#MeTooから1年 なぜ日本は同意のない性交をレイプと認めないのか イギリスとの比較
次の一文を読んでみなさんはどう思うだろう。
<セックスには、お互いの同意が必要。どちらかの同意がないのであれば、それは“レイプ”だ>
「そんなのはおかしい」と思う人より、「当たり前だ」と思う人の方が多いのでは?
けれど、司法の上ではこれは間違いだ。日本の刑法では、「同意がない性交=レイプ」とは見なされていない。殴る蹴るなどの暴力や、「殺すぞ」といった脅しを伴ったもののみが、レイプだ。しかし世界には、「明確な同意がない性行為はレイプ」と定めている国もある。(※1)
世界的に起こった#MeToo運動から1年、不同意をレイプの成立要件としているイギリスでの視察を元に、なぜ日本ではその「当たり前」が実現できないのかを探った。
■日本はチャンスがあったのに法律を改正できなかった
日本で昨年、110年ぶりに性暴力に関する刑法改正が行われたのは記憶に新しい。改正では量刑の引き上げなどが行われたが、論点となった9つの項目のうち、改正されたのは3項目と、1項目の一部のみ。残りの5項目 は見送りとなった。不同意をレイプの成立要件とするか否かに関わる「『暴行・脅迫 要件』の緩和」も、見送りとなった論点の一つだ。
緩和を認めない理由として挙げられたのは、現状でも「暴行・脅迫の程度をかなり広く認めていること」や、「被害時に凍り付く(抵抗できない)といった心理状態も考慮して判断していること」などだ。
しかしこれについて、「現在の暴行・脅迫要件で適切に強姦罪を認定できるというのであれば、被害者などから暴行・脅迫要件を撤廃すべきとの意見は出ないはず。すべての裁判官、検察官が適切な認定をしているとは思われない」という反論もあった。(※3)
被害当事者の視点を司法システムに反映させるためには何が必要なのか。実際に「不同意」が要件として採用されているイギリスでは、どのように運用されているのか。
■はるか昔、1845年からイギリスでは「不同意性交」がレイプだった
今年の7月、一般社団法人Springが行った英国視察に同行した。Springは性暴力の被害当事者を中心とした団体で、昨年改正された性犯罪刑法の、さらなる見直しを求めて活動している。
英国視察では、内務省や元裁判官らに主に司法制度について、レイプクライシスセンター(性被害者の救援センター)やThe Havenと呼ばれる性犯罪被害者のための医療施設などに、支援制度について聞いた。
イギリスの場合、いつから「不同意性交」がレイプと定められているのか。
英国視察で受けた説明によると、イギリスでは2003年に性犯罪法が大きく整理され、2004年に施行された。しかし、2003年に初めて「不同意性交」がレイプとされたわけではない。
実はイギリスでは、少なくとも1845年の時点で「女性の同意なく性交すること」がレイプであるという判例があり、当時から「不同意性交」がレイプだった。その後、「被害女性が抵抗を立証しなければならない」とする判例も存在するが、1976年には改めて強姦とは「行為時点において性交渉へ同意していない女性との違法な性交渉」と定義された(※4)(その後、被害者は女性のみから男女に改められている)。
2003年の性犯罪法では、「同意の明文化」が行われた 。
この明文化により、同意は「同意を行った本人が、その同意に関する選択を行う自由と能力を有していた場合に認められる」と定義された。つまり、自由(Freedom)と能力(Capacity)を前提にした選択(Choice)によってしか、同意はありえない。この規定により、「同意だったのか、服従だったのか」の区別が容易になるとされた。
この定義に伴い、同意が争点にならないケースも非常に細かく規定された。たとえば、「信用ある地位の濫用:児童との性的行為(第16条)」や「家庭内の児童構成員との性的行為(第25条)」などでは、同意の有無にかかわらず犯罪が成立する。
日本でも、昨年の刑法改正により、親や養親など、子どもを監護する立場の大人が性的な行為を行った場合、暴行・脅迫の有無にかかわらず処罰対象となった(※5)。
これは「地位・関係性を利用した性的行為に関する規定の創設」の一部が叶えられたかたちだが、見落とされている「地位・関係性」はまだあるのではないかという指摘が残っている。
