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南アフリカ代表撃破から丸3年。「もう、よくねーか?」の論。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
この時、筆者はスタンド中段の記者席へ着座。視界は起立した観客でいっぱいになった。(写真:アフロ)

 いまからちょうど3年前の9月19日、ブライトン・コミュニティスタジアムでラグビーワールドカップイングランド大会の日本代表対南アフリカ代表戦があった。

 予選プール初戦で組まれたこの一戦では、大会通算1勝の日本代表は過去優勝2回の南アフリカ代表に34-32で勝利した。

 白星が予想されていた南アフリカ代表が力勝負と得意としてきた歴史にも後押しされたのだろう。ロータックルの連発とノーサイド直前の逆転トライで勝った日本代表は、世界中から賞賛を浴びた。当時の日本代表で副将だった五郎丸歩は、試合直後のミックスゾーンで「ラグビーに奇跡はない、必然」と話した。一方で各国のメディアは「史上最大の番狂わせ」という言葉でこのゲームをまとめた。

 ジャイアントキリングの裏側には、挑む側のかなりの緻密さと激しさ、挑まれる側の大いなる弛緩がセットで横たわる。もっとも勝負に言い訳は不要で、もし挑まれる側が大いに弛緩して敗れたのなら、その弛緩していた状態を「その日の実力」として受け止めるほかない。その意味で、「奇跡はない、必然」も正解だった。

 2019年のワールドカップ日本大会に向けたプロモーションの際は、必ずこの「ブライトンの奇跡」が引き合いに出される。確かにあの試合は世界のラグビー史を鑑みても永久に語り継がれるべきかもしれないし、あのゲームのおかげで日本のラグビー人気は爆発的に高まったという経緯がある。

 またノンフィクションは継続とはよく言ったもので、当時を振り返るほど新たな事実に出会える側面はある。

 例えば、当時の日本代表が南アフリカ代表戦の担当レフリーであるジェローム・ガルゼス氏を事前合宿地に招いていたことは同サイトでも記してきたが(ラグビーに「誤審」はなく、ジャパンは「クリーン」じゃないからクリーンだった【ラグビー雑記帳】)、ガルゼス氏に宿泊や食事だけでなくマッサージまで施していたという証言をある選手から聞いたのはここ最近のことだった。あくまでガルゼス氏招待の目的はレフリングの傾向をヒアリングすることのみだった点を踏まえても、当時の陣営の勝負にかける思いに改めて鳥肌が立ったものだ。

 このように、歴史的な一戦の背景を検証することはかくも面白い。特にあのゲームに参加していた選手の言葉には実感がこもっていて(日本代表、南アフリカ代表に歴史的勝利! 試合後、出場選手は何を話したか【ラグビー雑記帳】)、すべてをジグソーパズルのごとくつなぎ合わせれば大河ドラマも真っ青の一大ストーリーができあがりそうでもある。

 しかし素直な気持ちを記せば、「あの試合を掘り返すの、もう、よくねーか」と思わなくもない。

 第三者の振り返りの多くは、「感動」というフレームに収まる内容ばかり。それを聞くにつれ、せっかくの人間臭く興味深い一戦が手垢にまみれた玩具にされた気分となってしまう。美談は極端に美化されると、歴史上まるで意味をなさないテキストになり下がるものだ。

 当時は記者として現地取材できた。帰国後にそのことが話題になった際は、必ずと言っていいほど当時の心境を聞かれる。その折に「比較的淡々と試合の推移を見守っていた」と職業上ごく自然な態度を取っていた旨を振り返ると、時にいけないことを言ってしまったかのような雰囲気にもなりうる。

 あの試合は、10余年の取材歴のなかで最も楽しい試合のひとつだったのは間違いない。しかし、その試合にまつわる市井の言葉は、楽しさとは別な感情を呼び起こす。検証は必要だが、回顧は不要。それが「もう、よくねーか?」の真意だ。

 何よりあの試合に出ていた現役選手は、すでに「フィジカルやセットプレーの精度など、高められるものをぎりぎりまで高めたい」と語るなど、次回大会を見据えている。

 イングランド大会であの一戦があったことで、今度の日本大会にやってくるアイルランド代表、スコットランド代表が日本代表をなめることはまずないだろう。その意味ではあのようなシチュエーションを2019年に再現することはほぼ不可能で、いまの日本代表はそれをほぼ認識したうえで上位国からの勝利を目指している。開催国撃破に燃える列強を、実力で上回りにかかる。

 2大会連続で日本代表の主将となりそうなリーチ マイケルは、アイルランド代表戦の前に組まれたロシア代表戦がやや平易のようだからこそ危険だという。

「先を見すぎてしまうと、僕たちが南アフリカ代表みたいになっちゃう」

 2020年9月になった頃、国民が南アフリカ代表戦以上に振り返りたくなるゲームをいくつ作ってくれるのだろうか。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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