Yahoo!ニュース

ファクトチェッカーはプラットフォームを「フレネミー」と呼ぶ:グローバルファクト11報告 その①

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
初日のキーノート講演に登場し観衆にスマホを向けるマリア・レッサ(筆者撮影)

(文中敬称略)

ここ数年、毎年お伝えしてきている「ファクトチェックのスーパーボール」とも言われる世界のファクトチェッカーの会議のお話を何回かに分けて伝えます。

2024年6月26日から28日に、グローバルファクト(Global Fact)11

がボスニア=ヘルツェゴビナのサラエボで開かれました。11とは「11回目」ということです。

アメリカに本拠地を置く国際ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)が主催し、世界各国から500人を超えるのジャーナリストやファクトチェックの関係者が集まりました。60を超えるトークセッションやワークショップがありました。

その中から私の目に止まったいくつかの議論や問題について紹介し、現在の日本の状況もふまえて考え、読者のみなさんと「ファクトチェックの今ここ」を確認しようというものです。

マリア・レッサが発した「フレネミー」という言葉

サラエボでのイベントの冒頭、キーノートの講演に登場したのは、2021年のノーベル平和賞受賞者、フィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサでした。2012年に彼女たちが設立したネットニュースメディア「ラップラー」で当時のドゥテルテ政権の圧力に屈せず、冷静で正確な調査検証報道を続けてきた、世界のファクトチェッカーの仲間でもあるのです。

「私たちはフレネミーですから。」

講演の中で彼女は、ファクトチェック・コミュニティと巨大プラットフォーム、つまりグーグルやユーチューブ、X、フェースブックやインスタグラムを運営するメタ社などとの関係を、このような言葉で表現しました。

キーノート講演に登壇したマリア・レッサ。独裁者が偽・誤情報を利用し、巨大プラットフォームがそれを見逃す構造と、真実を守る重要性を、ユーモアを交じえ、時に涙を浮かべて語った(筆者撮影)
キーノート講演に登壇したマリア・レッサ。独裁者が偽・誤情報を利用し、巨大プラットフォームがそれを見逃す構造と、真実を守る重要性を、ユーモアを交じえ、時に涙を浮かべて語った(筆者撮影)

フレネミー(frenemy)とは、フレンド(friend)エネミー(enemy)を組み合わせた造語です。現在のファクトチェッカーとプラットフォームの微妙な関係を象徴する言葉でした。

世界で蔓延する偽・誤情報に対して、両者が協力して取り組むことが理想的ですが、お互いの不信感が拭えず、なかなか信頼関係が成立していない、という現状を見事に言い当てています。

コンテンツ・モデレーションをめぐる確執

両者の不信感は、主にコンテンツ・モデレーションをめぐっての問題に起因しています。

偽情報、誤情報を警告しても、ファクトチェックした情報が、問題のある情報とリンクされなかったり、明らかに間違った情報がユーザーに多く触れる場所に置かれたまま、何の対策も取られなかったり、あるいは突然非表示になったり、アカウントが停止されるなど、合理的な対策が取られていないように見えるという問題です。

そして、最大の問題は、どのような基準や原則に基づいてモデレーションが行われたかが、ほとんどわからないことです。

プラットフォームは一定のアルゴリズムやAIなどのテクノロジーと、人間の判断を組み合わせて、偽・誤情報と思われるものを、そのままにするか、あるいは何らかの注釈を付けたり、目に付きやすい位置から遠ざけたり、削除するなどを判断します。

その手順やルールをすべて公開してしまっては、悪意でそれをかいくぐろうとする人を防げませんが、ファクトチェッカーたちは、何年も前から、せめて社会に深刻な影響を及ぼす可能性がある情報の蔓延を防ぐため、一部の手順だけでも共有するとか、あるいは大きな社会不安が発生するなど一定の出来事が発生した場合だけでも連携はできないのかなど、協力する可能性を考えてほしいと求めてきました。

しかし、プラットフォーム側はなかなか手の内を明かしてきませんでした。新型コロナウィルスや選挙などに関して偽・誤情報の拡散を防ぐために、責任を持って積極的な役割を果たしてくれなかった、との不信感が募っていました。