■裁判官や陪審員から「先入観」を取り除く研修が行われている
イギリスでは、裁判官や陪審員が強姦神話やジェンダーバイアスに影響を受けないための研修が必須で行われているという。強姦神話やジェンダーバイアスとはたとえば、「レイプされる女性には隙があったに違いない」「男性がレイプ被害に遭うなんておかしい」といった偏った考え方。
こういった偏見を持っている人が男女両方にいると考えられるため、「年令や性別にかかわらず被害に遭う」といった性暴力に関するプレゼンテーションを行うことが必要とされている。ここも日本とは異なる点だ(※6)。
■同意が法に明示されることの意味
イギリスの刑法やその運用から感じるのは、不同意を構成要件とした場合、「暴行・脅迫要件」よりも被害者が被害を訴え出ることのハードルが下がるのは間違いないこと。しかし一方で不同意を被害者が立証する責任があり、そこには一定のハードルが残るということだ。
「不同意性交」を要件として用いることについて、日本では「被害者にとって有利過ぎる」という主張があるが、そうばかりとも言えない。たとえばこんなケースがある。
HIV陽性であることを隠して性交した男性を、女性が「知っていたら同意しなかった」と訴えたが、裁判所はこれを「不同意」とは認めず、強姦罪の有罪判決が破棄されている(2006年/※4)。また後述するが、イギリスで性犯罪の有罪率が60%を切っていることも、「被害者が訴えれば何でもかんでも有罪になる」わけではない証左と言えるだろう。だからこそ、同意の有無を争点としないケースの明文化や、裁判員や陪審員へのプレゼンテーションで被害者の負担を軽減する試みがあるとも言える。
不同意性交を基準としても、被害者への負担は残る。それでも、法律で「同意」を判断基準とすることの必要性について、視察メンバーのひとりだった寺町東子弁護士は 「Consent(同意)が法の上で明文化されるのは大事なことだと思う」と話す。
寺町弁護士は、法曹関係者から「性犯罪の加害者はみんな『同意だと思った』と言う。同意がない性交をしていいと思っているような加害者はほとんどいないのだから、わざわざ同意を盛り込まなくてもいいのでは」と言われることがあるという。
しかし、加害者が「同意」だと思い込み、被害者が「同意していなかった」と思っているケースが実際に多くある。だからこそ、「同意」の確認について慎重になるためにも、法律に「同意」を盛り込むことが必要なのではないか。
■なぜ日本では同意を刑法に入れられないのか 違いは「意見を主張する国」「空気を読む国」
昨年の性犯罪刑法改正の際に行われたキャンペーンのひとつは、「イヤよイヤよは嫌なんです」とタイトルが付けられていた(※ 7)。日本では、女性が抵抗を示すのは「恥じらい」であり、本気の拒絶ではないかのように言われることもある。
寺町弁護士はイギリスでの教育に言及する。
「今回、ロンドンの幼稚園や小学校を見て回って 印象に強く残ったのは、一人ひとりの人間は違うことや、それぞれの人にそれぞれの意思があることを大切にしていることでした。
たとえば、学校に行くとパネルが置いてあって、『Do you feel today?』と書いてある。『Sad』とか『Happy』と書いてあって、自分は今どう感じているのか、それをどう表現すればいいのかを毎日考える。また、『今日はどうして悲しいの?』とか、相手の気持を聞くコミュニケーションもそこで生まれます。そういう教育を大切にしていると感じました」
イギリスは異なるカルチャーを持つ人々が暮らす多国籍国家だからこそ、こういったコミュニケーションを大切にしているということもあるだろう。日本の場合、「同じ日本人だから」という理由で、なんとなく「顔色や空気を読む」文化が成り立っている。それはそれで良い部分もあるだろうが、デメリットもある。
「自分の気持をストレートに言うことが、イギリスほど推奨されない社会が日本。イギリスとは前提が異なる日本の社会で同意の定義を取り入れることの難しさはあるのだと思います」
今年発表された内閣府の調査によれば、女性の13人に1人、男性の67人に1人が「無理やり性交などをされた経験がある」と答えている。この結果は、日本で「同意のない性交」が珍しくない現実を示していると言えるだろう(※8)。
