「4月中に決着か」 BTSと兵役 いま韓国で何が起きているのか ①分岐点になるか「ラスベガス会見」
BTSの”徴兵免除”はあるのか、ないのか。
韓国内では「4月内にこの話に決着をつけよう」という話が出てきている。
現在開催中の韓国国会で臨時会を開催して、結論を出そうというものだ。政界がその姿勢を見せ、HYBEもそれを望んでいる。ここでは前編として「今月の流れ」を。
"動き”があったのは今月2日からだった。
韓国の新大統領のブレーン、アン・チョルス氏がHYBEを訪れた。5月10日の新政権発足を前に結成された「政権引き継ぎ委員会」の一員として訪問したのだ。大統領のブレーンが話を聞きに行く、というほどだからHYBEの影響力たるや、すごいものだ。
面会はメディアに公開される形で行われた。そこではパン・シヒョク議長(代表取締役/いわゆる"パンPD")とアン氏が言葉を交わした。出てきた話は「K-POPなどの大衆芸術公演の観客動員制限を解除してほしい」「世界の他の国では解除されているところも多い」というもの。面会の場では兵役の話は出なかった。
いっぽう、アン・チョルス氏は訪問後にHYBE社屋前で記者団の取材に応じ「兵役特例のことは国会で話すべき」「新政権下でも議論を続けていく」とした。
本来、健康な韓国成人男性は韓国式の年齢の数え方で18歳になる年に徴兵に行かなくてはならない。
学業などの理由(BTSメンバーの多くも大学院に在籍している)で28歳まで延長が可能だったが、2020年の11月21日に韓国式の年齢で「30歳まで延長」という法案が韓国国会を通過した。韓国では「BTS法案」とも呼ばれた。彼らの国際的な活躍を受け「なんとかしよう」という声があがったのだ。
【参考 細かい年齢計算はこちらで】 ”韓国式年齢廃止” を徹底解説! K-POPファン間で話題沸騰 Twitterトレンドに/筆者
あれから1年半。メンバーのJINは今年の12月8日に軍隊に行かなくてはならない。
それゆえ次はどうする? という話になっている。今回は延長ではなく「実質的免除」の話だ。
昨年の11月25日に韓国国会の軍事委員会でも話し合われたが、結論は「保留」となったままだ。
- 2021年11月の韓国国会での議論の様子
メンバーJINの言葉を徹底分析
兵役は韓国の男性にとっての「国民の4大義務」の一つ。納税や義務教育と同じく、必ずしなくてはならないもの。だからあまりあれこれと言えるものではない。
そういったなかで4月には”当事者”のコメントが立て続けに出てききた。
まずはメンバーのJIN。日本時間10日のラスベガス公演を控えて行われた記者会見でこう発言したのだ。
直訳しよう。しっかりと一字一句読み取りたい。
YTNはこの発言を「以前とは若干の変化」と伝えた。確かに、過去の発言とは少しニュアンスが変わっているのだ。
2020年11月22日、「BE」のカムバック時のグローバル記者会見
(@ソウル・東大門デザインプラザ)ではこう話していた。
「いつでも行く」から「会社に最大限に一任」へと変わっている。これを読み解くならば
「呼ばれたら行く。そこは変わらない。しかしそもそも、呼ばれるか分からない。だから会社に一任することにした」
ということだ。
HYBE側も発言。これも「読解」してみると…
ではその会社側の考えはどうなのか。HYBEのイ・ジニョンCCO(コミュニケーション統括)が同じく、BTSのラスベガス公演を控えての記者会見でこう発言した。
長いが、こちらも全文を。この4月の動向に大いなる影響を与えるものだからだ(カッコ内は筆者による注釈)。
- ラスベガスでの会見の様子。右がイ・ジニョン氏
「JINの考え=会社の考え=国家が呼べば行く」なのだが…
BTSファンの皆様にも一緒に考えていただきたい点だ。
まずはJINのいう「会社に一任する」の内容は、イ・ジニョンCCOの「国家が呼べば行くという立場に変わりはない」という点と一致する。2つの発言はイコールだ。
そしてCCOの発言の全体の主旨は「仮に決めていただくのなら早く決めていただきたい」「こちらも予定を立てたいので」というものだった。
それを本当に丁寧な言葉で伝えている。「今回の国会で整理されればいいと思いはします(생각이긴 합니다)」という表現だった。
しかし、だ。
ほとんどの韓国メディアはCCOのコメントの前段部分をカットした。加えて上記の丁寧な表現もカット。
