韓国の宗教学者が語る統一教会① 「なぜ韓国では教団に無関心なのか」
ずっと「韓国人の見方」を聞きたかった。
しかしそれはなかなか叶わなかった。
7月8日の安倍晋三元首相の銃撃事件以降、報じられる統一教会の問題についてだ。
確かに1954年に韓国で設立された教団。
これと、2022年夏、韓国でも大いに"嫌われた"日本の超大物政治家の殺害事件が一本の糸で繋がった。「韓国社会に端を発する団体が日本を騒がせている」。
そうともいえるのだが、なにせ韓国内で「無関心」なのだ。殺害事件自体は大きく報じられたが、その後の統一教会関連と自民党のスキャンダルや、再び注目を集めた献金の問題に関しては「ほぼ報じられず」。
8月30日に地上波MBCが「PD手帳」という有名ドキュメンタリー番組でこの問題を扱った。「安倍銃撃犯と統一教」というタイトルの回はYouTubeでも公開され94万回の再生回数を記録している。
ここでは冒頭でキャスターが「反日的思想を持つ韓国の教団と日本の保守派政治家の思想の折り合い」について矛盾を指摘した。これが韓国での関心のポイントのひとつなのだろう。
しかしこれとて、9月4日に放映された国内の別の宗教団体「ドゥアルナラ復元協会」が起こした心理的虐待の問題の回、223万回には及ばない。
筆者自身、9月中旬から韓国に渡った。現地でもまた「よく分からない」「関心がない」という話を多く聞くなか、知人の記者から勧められたのが、今回話を聞いたタク・チイル釜山チャンシン大教授だ。
父ミョンファン氏は韓国内での異端宗教団体研究の先駆者だった。その父を92年に国内宗教団体関係者による刺殺事件により失った。長男である自身も異端宗教研究の道に入り、教理の研究、宗教被害者としての視点から情報発信を続ける。宗教メディア「現代宗教」の理事長兼編集長も務める。筆者自身も韓国メディアを眺める中で「統一教会問題はこの媒体」というイメージがあった。
韓国金海市の研究室を訪ね、話を聞いた。
韓国にとっての統一教会。韓国でなぜ、安倍晋三元首相銃殺事件後の教団関連報道が少ないのか。そして韓国の宗教学者として、今回の山上徹也容疑者の行動とその後をどう捉えているのか。「韓国、アメリカ、日本の3国で比べて考えると新たな視点が開ける」といった教えもあった。氏の話を数回に分けて掲載する。
まずは「なぜ韓国では統一教会報道が少ないのか」について。基本的な背景の整理も兼ねて。
多くの韓国人にとっての関心ポイント
安倍氏の事件の後、背後にあるのが「統一教会」という話を聞いたとき、私自身もいち韓国人としてこう感じました。
「これが嫌韓に繋がらなければいいのだが。日本の在日コリアンや短期滞在の韓国人への影響が心配」と。
私の家族も東京に暮らしていますから。この点が韓国での大きな関心ポイントでしょう。実のところ。家族や知り合いに影響があるのか、という点です。
確かに韓国での関心度は低い。8月18日にソウルで在韓日本人信者を中心としたデモが行われました。教団が動員をかけ、ソウルの中心で4000人が集まったのはまあまあの規模だったのですが、これを報じたのは教団関連の「世界日報」だけでした。
韓国での統一教会の位置づけ「異端」について
なぜこれほどに無関心なのか。この点にお答えするために、まずは韓国での一般的な状況から。
韓国では「カルト」という表現は一般的ではありません。これは世界的にも珍しいことだと思います。同じ漢字文化圏の日本、中国でも「カルト」と言うにもかかわらず、です。
韓国では「異端(イダン)」という言い方が一般的です。あるいは「似而非(サイビ=フェイク)」と言い方も。「異端」という言葉は非常にキリスト教的な表現です。これが一般化しています。「外れた者たち」というニュアンスです。これは韓国的な特徴ですね。
統一教会も「異端」です。それが、日本に行って社会的に興味を持たれる「カルト」として問題を起こしている。
ここに認識の違いがあると思います。
もし仮に統一教会が世界的な組織を持つ、仏教やカトリック、プロテスタントの主要団体だとしたら大きく話は違ったでしょうが、今回はあくまで韓国で「異端」とみなされる統一教会が起こした出来事だった。
