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米韓合同軍事演習への北朝鮮の対抗措置は何か?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
米韓合同軍事演習に関する米韓の合同ブリーフィング(韓国国防部)

 夏季の米韓合同軍事演習としては史上最大の演習「乙支フリーダムシールド(UFS=自由の盾)」が8月19日から韓国でスタートした。

 韓国と対峙している北朝鮮は18日、外務省米国研究所の公報文を通じていつものようにこの演習を「侵略戦争演習」と非難しているが、米国防総省のライダー報道官は20日(現地時間)の記者会見で「UFS演習は長く続いてきた訓練であり、性格上防御的である」と述べ、北朝鮮の非難を一蹴していた。

 夏の米韓合同軍事演習は1976年から2007年までは「UFL」(乙支フォーカスレンズ)、2008年から2018年までは「UFG」(乙支フリーダムガーディアン)の名称が使われてきた。

 ペンタゴンも韓国国防部もその都度、米韓合同軍事演習は「毎年やっている防御目的の訓練に過ぎず、停戦協定にも違反していない」と主張している。

 では、米韓合同軍事演習は単に自衛、防御のための演習で、本当に攻撃性はないのだろうか?

 米韓合同軍事演習は元来、北朝鮮の攻撃を抑制し、抑止に失敗した場合の防御及び撃退に基本目標が定められていた。しかし、北朝鮮の核・ミサイル脅威の増大により現在の演習は「やられる前にやる」、即ち先制攻撃に取って代わろうとしているのは紛れもない事実である。

 近年では敵の攻撃を撃退、防御する訓練だけでなく、渡河訓練、上陸訓練、敵基地攻撃訓練、主要拠点占領訓練、さらには最高指導部除去訓練など北朝鮮を壊滅することに重点が置かれた訓練が実施されている。

 演習の性格、規模に関わらず北朝鮮は米韓合同軍事演習が行われる度に反発し、2016年には朝鮮人民軍総参謀部が演習開始日に報道官声明を発表し「朝鮮人民軍1次打撃連合部隊が先手を打って報復攻撃を加えられるよう常に決戦態勢を堅持している」と米韓を威嚇し、演習終了から3日後の9月5日には弾道ミサイルを3発発射し、9月9日の建国記念日には5度目の核実験を強行していた。

 また、2017年には「我々の門前で恒例を理由にした戦争演習騒動を止めない限り、核武力を中枢とした先制攻撃能力を引き続き強化する」と公言し、演習終了後の8月26日に3発のスカッドB改良型ミサイルを、29日には中長距離弾道ミサイル「火星12号」を発射し、9月3日には6度目の核実験、それも水爆実験を実施していた。

 その後は、2018年6月に初の米朝首脳会談が実現したことで2018年の年と2019年は中止となり、2020年に再開されたものの規模は縮小されていた。また、2021年も兵力を動員した機動訓練は行われず、コンピューターを使った図上演習を中心に行われたことから北朝鮮の反発はさほどでもなく、ミサイルも発射されなかった。

 しかし、2022年には大隊級から連隊級に格上げされ、連合野外機動訓練が復活し、昨年も連合野外機動訓練が大幅に拡大し、北朝鮮との局地戦、全面戦に備えた国家総力戦遂行能力を試すための訓練、即ち現実的に起こりうるシナリオを想定した訓練が実施されたことで金正恩(キム・ジョンウン)総書記は演習期間中の8月28日には海軍司令部を訪れ「敵がかかってくるなら必ず壊滅させなければならない」と檄を飛ばし、8月29日には朝鮮人民軍総参謀部の訓練指揮所を訪れ、「韓国全領土占領作戦計画」なるものを発表していた。

 この作戦計画は▲敵の不意の武力侵攻を撃退し、全面的な反攻に移行する▲作戦初期に敵の戦争潜在力と敵軍の戦争指揮求心点に甚大な打撃を加える▲指揮通信手段を叩き、初期から敵の気を挫き、戦闘行動に混乱を与え、敵の戦争遂行意志と能力を麻痺させる▲敵の中枢的な軍事指揮拠点と軍港と作戦飛行場などの重要軍事対象物、社会政治的・経済的混乱事態を連発させられる核心要素に対する同時多発的な超強度打撃を加える▲多様な打撃手段による絶え間ない掃討戦と戦線攻撃作戦、敵中での背後撹乱作戦を複合的に有機的に組み合わせること等が骨子となっていた。

 「戦争指揮求心点」とは軍事境界線上に近い京畿道・城南にある米韓連合司令部戦時指揮統制所及びソウルの南泰嶺の陸軍首都防衛司令部、さらには忠清南道の渓龍台にある陸・海・空軍司令部を指している。

 北朝鮮は開戦と同時にこれら「戦争指揮求心点」を新型戦術誘導ミサイル、巡航ミサイルなどで叩き、麻痺させ、さらには「中枢的な軍事指揮拠点と軍港と作戦飛行場」とされる烏山空軍基地や金海空港、釜山港などの港湾を無人水中攻撃艇(ヘイル)や電磁波爆弾(EMP)を使って機能不全に陥れ、米軍の援軍が接近できないようにする作戦だ。

 北朝鮮は実際にそのための戦術弾道ミサイル2発を演習期間中に発射してみせた。平壌近郊から発射されたミサイルはそれぞれ350km、400km程度飛翔したが、平壌飛行場から韓国の陸・海・空軍のある忠清南道の渓龍台までは直線で350kmだった。

 また、8月24日には軍事偵察衛星も再発射していた。

 今回は、今のところ、音無しの構えだが、過去の例からして北朝鮮が激しく反発するのは必至で、6月5日以来自制しているミサイルの発射は確実である。

 昨年9月に進水式を行った戦術核攻撃潜水艦からのSLBM(潜水艦発射弾道ミサ)や7月に試射を予告していた新型戦術弾道ミサイル「火星砲―11タ」(4.5トン級の超大型弾頭を装着したミサイル)の発射などが想定されるが、場合によっては核実験に踏み切ることもあり得るかもしれない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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