アメリカやイギリスの大学で行われている「同意のワークショップ」を学生向けに行う取り組みが、日本でも広がりつつある。「すべての行為に同意書が必要なのか」などと茶化されがちだが、現実の数字を見れば、性的なコミュニケーションについて真面目に考えることは必要なはずだ。
■日本の「有罪率99.9%」もハードルになっている イギリスでは性犯罪の有罪率は60%
日本の場合、性犯罪については特に「冤罪」や「被害者の偽証」が論点とされがちだ。暴行・脅迫要件を緩和することについても、ネット上では被害者の訴えばかりが通りやすくなるのではないかという懸念がささやかれている。
一方で、イギリスではこのような「冤罪」に関する議論を耳にすることが少なかった。まったくないわけではないものの、日本ほどは論点となっていない印象を持った。
これにはおそらく、起訴率と有罪率の関係がひとつの要因なのだろう。日本の場合、刑事事件全体の起訴率は低く、特に性犯罪の起訴率はその中でも低い。一方で、有罪率は99.9%と言われるほど高い。イギリスは逆で、起訴率が高く有罪率が低い。「51%ルール」と言われるように、半分以上の見込みがあれば起訴して裁判で決着をつける。そのため全事件の有罪率は84%と日本よりも低く、特に性犯罪の場合は60%を切っている。
有罪が確定するまでは「推定無罪」の原則があるが、日本の場合、起訴された段階で、ほぼ有罪が確定したかのように報道され、受け取られてしまう。イギリスの場合は、日本よりは「推定無罪」が浸透していることが、性犯罪の議論にも影響を与えていると言えそうだ。
さらにいえば性犯罪の再犯率の高さや子どもに対する性犯罪の危険が周知されていることが、「被害者を必ずケアやサポートにつなげ、加害者は迅速に臨床につなげるべき=認知件数や起訴率を上げるべき」という考え方につながっている。
■法律が変わっても……
視察の訪問先で、さまざまな関係者が異口同音に口にしていた言葉がある。
「法律が変わっても、人の心が変わらないと意味がない」
日本とイギリスでは、レイプに関しての定義が違う。また、その背景にある文化も異なる。司法のシステムや、起訴に関する考え方、被害者を支援する層の厚さも違う。イギリスの司法の「良く見える部分」をそのまま真似すれば、それでうまくいくというわけではないのだろう。
法律を使うのは人だからこそ、人の意識を変えていく必要がある。冒頭で書いた言葉を繰り返したい。
<セックスには、お互いの同意が必要。どちらかの同意がないのであれば、それは“レイプ”だ>
これに疑問を感じる人は少ないはずだ。しかし性的な「同意」について、人々の間に少なくない齟齬があるのだとすれば、今後も同意の取り方について丁寧に考えていく必要があるはずだ。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】
【注釈】
(※1)
・「(スウェーデンは)同意なしのセックスを犯罪行為と定めた欧州諸国としては10国目となる」……同意なしセックスがレイプ犯罪に、スウェーデン新法(CNN.co.jp/2018年5月26日)
・「同意なしの性行為をレイプとする国は、西欧諸国ではスウェーデンのほかには、英国、アイルランド、ベルギー、キプロス、ルクセンブルク、アイスランド、ドイツ」……スウェーデンで明確な同意がない性行為は違法に 「同意」の説明動画付き 日本は? ーロンドンでイベント(小林恭子/ヤフーニュース個人/2018年7月6日)
(※2)詳細は拙稿「『性犯罪』 厳罰化の法改正がなかなか審議入りしない理由」(ダイヤモンド・オンライン/2017年5月12日)の3ページ目から
(※3)「性犯罪の罰則に関する検討会」取りまとめ報告書(平成27年8月6日/性犯罪の罰則に関する検討会)
(※4)「イギリスにおける性犯罪規定」(仲道祐樹)/『刑事法ジャーナルvol.45』(2015年)
(※5)新設された「監護者性交等罪」
(※6)日本では2017年の性犯罪刑法 改正の附帯決議で「司法警察職員、検察官及び裁判官に対して、性犯罪に直面した被害者の心理等についてこれらの知見を踏まえた研修を行うこと」とされた。……「第193回国会閣法第47号 附帯決議」
(※7)「イヤよイヤよは嫌なんです」性暴力被害者が前向きに生きられる日本に!(Change.org)
(※8)拙稿「13人に1人」が無理やり性交された経験 なぜか知られていない内閣府調査の衝撃(ヤフーニュース個人/2018年8月31日)