「プラットフォームは、安全や安心よりも収益を優先している」と批判してきました。

怒りの「オープンレター」

例えば、偽・誤情報が伝わるインパクトが大きく、政治や選挙などの分野でも大きな社会的な影響力があるユーチューブに関しては、このようなことがありました。

IFCNは2022年1月、ユーチューブのCEO(当時)のスーザン・ウォジスキに抗議のオープンレター(公開書簡)を出しました。所属する世界中の80以上のファクトチェック団体の連名で「ユーチューブは悪意のある者たちがそのプラットフォームを武器にして、他人を操り、搾取し、さらに自分たちを組織化し、資金を集めることを許してしまっている」という副題がついています(原文はこちら。英語です。)

オープンレターには世界の80以上のファクトチェッカーが署名した(筆者撮影)
オープンレターには世界の80以上のファクトチェッカーが署名した(筆者撮影)

数あるプラットフォームの中で、特に動画というインパクトのあるコンテンツを使い、ユーザーの注目を集めると、かなりの規模の収益も入る仕組みを持つユーチューブの悪影響が、最も深刻だという認識が共有されていました。

新型コロナウィルスの偽の治療法やワクチンのボイコットに関する動画はグローバルな問題でした。さらにブラジルにおける社会的弱者に対するヘイトスピーチの助長、2022年のフィリピン大統領選挙で当選したマルコス大統領の父親が大統領時代にしてきた汚職や癒着などを否定する動画の横行など、世界各国の事例が挙げられています。

さらに2021年1月6日のアメリカ連邦議事堂の襲撃事件に発展した、「大統領選挙で不正が行われている」という根拠が乏しい告発動画が3,300万回以上も視聴されるのを放置していたことも大きな要因です。

昨年は失望と怒りが爆発

特に取り組みが、非英語圏で非常に甘く、対策がほとんど効果を上げていないのに放置されていること、またユーチューブが、コンテンツ・モデレーションを、問題のある情報を「削除するか、しないか」という「誤った二分法」でしか考えてこなかったことが批判されています。

ファクトチェッカーたちは、削除するより、ファクトチェックの結果の情報が目立つように上乗せされているような仕組みを採用するように強く求めました。

オープンレターに対して、ユーチューブ側から正式な答えはないまま1年以上が過ぎた、2023年の6月29日、ソウルで開かれた「グローバルファクト10」で、ユーチューブの担当者が「ミスインフォメーション対策について説明し、アルゴリズムを解き明かす」(”demistify”という「神秘的なものの正体を明らかにする」という表現が使われていました)セッションがありました。

そこにはユーチューブから「ニュース及び市民との連携」の責任者、「ニュースとファクトチェックについての戦略」の責任者ら3人が登壇したのですが、やりとりはまったく噛み合わず、登壇者は「できることはすべてやってきている」、「持ち帰って責任者と協議したい」というような消極的な対応に終始し、セッションの参加者からは、「会社を代表して責任ある発言ができる人物を連れてこい」と、失望といら立ちのコメントが相次ぎました。

「進展なし」のいら立ち

2024年のサラエボでも、ユーチューブのモデレーションや透明性を話し合うセッションが開かれました。しかしユーチューブ側からのパネラーの姿はありませんでした。

ユーチューブの偽・誤情報対策について世界のようすを情報交換したセッション。司会のヘルナンデス=エチェバリアは左端(筆者撮影)
ユーチューブの偽・誤情報対策について世界のようすを情報交換したセッション。司会のヘルナンデス=エチェバリアは左端(筆者撮影)

司会のカルロス・ヘルナンデス=エチェバリア(ヨーロッパ・ファクトチェック基準ネットワーク議長 https://efcsn.com/governance-body/ )によると、出席を求めたが、ユーチューブから「出席を見合わせたい」との返事があったとのことです。

スペイン、ブラジル、ドイツ、インドのファクトチェッカーたちがユーチューブにまつわる問題がどうなっているのか、自国の状況を報告し合いましたが、総じて「進展」と呼ぶにはほど遠い不満が噴出しました。

