレーラーの車列が、シリア政府支配下のサラーキブ市近郊のM5高速道路を走行中に、シリア軍の発砲を受けて、シリア人ドライバー1人が即死、複数が負傷するという事件が発生した。

車列にはトルコ軍部隊が随行していたが、シリア軍の挑発に対して、反撃することはなかった。

なお、シリア人権監視団や米国のフッラ・チャンネルなどによると、トルコ軍は第9監視所だけでなく、第3、第4、第5、第6、第7、第8、第10監視所、さらには2月から3月の戦闘と前後してイドリブ県内の75カ所に設置された拠点のうち、タルナバ村、マルディーフ村、マアッル・ハッタート村、サラーキブ市に設置された拠点でも撤退の準備を行っているという。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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