第二次大戦の戦犯追及は今でも続いている
韓国の聯合通信が昨日気になるニュースを配信した。アメリカ司法省の入国禁止リストに掲載されている日本人の戦犯容疑者は35人で、初めて入国禁止措置が取られた1996年12月の16人から2倍以上も増えているというのである。
アメリカ司法省は聯合通信の取材に対し、リストの具体的内容については明らかにしなかったが、35人中20人は旧日本軍で細菌戦研究を行った731部隊関係者で、他に軍慰安所の設立と運営に関わった人物が多数含まれているという。
日韓関係が歴史認識を巡って対立している時だけに、アメリカ政府が従軍慰安婦に関係した日本人を入国禁止にしていることをアピールし、日本批判を強めようとする韓国の意図を感じさせるニュースである。そのためか日本のメディアはどこもこのニュースを取り上げずに無視している。
私は韓国の意図に乗る気はさらさらないが、しかしアメリカが今もなお第二次大戦の戦犯容疑者を追及し、アメリカへの入国禁止対象者を増加させている事は注目に値する。ウクライナ情勢を見て「冷戦の決着はまだついていないのか」と感慨を抱いた矢先に、アメリカが第二次大戦の戦犯追及をまだ終わらせていない事実を知らされたのである。
聯合通信が取材した相手はアメリカ司法省の特別調査部(OSI)である。聯合通信によれば、OSIは1990年代後半からナチスと日本の戦犯容疑者の捜査を始め、2000年にアメリカ政府内に大統領直属の記録作業部会(IWG)が作られて調査が本格化した。
つまり冷戦が終わり、アメリカが世界を一極支配する「新世界秩序」を模索する中で、アメリカは同盟国である日本とドイツの過去の戦争犯罪を再び掘り起こす作業を始めた。
冷戦終結の頃、ワシントンに事務所を構えてアメリカ政治をウォッチしていた私には思い当たる節がある。以前にも書いたが、1992年にチェイニー国防長官やウォルフォウィッツ国防次官らが作成した機密文書「国防計画指針(DPG)」は、ロシア、中国だけでなく、日本とドイツという同盟国を冷戦後のアメリカの敵性国と規定した。
ウクライナのような旧ソ連圏をロシアから引きはがし、中国をアジアの覇権国にしないよう封じ込めを図る一方、アメリカ経済を脅かす日本を新自由主義経済に転換させて取り込み、ドイツが主導するヨーロッパには独自の安全保障システムを作らせず、ユーロの基軸通貨化も阻止する。それが冷戦後のアメリカの世界戦略であった。それは政権が共和党から民主党に代わっても変わらなかった。
クリントン政権下の1999年、「世界は起こったことについて十分で完全な記録を手に入れる資格がある」との名目で、ファインスタイン法案が提出され、日本軍に関する機密文書を公開する「記録作業部会(IWG)」が大統領の下に設置された。ナチスについてはその前年に同様の法案が成立していた。
戦後アメリカ国籍を取得しアメリカで暮らしていたナチスの戦犯は、2002年に市民権を剥奪されて国外退去となり、2009年にドイツに強制送還された。日本の戦犯に対しては入国禁止の措置が取られたが、対象人数が増加しているのなら現在もなお追及が続けられている事になる。アメリカが外交的配慮から氏名の公表や具体的な犯罪内容を公表しないため我々は知らなかっただけである。
ところで冷戦後にアメリカが歴史の真相究明に力を入れるようになったのは、日本とドイツを敵性国と見たからだけではない。冷戦でアメリカはソ連を敵としたが、ソ連に対する十分な情報を持っていなかった。そのためソ連を仮想敵国としてきた日本とドイツの旧軍関係者に情報提供を仰がなければならなかった。
アメリカは日本とドイツの戦争犯罪を厳しく糾弾する裏側で、秘かに戦犯に対して甘い対応を取る必要があった。しかし冷戦の終了でその必要もなくなり、またアメリカ自身の恥部をさらす事になる真相の究明は、アメリカが過ちを認める勇気ある国家で、世界を一極支配する道徳的資格があることを世界に知らしめる意味があった。
アメリカが「隠蔽しない国家」を目指す事にした1999年、実は日本の国会にも歴史の真相究明を立法化する動きがあった。国立国会図書館に「恒久平和調査局」を作り、国会図書館長が行政機関や地方公共団体に資料の提出を求める権限を持つという法案である。それは満州事変から降伏までの期間に、日本政府と旧軍が外国人に対して行った非人道的行為と被害の実態を明らかにしようとするものであった。
そのことによって日本が過ちを認める勇気ある国家である事を世界に知らしめ、「隠蔽しない国家」を目指す姿勢を明確にするものだったが、しかしアメリカとは異なり、全くその意味を理解されることがないまま真相究明法は廃案になった。
アメリカ政府が今でも第二次大戦の真相究明を続けている事実を知ると、我々はいつの時代になっても過去の歴史から逃れることは出来ない事を痛感する。「河野談話の作成過程の検証」などと個別の事例を問題にするのではなく、あの戦争の真相究明を国家プロジェクトとして行う事を今一度考えてみても良いのではないか。