英語ではない言語を使う国のサービスで、偽・誤情報対策において英語圏とは大きな格差がある現状も明らかになりました。

インドのファクトチェッカーは、2024年の総選挙では、4億6千万人以上とも言われるユーザーの大部分がユーチューブのことを「民主主義の原則を守る独立したメディアの『最後のとりで』」と期待しているにもかかわらず、ユーチューブの対応は非常に遅く、「偽・誤情報の温床となった」と批判しました。

例えば、ある偽・誤情報の発信がひんぱんに行われていたチャンネルをユーチューブに昨年2023年のうちに、何度も通報していたにもかかわらず、対策が取られたのは翌2024年の3月、投票のわずか3カ月前で、その間の半年以上、かなり有害と思われるライブストリームが何度も行われるのが放置されたということです。

グローバルファクトの直前の2024年6月中旬、ユーチューブはX(旧ツイッター)のコミュニティ・ノートのように、ユーザーがコンテンツにコメントして「正しい文脈をつくる」機能のテストを始めたと発表しました。

しかし、現在ではアメリカ国内で、しかも英語だけにとどまっています。

世界に膨大な数の、それも多言語、多文化の背景を持つユーザーを持つユーチューブに対して、公平や公正を重視した対策を求める声が強く伝わってきました。

それでも一緒にやらなければならない理由

冒頭に紹介したレッサの講演では(全文は英語ですが、こちらで読むことができます)、情報の生態系の中で虚偽やウソと事実の区別がつかなくなっている中で、ファクトチェッカーの真実を守る営みの重要性を強調する一方、巨大プラットフォームは情報の「パーソナライズ化」を進め、ミャンマーのロヒンギャ難民に対するヘイトスピーチや、2020年のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営が主張した「投票で不正が行われている」という虚偽の言説に対して、「何もしなかった」ことで、虚偽情報の深刻な蔓延を招いていると批判しました。

しかし、その一方、彼女は何度か(皮肉のニュアンスも含まれていると思われるのですが)「資金提供をありがとうございます」と繰り返しました。

ファクトチェック・メディアは、プラットフォームの資金提供を受けなければ、経営的に立ちゆかないのも、また事実なのです。それが「フレネミー」という、複雑な関係の大きな要因なのです。

苦しいファクトチェッカーの経済

IFCNが出した2023年の「ファクトチェックの現状」レポートでは、回答した世界各国の157のファクトチェック・メディアのうち、68%が常勤のスタッフが10人以下しかおらず、83%が「最大の課題は資金と経営の持続」であると回答しています。

2023年「ファクトチェックの現状」レポートより。常勤の記者(職員)が10人以下の組織が大部分を占めるのが世界のファクトチェックの実態(筆者撮影)
2023年「ファクトチェックの現状」レポートより。常勤の記者(職員)が10人以下の組織が大部分を占めるのが世界のファクトチェックの実態(筆者撮影)

2023年のソウルでのグローバルファクト10の全体セッションでも、資金の問題がとりあげられました。全体の現状を体感するため、会場で簡単なアンケートがありました。

会場内の約500人のファクトチェック組織のメンバー全員が起立し(私のようなファクトチェック機関として認証を得ていない組織の人は座ったままでした)、「プラットフォームからの資金提供が、だいたい経営の何パーセントくらいを占めるか」について、「20%⇒40%⇒60%⇒80%⇒100%」と数字を上げていき、当てはまらない組織の人が順に座っていくというものでした。

私が見回した個人的な印象ですが、「80%」になっても約3割の人が立ったままでした。「100%」と言われてもまだ立っているところも1割程度ありました。

フェースブックやインスタグラムを運営するメタや、ティックトックでは、サードパーティ・ファクトチェッキング・プログラム(3PFC)と呼ばれる、外部のファクトチェック組織と契約し、ファクトチェック記事をプラットフォーム上に出すことで、「記事一本あたりいくら」という形で財政支援をしています。

グーグルもファクトチェック・プロジェクトや研究に対する財政支援のほか、アジア太平洋地域で催されてきた信頼されるメディア・サミット(Trusted Media Summit)(2023年12月のサイトはこちら)などファクトチェッカーのネットワーキングの支援も行ってきました。