そして「メンバー本人が苦しんでいる」という点を引用し、「BTSの会社側、国会に催促」「決めなければと発言」という強い見出しを次々と打った。これ、怒るべきことか、致し方ないことか。
「『BTS、兵役の問題で苦しんでいる』。 HYBE、軍服務について口を開いた」(朝鮮日報)
「HYBE 『BTS、兵役の不確実性で苦しむ』…早々に結論を」 (MBN)
「HYBE 『BTS、軍隊のことで苦しむ…今回の国会で結論を」(ソウル新聞)
「BTS、兵役の不確実性で苦しむ…国会の議論について口を開いたHYBE」(国民日報)
メディアは「尺の制限」つまり限られた時間や分量で情報を伝える。この会見の場合、長い時間を割いている「丁寧な説明」よりも、メンバーの心情が見える「強い発言」が優先的に伝えられたのだ。ニュースのタイトルでは短い文字数のなか、人の表情が見えた方が興味を惹くだろうし、わかりやすい。この点には韓国文化の影響もある。日本よりも「言いたいことははっきり言わないと伝わらない」という傾向が強く、見出しは強くなる傾向がある。
ネット掲示板で「批判論調」が20倍も読まれ…
現にこの会見での発言と報道が、議論に影響を与えうる状況だ。
日本のメディアでも「韓国での世論調査の結果は、賛成が過半数」といった結果が報じられている。
しかしいっぽうで注視すべきは「ラスベガス会見報道について、ネットが荒れている」という点だ。
「荒れている」というのは、日本とは少し違う傾向がある。韓国は日本よりもTwitterの使用率が低い。
かわりに各種の「ネット掲示板」の影響力(かつての日本の2ちゃんねるのイメージ)が強く、ここが荒れる。韓国では「コミュニティ」という。匿名性が高く、表面に出にくいだけに影響力が強い。ここでの噂話に対し国内IT企業が対策、というニュースが報じられたこともある。
では今回のラスベガス会見について、何が「荒れている」のか。2点ある。
1つ目は「HYBE側の発言が強すぎる」という点(上記写真)。なにせ兵役は「国民の義務」なのだ。義務に対して「早急に」「今回の国会で話し合ってほしい」とは何事か、という反発が出ているのだ。「なぜそっちからあれこれ言えるんだ」だ。これはTHE QOOというサブカル・芸能系の掲示板で10万を超えるアクセスを集めている。
もうひとつは「この会見自体が不適切だったのでは」という点だ。マスコミを監視する媒体、「メディアトゥデイ」が「HYBE側は100人の記者を韓国から現地に招待し、交通費、宿泊費、食費を負担していた」という点を複数回報じた。
韓国ではこれを英語の表現を引用して「ファムツアー(Familiarization Tourの略」と呼ぶ。親しんでもらうためのツアー。地方自治体などが「観光に来てほしい」と旅行関係者やメディアを招待するツアーなどがよく行われている。マーケット手法の一つと見られている。
しかし今回は金額が大きく、2015年から公務員や大学教授、記者などが一定金額以上の”接待”や”贈呈品”を受け取ると違法になる「キム・ヨンラン法」に反するのではという指摘だ。実際に今回の件は政府の国民権益委員会に申告されたのだという。
そしてなんと「メディアトゥデイ」は上記の"強い口調”の記事をむしろ「友好的記事」と伝えている。HYBE側に経費を持ってもらった記者たちが、HYBEに有利になる論調で書いたのだと。ここでは「強い見出し」がむしろいいことだ、解釈されているのだ…。今回の話、K-POPを巡るメディア報道にもついてもじつに考えさせられる一件なのだ。
この「取材経費負担」はネット掲示板で「揉まれている」という状況だ。これを"スクープ"した「メディアトゥデイ」は国内最大のポータルサイト「NAVER」に記事配信するものの、とても小さなメディア。ここでの該当記事自体はアクセス数8000レベルだが…元々サッカーやユーモアを話題にする掲示板「FMコリア」では、関連スレッドが16万アクセスを記録。最大手ポータルサイトの20倍も読まれている。
法案を議論する韓国の国会議員は免除について「何とか出来ないか」と考えている。しかし今回の決め手となるのはこの点だ。
「国内世論が公平性をどう判断するか」
つまり「BTSだけがなぜ?」という反論がどれほどあるか。これを国会議員がどう感じ取り、国会での議論に織り込んでいくのか。そう考えると「ネット世論」の影響力は小さいものではない。ラスベガス会見の影響はどう作用するだろうか。
次回はこの「兵役免除」の件が「具体的に何を、どこで、どう議論されるのか」について徹底的に記そう。