ロシアとウクライナのプロパガンダ合戦、ミサイルの正体について
戦争になると敵味方の双方がプロパガンダ合戦を始めます。独裁的な国ほどプロパガンダの嘘が酷くなる傾向がありますが、民主的な国でも全く嘘を吐かないとは限りません。
現在行われているウクライナ戦争でもロシアとウクライナのプロパガンダ合戦が幾つも行われています。此処では駐日ロシア大使が提示した2つの事例を検証してみたいと思います。
結論を先に言えばハルキウ庁舎攻撃はロシアの主張が間違っていることがほぼ確定、キーウ高層アパート攻撃はウクライナの主張が間違っている可能性が高いでしょう。
ハルキウ庁舎を攻撃したミサイルの正体
2022年3月1日にウクライナ第二の都市ハルキウの州庁舎が攻撃を受けました。着弾の様子が撮影されていますが、上空から急降下しながら落ちて来たミサイルには弾体の中央に直線型の主翼が確認できます。主翼があるので地対地ロケット弾ではなく、これは巡航ミサイルです。
この部品構成はロシア軍の巡航ミサイル「カリブル」の対地攻撃型によく似ています。なおウクライナ軍は対地攻撃型の巡航ミサイルを保有していないので、ロシア軍の巡航ミサイルによるハルキウ庁舎への意図的な精密誘導攻撃の可能性が高いと言えます。
2022年3月1日、ハルキウ庁舎への着弾
※ベリングキャットのロシア調査担当クリスト・グロゼフ氏のTwitter投稿3枚目の画像は比較用のカリブル巡航ミサイルの展示模型。
キーウの高層アパートを攻撃したミサイルの正体
2022年2月26日にウクライナ首都キーウの高層アパートにミサイルが着弾しました。着弾の様子が撮影されていますが、白煙を吹きながら飛んで来たミサイルがビルに命中している様子が分かります。
ここで重要になるのは「白煙を吹きながら」という点です。
- 巡航ミサイルのジェットエンジンは白煙を出さない。
- 弾道ミサイルのロケット燃料推進剤は上昇中に使い切る。
- 多連装ロケットは弾道ミサイルと同様。
白煙は固体燃料ロケットモーターが燃焼した時に出る特徴です。そうなると着弾まで白煙を吹きながら飛んでくる可能性があるミサイルは以下の二通りが考えられます。
- 戦闘機からの空対地ロケット弾(ロシア軍の可能性)
- 地対空ミサイルの誤射(ウクライナ軍の可能性)
追記:戦闘機からのKh-31P対レーダーミサイル(ロシア軍の可能性)も固体燃料ロケットモーターなので有り得るが、通常の運用では対レーダーミサイルは低空から目の前の近い目標に発射したりすることは非常に考え難い。
動画で確認できるミサイルはそれなりに大きく、歩兵が携行する対戦車ミサイルなどの小さなミサイルではないので除外しています。
2022年2月26日、キーウの高層アパートへの着弾
空対地ロケット弾は地対空ミサイルよりも固体燃料ロケットモーターの推進剤がかなり少ないので燃焼時間が非常に短く、燃焼中の輝きが見えて白煙を出しているなら発射直後であるはずですが、発射母機である戦闘機は映っていません。この日の戦闘機の目撃例もありません。
高層アパート着弾の動画を見る限り、固体燃料ロケットモーターが燃焼している輝きは強く、吐き出される白煙の量も多く、地対空ミサイルのように見えます。
なお2月26日にキーウで大型の地対空ミサイルが地上から発射された様子が白い煙の痕として映っており、関連がある可能性があります。白い煙は垂直に発射されて暫く上昇した後に向きを変えて水平方向に飛翔した痕で、これは垂直発射方式を採用したS-300防空システムの特徴とも一致します。この日の地対空ミサイルの目撃例は複数あるのです。
そうなるとミサイルの形状がはっきり判明しないので断言はできませんが、キーウの高層アパートへ着弾したミサイルは、付近に配備されたウクライナ軍の地対空ミサイルがうっかり誤射してしまった可能性が高くなります。
2月26日にキーウではおそらく巡航ミサイルを相手にした防空戦闘中だったのでしょう。なおキーウ周辺では2月24日の開戦当日にKh-31P対レーダーミサイルの残骸が発見されて、最近3月3日にはカリブル巡航ミサイルの残骸が発見されているように、ウクライナ軍の防空システムは開戦以来ずっとロシア軍の攻撃ミサイルと戦い続けています。
比較用:Su-25攻撃機からS-25空対地ロケット弾(2017年)
比較用:S-300地対空ミサイルの発射の様子(2017年)