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南北戦争の南軍「潜水艦」の謎とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 海の向こうでは、スウェーデン人女性ジャーナリストの首なし遺体がコペンハーゲンの海岸で見つかった、というニュースが話題だ。彼女は、デンマークの有名な発明家が自作した潜水艦を取材するために同乗したらしい。潜水艦を自作するのにも驚かされるが、船は浮かべ続けているほうが難しい、という話もある。

史上初めて敵艦を沈めた潜水艦

 潜水艦と言えば最近、南北戦争のときに南軍(アメリカ連合、Confederate States of America、CSA)が使い、歴史上初めて敵艦を沈めた潜水艦についての論文(※1)が、米国の科学雑誌『PLOS ONE』に出ていた。この全長約12.2メートルの潜水艦は、後に開発者のホレス・ローソン・ハンリー(Horace Lawson Hunley)の名前を取って「H・L・ハンリー(Hunley)」と名付けられたが、潜水実験中の1863年に開発者のハンリーは乗組員7人とともに沈没して死ぬ。

 だが、潜水艦のほうのハンリーは事故後すぐに引き揚げられ、1864年に北軍(アメリカ連邦、United States of America、USA)への攻撃に使用された。2月17日の夜、チャールストンを海上封鎖していた北軍の汽帆軍艦「USSフーサトニック(Housatonic)」に密かに接近し、艦首から差し出された爆雷によって撃沈する。これが潜水艦による史上初の敵艦攻撃だった。

 チャールストンは、アメリカ連邦から初めて脱退したサウスカロライナ州を象徴する港湾都市であり、南北戦争の口火がきられた場所だ。また、北軍に包囲された南軍の最後の砦である。自由貿易を標榜していた南軍は制海権を失い、海上封鎖によって軍事的にも経済的にも敗北は必至、という状況だった。

 包囲されたチャールストン市民と南軍の士気を挙げるため、乾坤一擲の象徴的な攻撃手段が考え出された。それが、自殺的とも言える潜水艦ハンリーによる「特攻」爆雷攻撃だ。

人力で推進するハンリー

 米国海軍の資料によれば、船体を海面下に沈めているものの、潜水艦とはいえ、ハンリーの上部は海面から出ていた。フーサトニックの見張員は、攻撃の前に敵潜水艦の接近を察知する。なぜなら、この「秘密兵器」の存在は、北軍でも広く知られていたからだ。だが、その発見は遅過ぎた。フーサトニックは沈められ、北軍の士官2名と水兵3名が戦死する。

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H・L・ハンリーの駆動方式。8人の乗組員が並んでクランクを回し、スクリューによって推進する。Description: Cutaway drawings published in France, based on sketches by William A. Alexander, who directed her construction. U.S. Naval History and Heritage Command Photograph. Catalog #: NH 58769

 ハンリーの開発には、駆動機の小型化に成否がかかっていた。蒸気ボイラーや電気モーターなど試行するが全て失敗。結局、人員を増やしての人力航行になった。ディクソン(George E. Dixon)船長の指揮下、7名の乗組員は酸素不足と戦いながら、バラスト調整と浮力の不確かなこの半潜水艦の中でハンドルを回し続けた、というわけだ。ちなみに、ディクソン船長は南北戦争の伝説的軍人で、敵に撃たれた際、ズボンの中のフィアンセからもらった金貨に弾が当たり、一命を取り留めた、と言う。

 敵艦フーサトニックを撃沈した潜水艦ハンリーだが、その直後に陸上の味方へ信号弾を発射し、作戦成功を知らせた後に行方不明になった。敵艦に対する爆雷攻撃の余波により、自艦にも被害を受けて沈んだものとされている。

なぜ作戦成功後にハンリーは沈んだのか

 その136年後の2000年にハンリーは引き揚げられ、乗組員の遺体も収容された。冒頭で紹介した論文では、ハンリーの乗組員の死因を分析しているが、彼らは沈没に際して退避しようとしたり水を汲み出したりしていないことがわかった、と言う。

 また、骨折もないため、おそらく外傷もなかったと考えられる。論文では、爆雷が水中で爆発した衝撃により、艦内の気圧が急激に強まったために脳や肺などの内臓に圧力を受けて圧死した、としている。ハンリーは鉄製であり、当然だが潜水機能を保つために気密性が確保されていた。

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H・L・ハンリーの先端に取り付けられた爆雷。これを爆破することにより、船体内に強い衝撃がおよび、乗員に深刻な被害を与えた、と考えられる。Image courtesy Michael Crisafulli of The Vernian Era. More renderings and details of the construction of the Hunley can be found athttp://www.vernianera.com/Hunley/.

 紹介した論文では、152年前に敢行された潜水艦攻撃での戦死原因を調べているが、爆発による衝撃で圧死したのなら、なぜ攻撃成功を味方へ連絡することができたのだろうか。この「謎」はまだ解明されていない。おそらく南軍は「秘密兵器」である潜水艦ハンリーはまだ健在、ということにしたかったのだろう。そのため、作戦成功を知らせてきた、という「噂」を流したのかもしれない。

 日本でも先の15年戦争末期に人間魚雷「回天」や特殊潜航艇「海龍」などの特攻兵器が開発された。もちろんハンリーは帰還を前提に出撃したのだろうが、実験開発中に2度も事故を起こし、開発者自身を含め、何人も死んでいる。戦意高揚のため、犠牲を強いる心理状態にならざるを得ないのは、古今東西、戦時に共通するものなのだろう。

※1:Rachel M. Lance, Lucas Stalcup, Brad Wojtylak, Cameron R. Bass, "Air blast injuries killed the crew of the submarine H.L. Hunley." PLoS ONE 12(8): https://doi.org/10.1371/journal.pone.0182244 August, 23, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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