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【スピードスケート】探求と、挑戦と、もう一つ。「これありきで小平奈緒はできている」

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
世界スプリント選手権1000mの小平奈緒の滑り(写真:ロイター/アフロ)

 スピードスケートの平昌五輪女子500m金メダリスト・小平奈緒(相澤病院)の2018ー2019シーズンの戦いが終了した。

 国際スケート連盟の公式戦は3月9、10日に米国ユタ州ソルトレークシティーで行われたW杯ファイナルがラスト。小平は初日の500mで日本記録を塗り替える36秒47(世界歴代2位)をマークして優勝し、同1000mは自己ベストの1分11秒77(世界歴代3位)で3位。500mは2日目も36秒49で優勝し、2016年11月11日のW杯ハルビン大会から続くこの種目のW杯連勝を23に伸ばした。また、1000mと合わせたW杯通算勝利数は28となった。

 昨オフは平昌五輪の金メダリストとして多くの公式行事があり、トレーニングスケジュールのやりくりに苦労しながらの身体作りを余儀なくされた。それでもシーズンが始まるとハイレベルなパフォーマンスをキープ。世界スプリント選手権では2大会ぶり2度目の優勝を飾った。

 その小平が標高1400mのソルトレークシティーで目指したのは、ワールドレコードだった。李相花(韓国)が2013年11月16日に同地で出した36秒36には0秒11及ばなかったが、世界距離別選手権(2月7~10日、ドイツ・インツェル)から抱えている左股関節痛が完治していない状態で最善を尽くして出した世界歴代2位や3位のタイムは、さすがと言うべきだろう。

「そういう意味では、弱点を自分の魅力に変えるというところを見てもらえたのではないかな。自己ベストのタイムだったということは、ベストを尽くせたのだと思います」

 ピンチをポジティブな方向に変えたことについては、小平自身も胸を張っていた。

「弱点をマイナス要素にとらえるのではなく、プラスの意識にする。言い訳にするのではなく、どのようにそれを乗り越えていくかが周りの人にも伝わるように」

 そんな境地に至った背景には、父・安彦さんの言葉があったという。

「弱点を弱点としてとらえていると、見ている人も楽しくないじゃないですか。父がよく言うのが、『奈緒が1500mの苦しいところをどう乗り越えていくのかを見るのが好きだ』ということなんです。結果が良かれ、悪かれ、そこをどう工夫して乗り越えるか見たいと」

 小平は「痛くても滑れると自分を信じる」という思考で股関節痛の苦境を乗り越えたと言葉を継いだ。痛めた箇所に負担の掛からない筋肉の使い方も見つけ出しての好記録だった。

■「もっと高いところにある」

 

 2日目(3月10日)のレースは500m1本だった。ドローの結果は初日に続いてのインスタート。この1本に世界記録を懸けた小平だが、100mの入りは10秒34で、初日の10秒27よりスピードが出なかった。原因のひとつは初日と比べて氷が硬かったことだ。 

「陸上でのアップの時点では身体も結構動いていたので、10秒2の前半か10秒1台が出ると良いなというイメージがあったのですが、それがうまくハマらず、なんとなく中途半端に終わってしまったかなというところはあります。ただ、(上がり400mの)ラップは今日の方が出ていたし、昨日もラップは最速だった。それは収穫だったと思います」

 惜しむらくは2日連続でアウトスタートを引けなかったことだが、こればかりはいかんともしがたい。

 李が36秒36を出したときは、様々な好条件を引き寄せての滑りだった。アウトスタートの李はロケットスタートに成功し、100mを10秒09というとてつもないスピードで入った。同走のインスタートはジェニー・ウォルフ(ドイツ)で100mの通過は10秒29。李は第1カーブの出口でウォルフの後ろにピタッとついて風圧を避け、最後の第2カーブでも遠心力を推進力につなげる滑りをして失速なしにゴールした。

 それもで小平はこのように言う。

「チャンスはどこかで巡ってくるもの。でも、そういった条件を抜きにしても圧倒的に強いところを目指していきたいです」

 ともあれ、ソルトレークシティーでの小平は、2日間ともインスタートで36秒4台をそろえ、2位とのタイム差は約0秒4という圧勝を飾った。股関節痛の影響により2月の世界距離別選手権で2位に甘んじたところから、トップフォームに近いところまで戻しての滑りは素晴らしかった。

 だが、小平はさらに上を見ている。だから悔しさも沸き上がる。

「私の頭の中の数字はもっと高いところにあります」

オリンピック・オーバルで掲出されていた応援幕(撮影:矢内由美子)
オリンピック・オーバルで掲出されていた応援幕(撮影:矢内由美子)