しかし、そのような資金提供も細ってきているのが現状です。例えばグーグルは、ファクトチェック・コミュニティの支援も行ってきたニュース・イニシアチブ部門で、世界的な人員整理を行いました。信頼されるメディア・サミットの2024年以降の開催も危ぶまれています。

「切れない関係」を超えるために

ちなみに、グローバルファクト11のスポンサーには、ユーチューブも、メタも、ティクトックも名を連ねています。(ちなみにXはスポンサーではありませんでした。)

グローバルファクト11のホームページには巨大プラットフォームのスポンサー名が並ぶ(筆者撮影)
グローバルファクト11のホームページには巨大プラットフォームのスポンサー名が並ぶ(筆者撮影)

しかし、レッサからは、メガ・プラットフォームに対する厳しい見方を伺わせる言葉が数多く発せられました。

資金提供について感謝の述べるのと同時に、彼女はメタやティックトックに「率直に言って、あなたがたは自分たちが(ファクトチェックを行うという)仕事から距離を置きたかっただけですよね」と「いやみ」も言い、より深いコミットメントを求めています。

また、最近出版した回想録『いかに独裁者と立ち向かうのか(How to Stand up to a Dictator)』 では、フィリピンのドゥテルテ前大統領とともに、メタのザッカーバーグCEOを「独裁者」として批判しています。

講演では「彼は選挙によって選ばれたわけではないので、さらに危険なのだ」とコメントしています。

マリア・レッサのトークは2時間近くに及んだ(筆者撮影)
マリア・レッサのトークは2時間近くに及んだ(筆者撮影)

彼女自身、フェースブック上では1時間に90件を上回るヘイトスピーチに対処しなければならないことも明かし、「私たちはサンドバッグではない」と、ファクトチェッカーに対するハラスメントや攻撃についても対策が必要だと強調しました。

レッサはこれまでのプラットフォームの取り組みに敬意を払いつつも、「いま、もっと何ができることがあるはずです」と、さらなる対応を促しました。

「小さな兆し」を育てたい

今回、ユーチューブはスポンサーとして後援をしたものの、セッションでファクトチェッカーたちの厳しい追及を避けた形となりました。

しかし、メタとティックトックは、それぞれ個別のセッションに出て、ファクトチェッカーとの「対話」の機会をつくりました。説明は必ずしも満足がいくものではなかったですが、「良いサイン」として生かしていくことも必要だと思います。

6月27日午後に行われたメタのセッションでは、「誤情報が蔓延しているこの時期に、フェースブックではニュースコンテンツが軽視されているのではないか」と司会者からの指摘に、メタの担当者が「メタ製品はユーザーがパーソナライズ化できることが基本なので、政治コンテンツを減らしたければ、そのようなコントロールが可能です」と回答し、私の周りの聴衆から抗議や呆れに近いリアクションが起きた場面がありました。

メタの偽・誤情報の取り組みについて聞くセッション。感情的なやりとりは少なくコラボの糸口を探ろうとする姿勢も見られた印象だった(筆者撮影)
メタの偽・誤情報の取り組みについて聞くセッション。感情的なやりとりは少なくコラボの糸口を探ろうとする姿勢も見られた印象だった(筆者撮影)

また、前日の26日にはティックトックのセッションがあり、「ファクトチェックは、間違った情報であるという『情報を足す』ことが原則であるのに、ティクトックは情報の削除を目指しているのはおかしい」という指摘が出ました。

「ティックトックとの対話」というタイトルのセッション(筆者撮影)
「ティックトックとの対話」というタイトルのセッション(筆者撮影)

また、ジョージアのファクトチェッカーから、6月に成立した「外国の代理人法」(外国から全体の20%以上の資金提供を受けている企業や組織は、「外国の代理人」として登録を義務づける)に関してティクトック上で拡散した偽情報を放置したとして「法案はすでに成立してしまった。ジョージアの民主主義の崩壊にティックトックは貢献したことは間違いない」と厳しく非難する場面もありました。

ジョージアのファクトチェッカーは、このために事務所を荒らされて資料を奪われたり、車などに繰り返しスプレーで落書きされるなど、物理的な嫌がらせを日常的に受けています。

課題は重大で数多くあるとは言え、それが公開の対話の場で共有されたのは、有意義な前進だと思います。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

奥村信幸の最近の記事