それも、すでに韓国では否定的なイメージが露出してきた「異端」です。
社会的には政治家たちを支援してきた問題のある団体(系列企業が1963年~79年の朴正煕軍事独裁政権下で軍需産業を支えた)。お金はあるのだが、文鮮明を神様と信じる何かおかしな団体。
「おかしな姿」は日本と同じく、韓国でもずっと報道されてきたのです。
日本とは違う「おかしさ」
ただし、日本のように「霊感商法」や「献金」といった信者の被害によるものではない。
上記のような抽象的なイメージ以外で、実際に韓国で被害を起こしたのは、じつのところ教団の初期(1950年代)のみです。教義と繋がった性的なスキャンダルが話題となった。
それ以外であえて言うのならば、軍事政権だった当時、積極的な反共運動により社会で立場を得ていったということ。独裁政権を支持した勢力としての問題点。韓国国内でのイメージはその程度です。日本のように「反社会的」として謗られるような性質ではない。あくまでキリスト教のなかでの「異端」としての位置づけです。外れた者たち、という。
日本と韓国での「おかしさ」の違いを説明してきましたが、それでも韓国では「おかしい」と伝わってきたことには違いがない。
ゆえに何か韓国社会がショッキングに感じたりするものではない。異端のやっていること、という認識です。これが韓国の一般的な考え方なのでは、と思います。
韓国国内社会への影響の少なさ
それ以外にも要素はあります。外国で起きた事件であるということ、それゆえ韓国に与える影響が微々たるものだという点です。
近年でも韓国国内で宗教問題が大きくクローズアップされたことはあります。いずれも国内での影響が大きかったものです。
2014年にセウォル号沈没事件が起きた時には、船のオーナーが救援派という新興宗教団体だったため、問題が長い間報道されました。
そして2016年に朴槿恵政権下でチェ・スンシル事件が起きました。朴槿恵に政治的な助言までもを与えていた友人チェ・スンシルの父、チェ・テミンは「似而非(サイビ)」でした。
また、2020年に新型コロナウィルスが拡散しはじめた当初、礼拝時に集団感染を発生させた新天地がかなり報じられました。
いずれも韓国社会に大きな影響を及ぼしたからです。
とはいえ、今回の件は韓国でももともと非常に関心の高かった安倍氏と自民党に関する話です。「もっと関心を持ってもよいのではないか」という日本からの見方はありうるものだと思います。
まず、申し上げたいのは韓国社会全体の雰囲気として、安倍の死に対しては哀悼の意を示しています。彼が韓国に対して大きな間違いを犯したから、その死を喜ぶといったことは決してありません。
韓国での彼の影響力は確かに大きいですが、首相退任後は一歩後ろにいる立場でした。彼がいなくなっても、自民党の保守勢力が得ている立場に変わりはありませんし、その死によって韓日関係が劇的に変わったり、韓国内の長年の悩みが解決するということではない。
それゆえ、あえて安倍という人物に焦点を合わせてこの問題を報じる理由もないと考えます。
もうひとつ言えるのか、いま韓日関係が非常にもつれているなか、統一教会の問題は決して肯定的には作用しないだろうという点です。メディアであれ、政治であれこの宗教団体の名前が韓国メディアに多く出ても有益なことはありません。この影響もあるでしょうね。
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韓国でのキリスト教信者は約30%。日本は9%とされる。インタビュー途中、タク教授に対し「いわゆる"業界"が日本より大きい。だからそこでの"異端"という見方が社会社会にも浸透しているということでしょうか?」と聞いてみた。そうだ、という。そもそも興味の対象外の「おかしな」団体。近年は少なくとも国内では大きな出来事を起こしていない。それも無関心に影響を与えている。そして現在の両国間関係において、その存在がクローズアップされる気まずさ。これも否定はしないというところだった。とはいえ、韓国の教団の行いにより、日本では被害が出ているのだが…。このあたりの話は次回に。