■「私は私で突き抜けて」

 W杯ファイナル2日目は、この日の最初の種目だった女子1500mで高木美帆が1分49秒84の世界記録で優勝した。500mに向けて準備に集中していた小平は、自身のレースが終わってから結城匡啓監督に「ミポリン、どうでしたか?」と結果を尋ねた。結城監督からは「(1分)49秒(台)で世界記録だったよ」と聞いたそうだ。

「その前の組でブリタニー(・ボウ)と(エカテリーナ・)シコワが競って、(前の世界記録を上回るタイムを)出していたのもありますし、やっぱり、競い合う人が2、3人いるとその種目のレベルも必然的に上がっていくのかな。そういう人が出てくるといいなという希望を持ちながらも、でも私は私で突き抜けて、進んで行く道を工夫して探して行けたらいいのかなと思っています」

 初日の1000mで小平が持っていた世界記録を塗り替えたボウにも優しい眼差しを送った。

「1000mは私が(世界記録を)出したとき(2017年)に、ブリタニーがすごく悔しい顔をしていたのがテレビ画面に映っていたんです。でもその後、『おめでとう』と言ってくれたのを覚えています。だから、選手じゃなく人間に戻ると、記録を上回ったのがブリタニーで良かったなと思いましたね。すごく尊敬している選手ですから。でも、私も1000mは来年リベンジしたいですね。本当に、良い仲間がいて良かったです」

■世界記録更新は来シーズンに

 ソルトレークシティーでのW杯ファイナルを終えて、小平はそのまま飛行機で北上し、カナダ・カルガリーに向かった。標高が1400mのソルトレークシティーに対し、カルガリーは1000mと若干低い。

「記録はどうなるか分からないですが、楽しみたいですね。あとは夏の練習につながる、材料になるような感覚をつかんでいきたいです」

 こうして迎えた小平にとっての今季最終戦は3月15日にあったカルガリー・オーバル・ファイナル500m。ドローではアウトコースを引くことに成功したが、インスタートの同走選手とのスピード差がありすぎたためにクロッシングゾーンで小平が先行することになり、後ろにつく展開にはならなかった。それでも第2カーブまでしっかり廻りきり、36秒74(100m10秒28)の好時計で優勝した。

 世界記録更新は来シーズンまで持ち越しとなった。

 

■「夏にもうひと変身したい」…カルガリーで男子500mに特別参加

 時はさかのぼって2018年2月19日、平昌五輪スピードスケート会場の江陵オーバル。金メダルに輝いた2月18日の女子500mのレースの翌日も、小平はそこにいた。最高に仕上がったフィジカル状態でいる間につかんでおきたいものがあったのだ。そして、結城監督によれば、そのときに新たな滑りのヒントを見つけたのだという。

 レースモードに仕上げた身体でこそつかめる次の高みへの手がかりを、今季はカルガリーのラストレースでつかもうとしているのだろうか。

「そうですね。それありきで小平奈緒はできていると思うので」

 小平の顔がほころんだ。

「今シーズンに関しては、結城先生との中では良くやれたという評価でした。1年間のスケジュールを見ても、3歩下がって2歩進むような状況で、1歩足りない分をなんとか工夫して、3歩下がって3歩進むという状況を作り出してきました。オリンピックシーズンのような環境ではなかったですし、スケジュールで少し難しい部分もあったのですが、工夫してやれたのは評価しても良いのかなと思う。また、夏にもう一変身(ひとへんしん)したいです」

 ソルトレークシティーでの最終日に語っていたこの思いは、ラストのカルガリーで情熱としてさらにほとばしった。

 3月15日の女子500mで今季の公認レースを終えた小平は、翌16日の男子500mに特別参加した。記録は公認されない。だが、そこで何かをつかめるかもしれない。

 アウトコースからのスタートはほぼドンピシャ。小平は100mを10秒21で通過した。同走の男子選手が100m10秒07だったことで第1カーブの出口ではさすがに離され、風圧を避けられるほどの接近にはならなかったが、しっかりと後ろから追った。フィニッシュタイムは36秒39。世界記録との単純比較でプラス0秒03だった。

■探求・鍛錬・挑戦。そして優しさ。

 最速を生み出すための滑りを探求する。手がかりを拠り所に鍛錬を重ね、おのれを信じて挑戦する。その先にある新たな領域に足を踏み入れる。好敵手たちと切磋琢磨して。優しさというエッセンスをちりばめて。

 この繰り返しが小平奈緒をつくりあげている。

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2月の世界スプリント選手権総合優勝のメダルを手にする小平奈緒(撮影:矢内由美子)
2月の世界スプリント選手権総合優勝のメダルを手にする小平奈緒(撮影:矢内由美子)
オランダ時代の師匠であるマリアンヌ・ティメルから渡された月桂冠を提げて(撮影:矢内由美子)
オランダ時代の師匠であるマリアンヌ・ティメルから渡された月桂冠を提げて(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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